2-30.はぐらかす
エイリスの方もゾーラを見た。
「どうも、学者さん。ところで、これは知っているか? 息子と仲間は昨夜、サハギンに襲われて死んだ」
「そうらしいわね。地下水路に入って、中で襲われたそうね。中で何をしていたのかしら」
「水路の管理はうちの管轄だ。夜に確認することもある。仔細は説明できないが」
「あら。知りたいわ。夜中に地下水路に入って、結果としてサハギンに襲われたのだもの。昼間に堂々と入ったら、周りが助けてくれたかもしれないのにね。ねえ、あなたの息子は何しに入ったのかしら」
「それは問題ではない。それに、お前に話すことでもない」
「ですって。隊長さんはどう思う? 子爵家が夜中にコソコソやった結果、死人が出たことについて。遺憾だと考える? それとも死んだのは子爵家の人間だけだから、家の問題で済ます?」
「俺に訊くな」
「そうよね。あなたが判断することではないわね」
クスクスとゾーラは笑った。そしてエイリスに再び目を向け。
「じゃあ、あなたはなんの話をしに来たのかしら?」
「公爵家の人間が船を出して、こちらの動きを監視していたそうだ」
「あら。あたしはそうは聞いていないわ。公爵家のカルラとお友達は、水路の中にゴブリンがいるかもって考えて船を出して様子を見ようとした。同時に、子爵の人が来たから隠れたそうよ。監視なんかしていない。偶然一緒になっただけ」
隊長がエイリスの方に目を向けた。話が違うぞと言いたげだ。エイリスだって背後の息子を見ながら軽く舌打ちした。彼女も息子に嘘をつかれていたのか。
しかしすぐに表情を戻し。
「そこは問題ではない。問い正すべきは、カルラだったか? その船は地下水路の入口に陣取り、我が息子の船の退路を塞いでいたと」
「そうなの? その話は聞いてないけれど、誤解じゃないかしら」
「なぜ言い切れる? そもそも、お前は見てきたように話すが、昨夜現場にいたのか?」
「ひなはった!」
頬の傷のせいで満足に話せないエイナートが声を上げた。エイリスは息子を諌めるように振り返った。お前は黙っていろと言うように。
「ええ。いなかったわね。後から話を聞いただけ」
「お前では話にならない。家の中にいる公爵家の人間を出せ。カルラがいるから、事情を聞けたのだろう?」
「いるけど、会わせるわけにはいかないわ」
「なぜだ。そもそも何故、学者が対応している?」
「色々理由があってね。公爵家に客人として招かれたの。家臣ではないけど、カルラが困ってそうだから助けに来たの」
正確には、ヨナを助けに来たんだけどね。
「家臣ではないなら引っ込んでいろ。これは公爵家と子爵家の問題だ」
エイリスの言ってることは正しいと、アンリも思う。ゾーラが口を挟むことじゃない。
けど、彼女は余裕そうな態度を崩さなかった。
「そうね。そもそもの発端は冒険者ギルドで、そこにいる息子さんがカルラを煽ったから、らしいじゃない? 地下水路内にゴブリンがいるかもしれないって報告を真に受けず、逆にカルラを煽ったって?」
「ひがう! さきにカルラがおほった!」
まあ確かに、剣を抜いたのはカルラの方だけど。
「それでもあなたは、自分の管理する範囲の異常は確認しなきゃいけない。じゃないと今度は、魔物が水路から飛び出して市街地に出るかも。そうなれば、隊長さんに迷惑がかかるわ。対処するのは彼や、その同僚だから。ねぇ?」
「それは……確かに。本当にそうなら、確認しなきゃいけない」
「特にこの建物は、床下から変な声が聞こえるとかで、こんな立地なのにずっと空き家なのよ。それがゴブリンの声だとしたらどうする?」
「状況的に見ても、調べる価値はある。治安管理部隊としては、そう考える」
「なのに子爵のお子さんはそれを怠った。良くないわよねー」
「黙れ。確かに息子の対処は適切ではなかった。ゆえに、わたしが直接対処に当たろう」
「いいわね。対処って、あなたが地下水路に入るのよね? あたしも同席していい? もちろん、そこの隊長さんも」
「子爵家だけで対処する。管理者だからだ。今回はその話をしに来たのではない。話すべきは、公爵家との間に起こった諍いだ。公爵家の人間と話しがしたい。だから、カルラをここに連れてこい!」
エイリスはずっと、これを言いたかった。両家の争いの決着をつけたいと。
なのにゾーラが話をはぐらかし続けたから、エイリスはすっかり苛立っていた。
一方のゾーラは平然としていて。
「なぜその要件で、治安管理の兵士を引き連れてきたのかしら?」
「死体が出てきた以上、子爵は重要な参考人だ。そして子爵は、公爵家の者と会いたいと主張した。今回の件に多少なりとも両家の対立が関係するなら、我々は調べなければならない」
隊長が答えた。エイリスはさらに顔をしかめた。第三者がいる中で、公爵とやりとりしたくないらしいな。
「そういうことだ。公爵の人間を出せ」
「それは子爵としての命令かしら? あたしには命令を聞く義務はないのよね。街の治安管理部隊の命令なら、聞く義務があるけれど」
「俺としても、対立を起こした人間とは面会したい。だが子爵立ち会いでするものではない」
「ですって! だったら、あなたにカルラを出す必要はないわね!」
「お前の意見など聞かない! 聞く義理もない!」
エイリスが声を荒げた。
「ま、そりゃそうだよな。ゾーラはほぼ無関係の突然出てきた人間で、子爵さんたちにとってはお前誰だって感じだ」
「そうね。子爵が怒るのもわかるわ」
隣で様子を伺うキアの呟きに同調する。




