2-33.再び水路へ
「なあ、学者先生」
次にゾーラに声をかけたのは、兵たちの隊長だ。
「あんた、どういうつもりで子爵を追い払おうと考えていた?」
「途中までうまく行ったわ。怒った子爵が兵をけしかけて、あなたの部下と衝突する。あたしは魔法で援護して、あなたたちが勝つ。できるだけ死者を出さないようにね」
「勝手に俺たちを利用したのか」
「あなた、真面目そうだから。貴族の兵が市民に襲いかかるのを止めないわけがないわよね?」
「さすがは学者先生だ。頭が回るな。失敗したようだが」
「本当にね」
隊長は憤りを持っている様子。その対象はゾーラというよりはエイリスたちのようだけど。
「それで、隊長さんはどうするの? 今もこの真下にはゴブリンがいるわ。たぶんサハギンも。退治しに行かない?」
「子爵が管理する案件だ。俺たちは手を出せない」
「まあそうね。けど、随分と甘く見られたものじゃない? 隊長さんも。ただのヨナくんも」
平然した、いつもと変わらない口調のゾーラ。
けれど怒っているのは僕にもわかった。子爵に軽く見られたのはゾーラも同じ。
「ねえ、ヨナくん。あの子爵は、あなたの家族と同じくらいに邪悪。この街にいるべきではないし、いたら公爵のためにもならない。シャルロットのためにもね」
「うん。僕もそう思う」
「あたしたちを甘く見た報い、受けてもらいましょう」
「待て待て! お前ら何者なんだ。勝手な行動をするな」
ゾーラと話してたところを、隊長が慌てて割り込んだ。
「あたしたちは公爵の客人。だから公爵のために働く義務があるのよ。ところで隊長さん。あなたも地下水路に入ってみたいと思わない?」
「それは……思う」
「決まりね」
彼とて、街と市民を守らなきゃいけない立場だ。
さっきのエイリスの様子から、地下水路の中に何かがあるのは事実。自分の家で対処すると言えば、部外者に見られたくない物があると自白したようなもの。
管理者の権限を突破して中に入る方法は、ゾーラに考えがあるらしい。
「みんなを呼んできて。魔物退治に行くわよ」
幽霊屋敷の中で待機していたキアとアンリを呼び出す。ティアともふもふは留守番だ。
「あー。手が出せねぇって、なんかストレスだったな」
「そうよね。ゾーラもエイリスも何したいかわかんなくて、口を出せなかったわ。あの偉そうな女を矢で殺せたらいいのにって思ってた」
「まったくだ。暴力で解決できるなら簡単だよな」
「ふたりとも、子爵を殺すのは後でね。今は魔物の対処だ」
「本当に殺すつもりなのが驚きだよ」
「ヨナ様。なんでも殺して解決は、よくありませんよ」
「わかってるよ」
「ねえ隊長さん。この街の兵士は船を持っているのかしら。こういう時のために」
「小型のボートを持っている。地下水路に入れるかは知らない」
「そう。とりあえず用意して。あたしたちも行くわよ。アンリ、昨日のおじいさんの所に案内してくれるかしら」
冒険者のおじいさんは家でこの時間まで眠っていた。昨夜は夜遅くまで起きてたとはいえ、それでいいのかと言いたくなる。が、この年まで働くと半分引退したようなものだから問題ないらしい。
人生にも色々ある。
昨日のような目には遭いたくないが、こちらの立場は同情してくれた。ボートには乗らないが貸してやる、とのことで。
「わたしが動かすわ!」
意気揚々とアンリが言い切った。
「できるの?」
「ええ! おじいさんの動きを見てたから! コツも教えてもらったし、できるわ!」
よし、やってもらおう。馬もあっさり乗りこなすような子だ。昨日まで見たこともないような乗り物でも、使いこなしてくれるだろう。
アンリは予想以上にしっかりとボートを操舵して、再び水路へと入る。そこに隊長以下、街の治安管理の兵が乗るボートが数艘やってきた。
一艘につき兵士が五人。それが三艘。
僕たちのよりは大きいが、昨日のエイナートが乗っていたのよりは小さい。
「案の定、奴らは見張りを立てている」
「中に入っているかしら」
「その様子はないと報告があった」
流れで、僕たちの指揮を取るのは僕ではなくゾーラになっている。
それでいい。ただの子供のヨナが大人を相手に仕切るのは無理がある。
地下水路は閉められている。たぶん鍵も再び掛けられているのだろう。そして、入口の前にボートが一艘停まっていた。
子爵家のものだろうな。武装した兵士が三人乗っていて、こちらを睨んでいた。
「はぁい。子爵の手下の皆さん。こんにちはー。魔物が出て来るかもしれない水路を守るのって、どんな気分かしら。あたしたちが退治してあげるから、どいてくれない?」
ゾーラが声をかけるけれど、彼らは反応しなかった。仕事を真面目にやってるだけだから、非難すべきじゃない。けど邪魔だな。
体やボートの縁で隠して回りから見えないようにしながら、ゾーラはガラス玉を取り出した。魔物を引き寄せる効果があるものだ。
効果を封じる布に包まれていたそれを解放して、しばらく地下水路の方を見れば。
突如、ガンと大きな音がして鉄格子が揺れた。慌てて振り返った子爵の兵が見たのは、鉄格子を掴んでいるサハギンだった。
「本当に地下水路の中にサハギンがいたのね。ゴブリンも間違いなくいるから、早く対象した方がいいわ……」
ところが、ゾーラは途中で絶句してしまった。
サハギンがこちらを睨んでから、水中に潜ってしまったから。
「何かおかしい」
「どうしました、ゾーラさん」
「サハギンがガラス玉に誘導されるとして、なんで水に潜るの? あのまま鉄格子を押してなんとか通ろうとするのじゃなくて。明らかに意思のある動きだった。まるで、あれを突破する方法を知ってるような」
「! アンリ! 鉄格子から遠ざかって!」
「ええ!」
サハギンは本当に、鉄格子の向こうに行く方法を知ってるんだ。
アンリが操舵する。水路の緩やかな流れに沿う動きだから、スムーズに移動できた。
そして船尾の辺りに、サハギンが下から突き上げるように突進した結果の水柱が上がる。
「アンリしゃがんで!」
言うと同時に剣を抜き、水から姿を表したサハギンを水平に斬る。
手応えあり。サハギンの胴に深い切り傷を作り、絶命させた。
「おおー」
「ヨナ、木の棒持ってなくても普通にすげぇんだな」
アンリとキアが称賛してくれるけど、それどころじゃない。
「ゾーラ」
「ええ。隊長さん! その扉、サハギンは出入りできるみたいよ!」
「……そのようだな。誰か水中の様子を見てくれ!」
ゾーラがガラス玉を隠しながら言うと、街の兵士のボートが地下水路入口に近づいていく。子爵の船も今の出来事に呆然として、あっさり位置を譲ってくれた。




