1-8.野宿にて
ナイフと化した枝は、そのままウサギの体に刺して焚き火に当てるための棒にもなる。
「便利だな。枝を刺すのが難しいのに。これもやってくれ」
たしかに、トカゲみたいな小さい獲物を貫くように刺すのは大変だよね。そもそも誰もやらないって気はするけど。
焚き火でウサギとトカゲを焼き、しっかり火を通してから食べる。
城で出される料理と比べれば、手間も掛かっていないし味付けもない。けれど、今まで食べたどんな料理よりも美味しかった。
「ぐすっ。おいひい。おいひれす。おなかすいてたので……」
ティナなんか、涙ぐみながら焼きウサギにかぶりついていた。
そういえば、朝食を食べてた直後に母の死を知らされ、その後すぐに謁見の間に呼び出された。それ以降何も食べてなかった。だから美味しく感じたのだろうか。
「うん。美味い。やっぱこれくらいの焼き加減がいいんだよな」
キアは焼きトカゲをムシャムシャと食べていた。本当に食べるんだ。しかも美味しそうに。
食事も終われれば、明日は夜明けと共にキアの村へ行くことにして、早くに寝ることにした。
「森で、アタシひとりだけで寝るなら、木の上に登ればいいんだけどな。そこなら狼に襲われることもない。けど、ふたりには無理だよな」
「どうすればいい?」
「狼は火を避ける。交代で眠って、常に誰かが起きて焚き火に木を焚べ続けながら周囲も警戒する。もし狼が襲ってきたら、みんなを起こして対処する」
「なるほどそういうことでしたら!」
ティナが気合いの入った様子で声を上げる。
「わたしが寝ずの番をします! ヨナ様はお疲れでしょうから、お休みになってください! わたしがお守りします!」
「いや、交代で」
「任せてください! 早起きは得意なんです! わたしパン屋なので!」
「それ、夜に起き続けるのが得意とは限らない」
「頑張って起きます! 任せてください!」
そう息巻いていたティナは。
「すぅ……すぅ……」
少ししたら寝落ちしてしまった。パン屋さんだからね。早起きということは、寝るのも早いってこと。
今日一日、ティナにもいろいろありすぎた。急に命令されて、家族に別れを言う暇も無く王都から出されるなんて。ティナも疲れているだろう。
僕の膝を枕にして寝息を立てるティナ。このままにしてあげよう。
「なあヨナ……そう呼んでもいいんだよな、王子様?」
焚き火の向こうのキアが尋ねた。あぐらで座って、両手を体の前で地面につけて前のめりの姿勢になっている。僕と話すのが楽しいって様子だ。
「うん。王子なんて身分、もういらない。家族に捨てられた今になってはね」
「そうか。でもさ、ヨナのことアタシはよくわからないんだ。なんで王子様が、こんな馬鹿とふたりで出歩いて、殺されかけたんだ?」
ティナのことを馬鹿呼ばわりはどうかと思うけど、確かにおかしな状況だ。
だから経緯を説明した。復讐を考えていること含めて。
「なるほどな。産んだと同時に母さんが病気か。それで長年苦しんで死んだ。そりゃ大変だな」
僕の人生で真っ先に注目するのが、なぜそこなんだろう。なんでキアは、僕に優しい目を向けるんだろう。
その後彼女は少し考えてから。
「大丈夫だ。ヨナ。お前の人生の一番辛い時は過ぎた。後は上向くだけだ。アタシはそう思う」
「なんで言い切れるのさ」
こうやって森の中で野宿しなきゃいけない状況なのに。
けれどキアは笑っていて。
「アタシがついてるからな。それから、ヨナは強いし」
まあ、それはあるけれど。キアが同情的な理由はわからない。
そんな僕に、キアは笑顔を向けて頭を撫でた。
「ヨナは子供なんだ。これからは好きなように生きていけ。アタシも少しは手伝ってやるからさ」
「うん。ありがとう」
