2-29.子爵家襲来
「もふもふ、ごめんね。自由に走り回りたいわよね。けど街の中じゃ難しいのよ。街って窮屈よね。もふもふもそう思う? ふふっ。この前みたいに草原で走り回りたいわよね。へぇ、窮屈な街の中をあえて走るのも楽しい? そうね、王都をあちこち駆け回ったのは面白かったわ!」
幽霊屋敷の裏手は、ちょっとした庭になっている。そこに繋げられたもふもふを、アンリが世話していた。柵で覆われていて、馬を置くにはちょうどいい。
お世話と言っても、体毛を雑に撫でながら話しかけてるだけだ。もふもふのモフモフな体毛を撫でるのが、アンリには楽しかった。
可愛がられているのは、もふもふも理解している。満足そうな顔を見せていた。
「アンリはさ、馬の言ってることがわかるの?」
その様子をじっと見つめていたティアがふと尋ねる。
「馬だからじゃないの。もふもふだけ。もふもふの気持ちは伝わってくるわ。ね?」
アンリに尋ねられると、もふもふは嬉しそうに鼻を鳴らした。
本当に会話が通じているのかもと、ティアに思わせるには十分だった。
「すごいなぁ、お姉ちゃんは」
「え? どうしてティナが出てくるの?」
「なんというか。すごい人と一緒に行動してるんだなって思って。ヨナ様はもちろん元王族だし、アンリもすごい。ゾーラさんは魔法使いですごい。キアさんは……よくわからないけど」
「キアは木登りが得意よ。建物の屋根だって登れる。あとトカゲを食べられる」
「最後のはわかんないけど、すごい人なんだね。そんな人たちと一緒に戦って、ドラゴンまで倒して。お姉ちゃんって駄目な人だと思ってたけど、結構すごかったり?」
「ティナもね、きっとすごい人なのよ。すごく強いし。ヨナにどこまでもついていく覚悟があるし」
「そうなの?」
「ええ! 素敵なお姉ちゃんを持って、ティアも幸せね!」
「うーん。どうなんだろ……」
すぐ近くにいる姉のすごさは、わからないもの。正直に言えば、アンリもティナのすごさはよくわかってない。
作ってくれるご飯は美味しいな。それから、えっと。戦えば意外に強い。魔物にも恐れず立ち向かう。
他になにかあるか考えようとしたけれど、にわかに外が騒がしくなって、それどころじゃなくなった。
簡素な鎧を纏って槍を持っている兵士の姿が見えた。裏庭の出入り口を塞ぐように立っていて、こちらを睨んでいる。
「なんだろ……」
物々しい雰囲気に、ティアは少し怯えたようだ。その手をぎゅっと握ってあげた。
「大丈夫よ。もふもふ、ちょっと大人しくしててね」
たぶん表にも兵士がいるだろうし、ゾーラたちも気づいている。ティアの手を引いて幽霊屋敷の中に戻った。
「ゾーラ、何が起こっているの?」
「わからないわ。けど大勢の兵士が大挙して来てる」
窓から外の様子を覗きながら、ゾーラは静かに告げる。確かに幽霊屋敷の前に、裏口にいたようなのと似た兵士が集まっていた。
何事かと、野次馬たちも結構な数が集まって、あたりは騒然としていた。
「子爵家の連中か?」
「だと思うわ。けど装備が二種類ある。だから、だいたい半分は子爵の手の者で、残りは別の組織の兵」
「別の組織?」
「決まってるでしょ。この街の治安を守っている部隊よ」
直後、ドンドンと扉が叩かれた。
「あたしが出るわ。みんな、武器の用意はしておいて。ティア、あなたは隠れてなさい。カルラ、あなたも口を挟まないで。奴の目的はあなただから」
「……わかっ、た」
カルラは不服もあるだろうが、頷いた。
そしてゾーラは杖を握って扉を開ける。
「こんにちは。大勢でどうしました? もしかして、噂の幽霊屋敷の調査をしてくれるのかしら?」
「こういう者だ」
ひときわ偉そうな男が、コリングの街の治安当局を示す身分証を見せた。この人が隊長なのかな。
それから。
「ポロソバル子爵から、ここに公爵家の人間がいると聞いた」
「ええ。いるわ」
「出せ」
「理由を伺っても?」
従順ではない態度のゾーラに、隊長はぴくりと眉を動かした。
「お前は何者だ?」
「あたしはこういう者。王都の学術院の職員よ。あたしに何かあったら、王都とことを構えることになると思いなさい」
「学者か」
一応は相手の立場を重んじた様子だ。
「お前も知っているだろう。今朝、この水路で死体が見つかった」
「ええ。人間と、サハギンのね」
「ああ。それがポロソバル子爵家の者だったことが判明した」
「らしいわね。ご冥福をお祈りしますわ、子爵さん」
正確には息子が勝手に組んだパーティーなのだけど。そこを指摘するのは面倒だ。
ゾーラの視線は隊長ではなく、その後ろにいる馬に向いていた。正確には、それに乗っているひとりの女。
エイナートと少し似ているような気がする。年齢的にもおかしくない。息子と違って、なかなか威厳ある人物のようだけど。
彼女がエイリス・ポロソバルか。
エイリスの後ろには、同じように騎乗しているエイナートもいた。頬に布を当てている。
あれ、もしかしてわたしがやっちゃった? アンリは状況を見守りながら、少し気まずい思いをした。




