2-23.使えないパーティー
船は相変わらず、左右の壁に何度も擦りながらも、大通りの幅分くらいの距離を進んだ。
そのあたりで、エイナートたちが来た方向を含めて四方向、十字の形に水路が分岐していた。
エイナートから見て正面と左右に伸びる地下水路は、幅自体は変わらないものの、穴は左右に拡張されているようだった。
つまり、水路の左右に人が歩けるような足場があった。
かつて地下水路が使われていた頃、メンテナンスのために人が入るために作られたもので、入口付近には容易に人が立ち入らないように足場が無いという作り。しかしエイナートは、そんなことを知りもしなかった。
足場があるということはゴブリンがいる余地もある。そこまではエイナートには考えが及ばなかった。
「おい。これは、どこに行けばいいんだ?」
岐路にいて、判断ができず立ち尽くすエイナート。聞かれた女たちも、そんなもの知るはずもなく、顔を見合わせるだけ。
返事がないことにエイナートは貧乏ゆすりを始めた。ボートの上でそんなことをすれば、全体が揺れる。格闘家の女が止めようとした、その時。
「ギャッギャッ!」
不気味な声が聞こえた。それがゴブリンのものだとエイナートは知らなかったが、少なくとも異変には気づいた。
まさかと思って声のした方を見たところ。
攻撃は足場からではなく、下から来た。水中から何かがボートを突き上げ、大きく揺らす。
「なんだっ!?」
突然のことにエイナートは対応が遅れた。直後に、もう一度突き上げが来た。
ボートの上でひっくり返りそうになるのを堪えつつ、狼狽えるだけの女たちの指示を出す。
「後退だ! ここから出るぞ! おい! なにやってる! オールを漕ぐな! そこで動かしたら前に行くだろうが!」
オールを横に出せば、漕ぐ方向を逆にすれば後退は可能。しかし後ろにオールをやって漕いでも前にしか進まない。
「お前はこっちに移動しろ! 船首で漕げ! そうすれば後ろに行くから!」
たとえ、船の形の問題で後退時は水の抵抗が大きくても、そうするべきだ。
リーダー格の女が頷き、オールを持ったまま移動しようとした、その瞬間。
ボートの後方に水柱が上がった。さっきから突き上げて来ていた何かが、船尾に回って姿を現したんだ。
水柱の中から出てきたそれの姿をランプが照らしたのは一瞬のこと。
魚から人間の手足が生えたような、全身を鱗に覆われた生き物。沿岸都市の住民であるエイナートは、それがサハギンであると即座に理解した。
しかし即座に動けるかといえば、そうではない。それは女たちも一緒で、気味の悪い生物に悲鳴を上げて硬直した。
そんな獲物たちにサハギンは容赦なく手を伸ばす。ハーレムのリーダーの襟首を掴むと、彼女の体を容赦なく水面に引きずり込む。持っていたオールごとだ。
その際、ボートの船尾の囲いと彼女の足がぶつかった。
ボートの一部が欠ける程の勢いでぶつかったため、彼女の足もまたありえない方向に曲がっているのが見えた。あんな風に折れてしまったら、たとえサハギンを振り払えたとしても溺れ死ぬのは確実。
剣士と格闘家と槍使いは、目の前の光景に悲鳴を上げるしかできなくて。
「おい! 立て! 戦え! お前、オールはもう一本あるだろお前が操舵しろ! 他は武器を持って戦え!」
まだ冷静だったエイナートは格闘家に指示を出す。
彼女は慌ててオールを掴んだ。それとほぼ同時に、剣士が武器を抜く。
狭い船内で、何も考えずに抜いて構える動きをしたものだから。
「ぎゃっ」
「あっ。ごめんっ!」
剣士の剣の切っ先が格闘家の腕を掠めた。ざっくりとした切り傷が出来て、オールを落としてしまう。
「馬鹿! なにやってる!? 手で押せ! 壁際に寄って、壁を押して進ませろ!」
「でもっ! 腕が!」
「早くやれ! おい! 槍の扱いに気をつけろ!」
「え?」
涙目の格闘家が壁際まで行って押す。船の横幅が水路の幅ギリギリだから、横からサハギンに襲われることはない。
格闘家が無事な方の腕でなんとか船を押し始めた。反対側に剣士が回って同じことをした。船はゆっくりとだが出口に向かっていた。
が、船尾にいた槍使いが敵の警戒をして水面に槍を突きつけようとしたのを、エイナートは見咎めた。
彼女はわかっていなかった。狭い水路内で槍は扱いにくいと。
進み始めた船の上で、槍の柄の先が水路の天井に当たってしまった。つっかえ棒のような形になり、船は急に減速。船上の全員がつんのめってしまう。もちろん槍使い自身も。
槍使いは転んで船尾に倒れ込む。さっき砕けて木片が割れて鋭くなっている箇所に首がぶつかり、ざっくりと裂けて大量の血が流れ出す。
それから持っていた槍も後ろに跳ね上がった。槍の穂先は不運にも、後ろにいた格闘家の体をすくい上げるように斬り、その命を奪い、ドサリと音を立てて倒した。
「いやぁっ!」
剣士が悲鳴を上げて座り込む。エイナートだって一瞬だけ立ち尽くした。が、そんな場合ではない。
「立て! 船を動かせ! ここから出るぞ! しっかりしろ!」
「いやっ。死にたくない! やだぁ!」
死にたくないなら行動しなきゃいけないのに、この女は動かない。頭を抱えて泣き叫ぶだけ。
仕方がないから、エイナートが壁を押す。片側だけでやると、高いボートの反対側がガリガリと削れていくが、今は仕方がない。なんとか進んでいくしかない。
サハギンの襲撃はない。もういなくなった? そんなまさか。
亀のようなゆっくりとした動きがもどかしいが、地下水路の出口が見えてきた。
そこに、もう一艘ボートが浮かんでいた。
剣士もそれを見つけて。
「助けて! ねえ助けて!」
「馬鹿! ボートから手を出すな!」
船尾に行き、身元不明のボートに向って身を乗り出し手を伸ばす剣士。
水中に息を潜めていたサハギンが現れ、彼女の腕を掴む。サハギンが力を込めれば、骨が折れる音と悲鳴が聞こえた。
握り潰された剣士の腕から血が流れる。泣き叫ぶしかできない彼女の体が水中に引きずられていった。
その光景を呆然と見ながら、エイナートはふと考えた。
サハギンは恐ろしい魔物だ。けど、握力だけで人間の腕を握り潰せるほどの力があったか?
あのサハギン、何かがおかしい。