心遣いは嬉しかった。
それからキアは、ふと呟いた。
「ヨナは追手に殺されかけて、けど死ななかったんだよな。謎の力に目覚めて」
「うん」
「今頃、お前を殺そうとした奴らは大騒ぎじゃねえか?」
だろうね。
――――
ライディオンの当代の王、カードウス・ライディオンにとって、十二年前の過ちは悔いても悔やみきれないものだった。
もう息子はいらないというのに、腹違いのが産まれてしまった。あの女の働きぶりは城の者たちの間でも評判で、妊娠を祝福されていたから、子供ともども闇に葬ることも出来なかった。妻である王妃オリーゼとの仲も一時悪化してしまった。
女が産後に体調を崩したと聞いた時は小躍りするほど喜び、これ幸いと人目につかない場所へ押し込んだのに。そこからこうも粘るとは。
しかし、ようやく死んだ。そして女が臨終だとの情報が流れてきた際に、長男のグラドウスの提案を受けてすぐに乗った。
ヨナウスは邪魔だった。カードウス本人にとってもそうだし、妾の子供だからとオリーゼが誰よりも憎んでいた。
だから一家の平穏のために、ヨナウスには死んでもらうことにした。
追い出した後に彼を亡きものにするのはグラドウスの采配で行った。
彼の意のままに動く者。貴族の子息たちで、私的に雇った近衛兵団みたいなものだ。
兵士の真似事をして人を殺すことを、格好良いと憧れている連中。とっくに成人しているのに子供みたいな価値観で動くが、士気は高い。ヨナウスを殺せるのは間違いない。
ヨナウスとその母がそれぞれ死んだことは、彼が追放された後で速やかに発表され、夕方には王都の民の殆どが知ることになった。
そして、多くの民が城の前に押し寄せることとなった。
「どうなっているのだ!? なぜ平民たちがこんなに大勢」
城の窓から外を伺いながら、カードウス王は困惑していた。
王族の死に民が悲しむのは結構なことだ。それだけ尊敬を集めている証左になる。
けれど、よりによってヨナウスなんかが。
「ヨナウス殿下に、一言お別れを言いたいという民が詰めかけています」
外の様子を見てきた兵士が報告する。城下では今も、門番たちがなんとか人々を追い返そうとしていた。
「お別れだと?」
「は。ヨナウス殿下には生前お世話になったと。街に出ては、困っている民を見つけて助けるのを繰り返していたとか」
「なぜそんなことを!? 王子がやることではない!」
兵士に怒鳴り散らしても意味はないが、カードウスは苛立ちを隠せなかった。
平民は平民らしく、こういうことは粛々と受け入れればいいのだ。なぜ城に押しかける? 意味がわからない。
「陛下」
「こんな時に誰だ!? ……おお、ガリエル公爵ではないか」
カードウスに声をかけたのは、ひとりの貴族。白髪から老齢だとわかるが、がっしりとした体格や堂々とした歩き方からは年齢を感じさせない。
ブロン・ガリエル公爵。ライディオン王国の建国時から王家に仕える名門貴族であり、王家直轄領の隣に大規模な領地を持つ領主。
そして。
「ヨナウス殿下が亡くなったと聞きました。本当ですか?」
「ああ。本当だ」
「なんと。しかし、なぜ突然」
「急な病気だ。……それに、母親の死のショックが重なって」
「そうか。お母上も。おいたわしい……しかし俄には信じられません。悲しいことがあったとはいえ、昨日の指導の時にはあんなに元気だったヨナウス殿下が」
そう。ガリエル公爵家は代々、ライディオン王家の剣術指南役を務めていた。
剣術など政治家である王には必要ないと、カードウスやその子供たちは考えていた。けれどヨナウスだけは公爵から馬鹿真面目に剣術を学んでいた。
なんて野蛮なんだ。やはり、身分の卑しい母の血の影響だろう。




