2-18.カルラとシャルロット
突然の襲撃に、エイナートのハーレムの女たちは身動きがとれなかった。仲間同士で顔を見合わせるだけ。どう動けばいいのか誰かに判断を仰ぐことすら出来なかった。
不運にも男たちの一番近くにいた女がひとり、ばっさりと斬り殺されてから、ようやく襲われたことを認識して、悲鳴を上げながら逃げていく。
「あ! おい待て!」
エイナート自身は逃げなかったとはいえ、明らかに腰が引けている。本気の殺意と共に敵に対峙したことなど、今まで無かっただろう。
一方のカルラは冷静だった。彼女とて、こんな戦闘は経験がない。だがやるべきことは果たそうと思った。
敵の練度は明らかに高い。相当に訓練を積んでいると見える。正直、カルラよりも実力は上だろう。となれば。
「皆様は、下ってください。みんな、決して、ひとりで対処しようと、しないで。複数人で、囲んで、殺して」
たどたどしい口調ながら、周りの子爵家の兵士たちに呼びかける。
当初は混乱していた兵士たちも、その声に統率を取り戻し、盾を掲げて襲撃者たちを取り囲もうとした。それでも何人かは犠牲になったが、制圧はできそうだった。
だが、襲撃者の中で特に体の大きなひとりの男が盾を掴み、兵士から奪うと振り回し始めた。兵士の兜に当たり、中の頭部を衝撃で破壊してから、別の兵士の首を剣で切り落とし、そしてこちらに駆け出した。
エイナートはガタガタ震えるだけで動けないでいる。他に戦える者もいない。
カルラが前に出て剣を構えた。戦いに恐怖は感じなかった。
盾で殴りかかるという一撃を回避して、次いで男が振った剣を己の剣で受け止める。
ガアンと重い金属音が鳴り響き、カルラは自分の腕が痺れるような感覚に陥った。それほどまでに男の腕力と殺意は凄まじかった。剣を落とさなかったのが奇跡と言っていい。
一歩引いたものの、次の攻撃に移れなかった。腕が上がらなかった。
男は背後から仕掛けてきた兵士を一蹴してから、カルラに向けて剣を振り上げた。
殺される。そう確信した瞬間、自分の横を何かが駆け抜けた。
護衛対象である、ブロン・ガリエル公爵と、その息子だった。
ふたりは剣を抜き、男に迫る。急遽狙いを変えて公爵に向けて振り下ろされた剣は、公爵の足さばきと剣によって容易く回避された。
老人は、圧倒的な腕力を持つ敵の一撃を完全には受け止めず、己の剣を軽く当てて僅かに軌道を逸らせることで対応。
孫がいる年齢にも関わらず、その動きに危ういところはなく、大男の攻撃を軽くいなす。その息子も同じで、男の急所を的確に突こうと試みて、次第に追い詰めていった。
公爵の剣技に、カルラは見惚れてしまった。ガリエル公爵家が代々、王家の剣術指南役を務めてきたことを知るのは、もう少し後のこと。
カルラは腕の痺れが弱まったことに気づいた。そして襲撃者がもうひとり、兵士たちの包囲を脱して公爵に襲いかかろうとしているのが見えた。
「公爵様! 右です!」
叫びながら、まだ完全ではない腕に力を込めて駆ける。すんでの所で一撃を回避した公爵を見ながら、その襲撃者へ斬りかかる。
彼もまたカルラの剣を受け止めた。その後数度切り結び、鍔迫り合いをして、力負けしそうになった所で敢えて身を引き向こうの剣を空振りさせる。
そしてすかさず踏み込んで斬る。相手の剣を手から弾き飛ばしたものの、まだ痺れていたカルラの手も同じく剣を落としてしまった。
しかしカルラは迷うことなく前に出て、男を押し倒してのしかかる。こちらの方が体重は軽いが、勢いで押し切った。
そして兜を掴んで引っ張り上げながら、露出した顔を片手で殴った。何度も何度も。
拳に痛みを感じながら、男が動かなくなろうとお構いなしに殴り続けていると。
「お嬢さん、そこまでにしなさい」
穏やかな声をかけられた。
公爵だった。
「さっきは助かった。ありがとう。いい剣さばきをしていた。子爵の家にも、良い戦士がいるものだな」
重武装の大男と斬り合いをしていたとは思えない、穏やかな笑みを見せながら言う。
しかし、子爵の家? たしかに公爵の視点からみればそうだろう。子爵の令息の指示で動いていたのだから。エイナートの私兵であっても、子爵家に仕えているというのは間違いではない。
けれどカルラは、そう呼ばれることに引っかかりがあった。事実であっても、嫌だった。あの男に仕えている? なんの役にも立たなかった女たちと同類?
嫌だった。
気づいた時には、カルラは公爵に平伏していた。
「公爵、様。あなたの剣技に、惚れてしまい、ました。わたしに、お教え、願えませんでしょうか。わたしを、公爵様に、お仕えさせていただけません、でしょうか」
衝動的に口にした言葉に、周囲は一様に驚いていた。
公爵は、やんわりと断ろうとしていたのだろう。カルラにもそれはわかった。
しかし。
「良いと思います、おじいさま」
小さな女の子が先んじて言った。
シャルロットだった。
「この方は、常にわたしたちを守ろうとして警戒を怠っていませんでした。他の方々はわたしたちの顔色を伺っていましたが、この方は違います。こういう戦士に守られると、わたしは安心できます」
「そうか……エイナート殿はどう思いますかな?」
「あ、え。それは」
急に話を向けられたエイナートは返答が遅れた。自分の私兵の話だったのに、なんで身構えないんだ。
自分のハーレムが減ってしまうことを厭っているように見えた。今の戦闘で、もうひとり死んでいるし。寂しくなるのは嫌か。
だから断りかけたけれど、ギリギリで別の意味に気づいた。自分の息のかかった者が公爵家に仕えるならば、公爵家に意見を伝えやすくなると。シャルロットへのアピールにもなる。
急に満面の笑みになって、カルラの肩を叩いて行ってこいと言った。カルラとしては、エイナートの望みなど叶えるつもりはなかったけれど。
こっちは公爵家に仕えて、剣術を学びたいだけだ。それに、評価してくれたシャルロットへの恩もある。あんな最低の男と婚約など、立場が許すならすぐにでも破棄させたい。
エイナートが同意したことで公爵も納得し、カルラは公爵家の食客として雇われることとなった。




