2-19.エイリス・ポロソバル子爵
それから一年間、カルラはナーズルの城に住み、指導を受けてきた。
公爵は忙しく、王都へ赴く期間も長かったから、その間は自主訓練をしたり公爵領を守る兵士の訓練に混ざったりした。
公爵だけではなく、次期公爵である息子や、孫でありシャルロットの兄にあたる男などにも教えを受けた。公爵家の男たちはみんな剣の腕が確かで、彼らも忙しいだろうに暇を見つけて指導をしてくれた。
もちろん、カルラが特別扱いされているわけではなく、他にも雇われている兵士に混じってだ。しかし、カルラは教えを確実に身に着けていった。
シャルロットもまた、カルラに懐いていた様子。彼女をなんとしても守る。そう決意するのに時間はかからなかった。
ちなみに最初の半年は、エイナートから頻繁に手紙が来た。
カルラの安否を気遣う言葉はすぐに終わり、シャルロットの様子はどうだとか、シャルロットに自分がいかに優れた存在かを伝えてくれだとか、シャルロットがコリングの街に再び来る予定を教えてくれとか、そんな内容ばかりだった。
返事を寄越さなかったら、向こうもその意味を悟ったのだろう。手紙は全く来なくなった。
――――
「そして、わたしが公爵様の食客となってから、一年ほど経って。ヨナ様が来た、というわけ、です」
カルラが長い話を終えた。
あまり話すのが得意ではない様子のカルラの、ゆっくりとした語り。それが終わると、みんな自然と拍手が起こった。
「え、え。なんで……」
「カルラさんが立派な方だと思ったら、自然と……」
「ええ。あんな最低の男の下で立派に戦っていて、すごいわ。ケサロスみたいで格好いい!」
「ケサ……誰?」
「知らないの? ジェイザックと共に旅をした英雄のひとりで、元は山賊の子分で」
「アンリ、その話は後で。カルラ、教えてくれてありがとう。子爵の嫡男やシャルロットとの関係、よくわかったよ。……でも困ったな」
「何を困ってるの、ヨナ。エイナートって奴がろくでなしなのは間違いないでしょ!? ぶっ倒しちゃいなさいよ!」
「そうはいかないんだよ。次の子爵だし、街に大きな影響力を持ってるんだから。偉い人は簡単には叩きのめせない」
みんなの物言いたげな視線を感じる。確かに僕は、次期国王をあっけなく殺したけれど。
こほんと咳払いをする。
「それに、あの人の助けがなければ、僕たちは地下水路の調査ができない。ゴブリンの件も解決できない」
「困りましたねー。ヨナ様、わたしたちパン屋さんが開けません」
「別に、あそこ以外の建物で開いてもいいんだけどね、お姉ちゃん」
「た、確かに!」
「でも、できればあそこでやりたいかな。立地はいいし」
ティナたちの家族のためにも、あの建物の下にいるゴブリンは殺さないといけない。
ただし問題があって。
「その。ごめん、なさい。エイナートと、喧嘩になって……」
「うん。協力してもらう雰囲気じゃないよね」
エイナート、というか子爵家とやりあった。というか、カルラとエイナートは再会した時点でお互いに好印象はなく、対立するしかない関係。
そして子爵家と公爵家の立場を背負った上で剣を交えた。金持ち同士の諍いだ。大事になりかねない。
しかもカルラの方から仕掛たわけで。
「子爵家の協力は得られそうにないね。今頃あの男、お母さんに必死に語ってるだろうさ。自分がどれだけ酷いことをされたかね」
――――
エイリス・ポロソバル。女子爵と呼ばれる彼女は、若い頃はその美貌で男たちを虜にしてきたものだが、初老と呼んでいい年頃にもなれば容姿に衰えが見えてきた。小皺が目立ち白髪が混じる。
それでも、女子爵としての威厳は見せつけなければならない。
家の中の権力闘争と政争。汚い手段も幾度となく使って、子爵の地位と港の管理者の座を手に入れた。故に、こちらも隙を見せれば立場を取って代わられる。
エイリスはそう考えていた。それが彼女の生き方だった。
子爵になるために、自分の兄をも密かに手にかけた。故にエイリスの警戒は、当然のように家族にも向いている。
夫はいた。しかし息子が産まれた後に、頃合いを見て始末した。兄や政敵にやるよりもずっと簡単だった。
子が何人もいるから、跡目争いは起こる。下の子が野望を持って兄や姉を殺すこともありえる。だから跡継ぎになる子供はひとりだけ。それがエイリスの考えだった。
そうして生まれたエイナートも、将来の子爵として丁寧に育てた上で、庶民の姿を見せながら鍛えるために冒険者として働かせた。これで立派な跡継ぎになる。
そう考えていたのだけど。
「あの女! いきなり戻ってきて! どうせ公爵家から追い出されたんだ! そうじゃなきゃここに来るはずがない! そうだ、シャルロットの話をしたがらなかったのも、そういうことだ! あいつは今公爵家の人間じゃないんだ!」
喚き散らすエイナートを見て、エイリスはため息をついた。
子爵の立場は忙しい。こんな大きな息子に構っている暇はない。本来なら冒険者として働きながら、母の仕事を補佐するものだろうに。
なのにエイナートは、冒険者を金の力で集めてハーレムを作っている。そんなことをすれば後々絶対に火種になる。
そして今は、逃げた女が戻ってきて喧嘩になったという話を延々としている。公爵家に行った女だったか。それと剣を交えれば大問題になると気づかないのか。
気づいているから、こうして子爵に泣きついているのかもしれないな。が、問題を直視しようとは思ってない。いかに自分が悪くないか、そして問題がいかに小さなことかを繰り返し強調していた。
自分が公爵家と対立する原因を作ってしまったら、母上から怒られる。それをわかっているからだ。
まったく。
「その女は、本当に公爵家との縁が切れているの? 確認はした?」
「か、確認はしていない! けどそうに決まってる! じゃなきゃこの街に戻るはずがない! あんな女が公爵家に仕えられるはずがない!」
ああ。これは駄目だ。女は今も公爵家の人間だ。
この現状で公爵家と揉めるのはまずい。ポロソバル子爵家の栄華を盤石にするために、公爵の孫娘を嫁に取ろうというのに。それが破談になって逆に目をつけられたら、どうするつもりか。
それを理解しないエイナートは、自分の主張を繰り返していて。
「それでも俺はカルラには勝てたんだ! なのにあのガキが邪魔しやがった! なんだったんだあれは! そもそもカルラは出鱈目ばかり言う。水路の中に魔物だと? そんなことありえない!」
「魔物? その女は間違いなく、水路に魔物がいるといったんだな?」
その言葉にエイリスは素早く反応した。エイナートはこれを深刻だとは思って無さそうだ。
「あ、ああ。そうだ。言っていた!」
それは、まずいことになったな。
「その女のことを詳しく教えてくれ」




