2-22.エイナートのゴブリン退治
地下水路は、単に壁に穴が掘られているだけの構造。水路の両脇に人が立って歩けるような足場があるわけではない。
幽霊屋敷にゴブリンがいるなら、長期間生息するために必要な足場があるはずだけど、それも確認できなかった。
まあいいさ。今日は様子見のために来たのだから。ゾーラが魔物寄せのガラス玉を持ってきてくれれば、それを掲げることでゴブリンをおびき寄せられるかも。その場合、奴らは泳いで来るのかな。ゴブリンって泳げるのだろうか。
よくわからない。
「音を立てれば反応するかな。こっちに来るか別として、声を上げるくらいはするかも」
「やってみますか」
ティナが剣を抜いて、鉄格子をコンコンと叩く。力加減すれば、この格子は壊さずに音を立てられるし、水路内には響くだろう。夜だしゴブリンは寝ているかもしれないけれど、叩き起こせるはずだ。
僕も剣を抜いた。
「カルラも手伝って」
「待って。誰か、来る。エイナート、たち」
「え?」
「おじいさん、ここから離れて。あっちの方に」
「あ、ああ……」
確かに耳をすませれば、エイナートの声が聞こえる。何を言ってるかはわからないけど、不機嫌そうなのはわかる。
海の方から近づいてくるから、こちらのボートは隠れるように反対側、街の中心の方へ水路を遡上する。
ランプを隠し、ボートの上で姿勢を低くして隠れながら、向こうの様子を見た。
向こうはランプで自分たちを照らしながらも、周りを全く見ていないために、僕らの存在にさえ気づいていない。
「まったく! なんで母上はこんなことを! 中の様子を見てこいだと!? しかも万が一ゴブリンがいるなら殺してこいだと……俺がやる仕事じゃない! そんなのは末端の兵士がやるべきだ!」
ひとり、大声で文句を言いながらボートが進む。立派なボートだ。こちらのよりも大きくて、装飾がついている。金持ちの持ってそうなやつだ。
動かしているのは、エイナートの配下にいる女のひとり。リーダー格の剣士だ。オールを横に突き出して漕いでいる。
あのオールは、地下水路みたいな狭い場所では使えないな。船体に固定はされていないから、船尾に移せば推力にはできるけれど、効率は悪そうだ。
もうひとりの剣士も、格闘家も槍を使っていたのもボートに乗っているから、向こうの乗員はエイナート含めて五人。
子爵令息とそのハーレムで構成されたパーティーが、なぜだか地下水路の前でボートを止めた。操舵している女は下手なのか、地下水路を通り過ぎかけて慌てて方向転換した結果、水路の壁に船首をぶつけた。それ以外にもボートには、あちこち擦った跡が見えた。
「えーっと。ここの鍵は……ああくそ! ごちゃごちゃしてわかりにくい!」
エイナートは悪態をつき続けながら、ポケットから鍵の束を取り出した。
あれが地下水路の鍵か。似たような地下水路の入口は他にもいくつもあるから、こうやって束にして管理している。
エイナートの話からするに、彼は母親である子爵から預けられたのだろう。なぜかは、よくわからない。
ゴブリンを殺せという指示があったということは、街を脅かすかもしれない魔物を秘密裏に処理するということだろうか。
魔物は殺さなきゃいけない。それは当然だ。けれどそういことは、堂々とやるべきこと。昼間の、もっと視界がいい時間帯に、多くの兵士を動員して安全を確保しながらやるべきだ。
夜中に身内にこっそりとやる意味はなんだろう。
ゴブリンはそれなりに長い間、水路に住み着いた。水路の管理者だから、問題に気づかず放置し続けていたことを醜聞になると考えて密かに解決しようとした? それならありえるけど。
エイナートが鍵を見つけるのに手間取っているのを、しばらく見ていた。どんくさい男だ。
隣でアンリがゆっくりと身を起こしながら、弓を構えていた。確かにここでエイナートたちを襲えば鍵を手に入れられるし、容易なことだろうけど。
「子爵家と争いたくない。弓を下ろして」
「……ええ」
安易に武力で解決できれば一番なんだけどね。相手も権力者だ。
ようやく鍵を見つけたらしいエイナートが、鉄格子を開けて中に入っていく。長年放置されていた扉とは思えないくらい、スムーズに開いたようだ。蝶番が新しいからね。
地下水路に入っていくボートを、僕たちは黙って見つめていた。奴らが何か企んでいるなら、警戒しなきゃいけない。
「おじいさん。地下水路の入口あたりまでボートを動かしてください。中の様子を見たいです」
お願いしながら水面を見ると、一本の枝が浮いているのが見えた。海岸には流木というものが押し寄せるらしい。その、細長いものかな。
それを拾えば、体が熱くなる感覚がした。
――――
水路内は暗く、エイナートは自分たちで用意したランプを使って辺りを照らしながら進むしかなかった。
ボートの横幅は水路の幅ギリギリで、なんとか通ることはできても左右が何度も壁に擦れてしまう。
「おい! 気をつけろ! このボートは高いんだぞ!」
「は、はい! 申し訳ございません……」
船尾に立ってオールを漕ぐ女が身をすくめる。このハーレムのまとめ役を自然とするようになっただけあり、他の女よりは優秀だ。けれど、どんくさい一面がある。顔はいいのだけれど。
やはりカルラのような女が欲しい。美人でしかも腕が立つ。なのに奴は公爵家に行ってしまった。
親がいなくて途方に暮れていたところを拾ってやったのに。恩知らずめ。確かに公爵家の方が金持ちだし権力も上だが、だからって頭を下げてまでそちらに行くとは。
絶対に取り戻してやる。シャルロットと一緒にな。
だが、今はこの仕事をしなければ。ゴブリン探しを。
「こんな所にゴブリンなどいるはずがないと言うのに……母上は何を考えているのだ?」
「いないことを、確認するためではないでしょうか」
「うん?」
格闘家の女が静かに言った。
「いないと確認すれば、あの女の言ったことはデタラメになります。そしてデタラメを理由に子爵家に喧嘩を売って、ギルド内で冒険者同士の諍いを起した。明確な罪です」
「それはそうだ。悪いのはカルラの方だ」
「はい。そしてカルラは公爵家の人間。つまりエイリス様は領主である公爵家に優位な立場になれます」
「そうか! それは、これからの事業がやりやすくなる! いやそれだけじゃない。シャルロットの嫁入りの件もスムーズに進むな。そうか、そういうことか! さすがは母上だ!」
そう考えると、途端に上機嫌になった。
なぜそれを夜中に密かに行わせるのか、それがわかるほどエイナートは利口ではなかった。すでに彼の頭の中は、家の繁栄とシャルロットとの生活でいっぱいになっていた。




