2-32.婚約話
僕は慌てて、彼女を連れ戻そうとしたさ。けどティナが腕を掴んで制止した。
「いけません。ヨナ様が巻き込まれることは、容認できません」
「でも」
「ヨナ様が元王族だと子爵にバレたら面倒です」
「バレないよ」
「子爵が王族の顔を把握しているかもしれません。だから、彼女とは接触させられません」
「……」
「お願いします」
わかっている。ティナの言うことは正しい。ゾーラもそう言っていたから。
もし子爵が僕の正体を見抜き、野次馬たちの前でヨナウスだと言ってしまえば、かなりまずいことなる。この街にも、第六王子が死んだという情報は伝わっているだろう。
死者が蘇ったと混乱が起こる。そして知らせが王都に伝わり、父は人を差し向ける。公爵家との繋がりも明らかになり、彼らも責めを負う。
それは避けないと。でもシャルロットが。
彼女はもう、子爵に見られていた。
「これはこれはシャルロット嬢」
「お久しぶりです、ポロソバル子爵」
落馬しながらも威厳を保って立ち上がったエイリスが、シャルロットと対峙する。
「まさかあなたがやって来るとは思いませんでした、シャルロット嬢。公爵やお父上は?」
「多忙とのことで、わたしが派遣されました」
「なるほど。事情はおわかりですね?」
「はい。カルラから手紙を受け取っております」
「では話が早い。……正直、今回の件は双方ともに落ち度があったと考えます。愚息の態度も悪かった。両家の関係も鑑みて、お互いに悪かったで水に流したいと考えておりますが、いかがでしょうか」
「え。あ、はい。それがいいと思います」
貴族同士の諍いの仲裁。そんな大袈裟な任に臨んだのに、相手があっさりと非を認めたことに、シャルロットは拍子抜けした顔を見せた。もっと難癖つけてくると思っていたのかな。
ちなみにエイナートも、怪我をした顔で怪訝な表情を見せた。母親の考えをわかっていなかったのか。
子爵が、他の目的のために譲歩したことに、シャルロットは気づいていない。エイリスはそのまま続けた。
「良かった。これで、両家の結婚話もスムーズに進むことでしょう! 今回の件が我が息子とシャルロット嬢の婚約に影を落とすのではと心配しておりました!」
「えっ。ええっ!?」
エイリスの狙いはこれだった。野次馬が大勢いる場で、両家の婚姻を宣言する。
シャルロット本人がこの場にいることは想定外だったのだろう。カルラを引きずり出して、シャルロットと結婚するぞと言うだけのつもりだった。
しかし状況はエイリスに有利な形になってしまった。
そして計算高い子爵は、そこからさらに話を進めてしまう。
「さあ、シャルロット嬢。詳しい話をしましょう。いえ、婚約の話ではありません。お互いに何が悪かったのか話して、謝るためです。ああ、こんなふうに大勢が見ている前で話すことではありませんね。我が屋敷に招待しましょう」
「え……」
エイリスがシャルロットを連れ去ろうとしている。貴族が貴族を客人として迎える、当たり前の仕草で。
おそらくはそのまま屋敷から出そうとしないのだろう。なし崩し的に婚約を成立させて、エイナートと夫婦として過ごさせる。
まずい。
「待ちなさい。そんなことが許されるとでも」
「部外者は黙ってなさい、学者先生?」
「く……」
「あなたには貴族同士の話などわからないだろう。おとなしく机に向かって、わけのわからない本でも書いていなさい。それとも、壊した馬の分の請求書を送ってほしいか? 役人の給料で払える額だろうかなあ?」
婚約の話だと、ゾーラは完全に部外者で何も言えない。ニヤニヤと笑みを浮かべながらゾーラを煽り、それからシャルロットを連れて行こうとした。
「待て」
静かな声が聞こえた。
カルラが中から出てきた。毅然とした表情でエイリスを睨みつけている。相手が貴族だろうがお構いなしだ。
「シャルロット様。わたしも、同行、します」
「カルラ!?」
「ほう。お前がカルラか」
シャルロットとエイリスが続けて反応した。あの女、カルラの話題を出しながら顔も把握してなかったんだな。
「カルラ、出てくるのが遅かったな。お前にもう用はない。去れ」
「いいえ! カルラ、一緒に来てください! ……ポロソバル子爵。まさかあなたは、公爵家の令嬢に、何の供もつけることなく家に連れて行く気ではないですよね?」
「……ちっ」
シャルロットひとりだけ連れ帰った方が、子爵には楽に決まっている。が、それは道理が通らない。
自分の思惑通りに進まないことに、エイリスは舌打ちをした。
「カルラ、行きましょう」
「はい、シャルロット様」
それでもシャルロットが連れて行かれることを阻止はできなかった。力ずくでも止めたかったけれど、僕はティナに腕を掴まれ続けていた。
「話は終わりだ。学者先生、地下水路のことは子爵家で対処する。街の兵の力も借りない。手を出すな」
ゾーラと、隊長と呼ばれていた兵士のまとめ役に釘を刺しながら、エイリスは息子や兵士たちを連れて戻っていく。野次馬たちも、何か大変なことが起ころうとしていると口々に話しながら解散していった。
疲れたように、ゾーラはその場にしゃがみ込んだ。
「なんでこうなるのよ……」
「ゾーラ」
「ああ。ヨナくん。あなたまで出てこなかったのは良かったわ」
「ごめん。シャルロットを止められなかった」
「自分の領内で争いを起こしたくなかったのね。あのお嬢様、変な所で覚悟を決めるんだから。最初から不安がってたのに。使命感だけはあるなんてね」
「それが貴族の娘だよ」
「子供なら、もっと大人に任せておけばいいのよ」
駆け寄った僕に、ゾーラは困った顔で応じた。
「そうだね。シャルロットは子供だ」
「あなたもよ、ヨナくん」
「……うん」
その通りだ。




