2-24.船の上の戦い
地下水路の入口のあたりにつけたボートの上から、僕は中の様子を伺う。
エイナートたちの姿は見えない。けれど声は聞こえた。女の悲鳴と男の怒声。それから水音。
何が起きている? 明らかに良くないことらしいけど。
ぼんやりと、エイナートの船が見えてきた。
「離れてください」
たぶん向こうからは、こちらの姿がよりはっきり見えているだろう。既に気づかれたかも。けれど一応は隠れておきたい。
が、ボートの上の女が助けを求めるように手を伸ばした。同時に水面からサハギンが現れて、女を引きずり下ろした。
「あれは!?」
「おじいさん、はやくここから離脱して! 魔物がいるわ!」
「わ、わかった!」
なんでサハギンが? 中にいた魔物はゴブリンだけじゃないのか?
こちらの船は全員が武器を取り、辺りを警戒する。
「おい! お前ら! 助けろ! 俺を助けてくれ!」
「早く地下水路から出て!」
「動かせないんだ!」
ボートの上でひとり大声を出すエイナート。必死で壁に手をついて押している。オールはないのか。
船の上に死体が転がっているのも見えた。なにがあった?
エイナートのボートが地下水路から出る。それと同時に、彼は手を引っ込めてボートの真ん中に立った。置いていた剣を構えて周りを見る。
水路の上を漂流するボートの上で、キョロキョロと周りを見回して。
突如として水柱が上がり、一体のサハギンがエイナートに襲いかかった。彼は勇敢にも剣を向けたけれど、腰が引けている。
が、サハギンに殺されることはなかった。一本の矢がサハギンの脇腹に刺さったからだ。
「やった! 当たった!」
隣でアンリが歓喜の声を上げている。王都で練習してたって聞いたけど、ちゃんと成果が出てるんだ。
サハギンはエイナートのボートの上に力なく倒れ込む。彼は剣でサハギンの体を滅多刺しにして、なんとか息の根を止めた。
「ど、どうだ! 勝ったぞ! サハギンがなんだ! 俺は強い!」
「ちょっと!? わたしが最初に当てたんだけど!? わたしのおかげなんだけど!?」
「平民は黙ってろ! ……カルラ。またお前か」
ボートの上のカルラを見て、エイナートは忌々しげに顔を歪めた。カルラもまた、敵を睨む。状況が許せば殺しそうな勢いだ。
「落ち着いて、カルラ。サハギンが一体だけとは限らない」
「……は、い」
少し落ち着いた様子のカルラ。こちらのボートは水路を通って、だんだん海の方に近づいている。
が。
「なんだ!?」
船底に何かがぶつかったのか、ボートが大きく揺れた。
直後、さっきと同じような水柱が、こちらのボートの側面に上がった。それもふたつ。
水の膜が自重で水面に戻るに連れて、中のサハギンが姿を現した。
すかさず持っていた木の棒を振る。魚の口から脳天にかけて棒が貫通し、そのまま捻れば上に切り裂かれる。
隣で、カルラもまた剣を振り、サハギンの顔にばっさりと傷をつけた。
「こいつら、何体いるんだ?」
「わから、ない。群れ、かも……」
「警戒を怠らないで。おじいさん、船を壁際に寄せてください」
「わ、わかった!」
「ははっ! サハギンの相手はお前らに任せたぞ!」
「あ! 待て!」
エイナートが、仲間の持っていたと思しき槍をオールの代わりにして、なんとかボートを動かして逃げようとしている。
もちろん、代わりになるものでないから、動きはゆっくりだけど。いやそれよりも。
「鍵を閉めろ!」
サハギンは地下水路の中で、エイナートの仲間の女を殺した。元々地下水路の中にいたのかどうかは知らないけれど、可能性はある。
中にゴブリンは確実にいたんだ。サハギンも潜んでいたというのはありえること。
それが鍵を開けた結果、解き放たれた可能性が高い。
このサハギンが海から来たとしても、地下水路なんて人目につかない場所にこれから入り込み、大都市の地下を安住の地として繁殖するようなことがあれば、それはまずい。
エイナートが何しに来たかは知らないけれど、あの鉄格子は閉じられてなければいけない。
「知るか! こんな場所にいてたまるか!」
なのに奴は逃げることしか考えず、槍が使えないと知るとさっさと放り投げて、船尾の外に手を出してパチャパチャと水をかいて動かそうとする。
こちらはといえば。
「ひえっ! ヨナ様! またサハギンです! こっちに来ます!」
「迎撃して!」
「は、はい! 頑張ります! サハギンでもデスピラニアでも! 何体でも来てください! ああでも! 出来れば少数でお願いします!」
「どっちなのよ!?」
水面から顔を出した魚が、側面から生えている手を動かしながらこちらに近づいくる。しかも複数。全部サハギンだ。
ボートが水路の壁に接したから、四方すべてを警戒する必要がなくなったことだけは良かった。
アンリがそれらを弓で狙う。練習の成果はしっかり出ていたけれど、まだ慣れてないのも事実。当たったり当たらなかったりだ。当たっても急所を外して、近づくのを止められていない。
それでも、機動力の下がったサハギンは敵ではない。ボートの縁を掴んだサハギンの手に枝を振り下ろす。腕を切断すれば、魚のくせに悲鳴を上げてから、サハギンが逃げていった。
ティナも怯えているだけではなく、ちゃんと剣を振って迎撃している。
サハギンは今度は、数に任せて一気に攻め込もうとした。僕は枝に力を込めた。
魔物を怯ませる力。サハギンの動きが一瞬だけ止まる。そこに、すかさず攻撃をかけた。枝を振って切り裂く。矢が貫き、ナイフが刺さる。
何体も殺せば、襲撃は落ち着いた。討ち取ったサハギンは、船の周りに力なく浮かんでいる。




