2-21.夜の水路
カルラから話を聞いた後、僕たちは幽霊屋敷へと戻り、夜中になるのを待った。
床に耳をつければ、相変わらずゴブリンの声はする。この真下に、ゴブリンの巣でもあるのだろうか。
「そろそろ真夜中でしょうか」
「うん。行こう。ティアはここで待っていて」
「は、はい! あの」
「大丈夫。ちゃんと戻ってくるから」
「わかりました。ヨナ様、お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします」
「えっと? ティア? なんでヨナ様がわたしのこと守るみたいなこと言ってるのかな? わたしがヨナ様を守るのだけど? 近衛兵なんですけど?」
「だってお姉ちゃん、頼りないから」
「うう……言い返せない」
言い返してもいいと思うけどね。ちゃんと強いから。
僕とティナとアンリ、そしてカルラを連れて外に出て、港の方へと向かう。もふもふは、ティアと一緒にお留守番だ。
昼間は船がひっきりなしに行き交う港も、この時間は動きがない。沖合に行けば船はあるだろうけれど、船の発着や荷の積み下ろしを管理する事務所は閉まっている。
だから夜の港は静かだ。
そんな港の端の方へ行く。立派な桟橋がある中心部ではなく、木製の簡易的なものがあり、その周りに小型のボートがいくつか並んでいるエリアだ。
アンリはそこで、船を持つ冒険者と約束をしているという。
「小さいボートだけど、この人数と船主のおじさんなら問題なく乗れるわ! それに水路の幅を考えても入れるって!」
「ボートを持ってる冒険者って、この街には多いんですか?」
「海の、魔物がいるから。出てきた時、対処する、ために。あと、船の護衛、とか。少ないけど、漁も」
なるほど。この街だと需要があるんだ。
「おじさん! 来たわよ! 手伝ってくれてありがとう!」
「いいんだ。魔物がいると聞いては見過ごせないからね」
人の良さそうなおじいさんだ。彼が持っているボートは簡素な作りだし、かなり年季が入っていた。それでも頑丈な作りに見える。
それほど大きくもなく、船尾にオールがついていて狭い場所でも動かせる構造。水路の中にも問題なく入れるだろう。
ボートに乗って水路に入る。おじいさんの操舵は慣れていて、幽霊屋敷の下までスムーズに向かっていく。
夜だと水面が真っ黒に見えた。真夜中故に静寂が街を包んでいて、不気味さを感じた。
「な、なんか不気味ですね。海の魔物って、どんなのがいるんでしょうか」
「サハギンが、多い……」
「あー。あの変なやつ」
サハギンなら、前にも見たことがある。ヴェッカルの男爵家で飼われていた魔物の中にいた。
魚に手足が生えたような姿。陸上で呼吸できるけれど、体の表面はヌメヌメとしていて、獣とは程遠い質感。
やっぱりあれ、獣と魚の両方の性質を持ってたりするのかな。
「たまに、水路に入り込んで、兵士に退治されてる。沖合にある島に出ることも、ある」
そういうのは冒険者が退治するのだろうな。
前半の、水路の入り込むという情報の方が重要な気がした。もちろん、見つかればすぐに知らせが入って始末される。人の多い街だから、水路を見る目は多いだろう。
けれど奴らは水の中で息を潜められる。そして船が入れるような水路は、十分に深さがある。水はそれほど透明というわけではない。
特に夜は、人の目も少ない。その隙に都市の奥まで入り込んでいるのでは。そんな考えが頭をよぎった。
「あ、あと。デスピラニアも」
「……なにそれ」
「人を食べる、魚」
魔物って色々いるんだなあ。
ボートから水面を覗き込む。
夜の水路は真っ黒に見えた。中に何が潜んでいたとしても、わからない。サハギンも、人食いの魚も見当たらない。
「もうすぐ着くぞ」
操舵するおじいさんの声に、僕は顔を上げた。
幽霊屋敷の下にある、地下水路の入口。鉄格子でしっかりと封じこまれているけれど、鉄格子自体が大きな扉になっている。
鍵を開けさえすれば船ごと中に入れるだろう。もちろん今は鍵がかかっている。
「この鉄格子、すごく錆びてますね」
ランプを近づけながらティナが観察する。
海に流れ込む水路だから、鉄格子が普段浴びているのは真水だ。けれどそれでも長い時間をかければ十分に錆びる。潮風の影響もあるし。試しに少し触れてみたら、赤茶けた表面がぼろりと崩れ落ちた。
「これ、大きめの剣で叩けば折れそうな感じしますね。それか、ヤスリで頑張れば切れるというか」
「最終手段としてはありかな」
もちろん違法行為だし、人目につく場所にある封鎖を壊せば翌朝にはすぐにバレる。
この上にある幽霊屋敷で商売をすることを考えれば、犯罪の疑惑に巻き込まれるのは良くない。
「全体がこんなに錆びてるなら、鍵も壊れてたらいいんだけどね。それなら入れるから。……そうはいかないみたいだけれど」
鍵は壊れていなかった。というか、周りの鉄の部分と比べて新しいものだった。
定期的に交換しているのかな。水路の壁と鉄格子を繋ぐ蝶番の部分も真新しかった。
「水路の管理は、ちゃんとしてるんだ」
「それでヨナ様、どうしますか?」
「ここからゴブリンの姿は見える?」
「いいえ」
ティナがランプを鉄格子の中に入れて奥を照らそうとする。手持ちランプの明かりでは限界があって、大通りの幅分の奥までは照らせなかった。




