1-5.復讐の始まり
直後、腕の持ち主であった男の方もバタンと音を立てて倒れた。
「な、な、何をしやがった!?」
ティナを取り押さえていた男が怯えた声で、こちらに剣を向けた。
何をしたかなんて、僕にもわかるはずがない。
ただ、握っていた木の枝には血が滴っていた。
「うわあああああ!」
剣を振りかぶって突進してくる男。構えがなってないし、僕を見据えてすらいない。
ただぶつかりに行ってるだけのそれの動きを見極め、横に半歩動いて直撃を避けつつ、すれ違いざまにがら空きの腹に、枝を横向きに叩きつける。
枝は高そうな鎧をすっと切り裂き、男の腹に切り込んで背中に抜ける。中の臓物や背骨を切った感触もなく、しかし間違いなく切ったらしい。男は腹から血を流しながら倒れた。
この枝、剣みたいに斬れる。いや、尖すぎて斬った際の手応えをほとんど感じない。どれだけ研ぎ澄まされた剣でもありえない。
ティナの方に向き直った。彼女を盾にするように、男がふたり怯えた顔を見せていた。
「く、来るな! 来ないでくれ! この女がどうなっても!?」
剣をティナの首に突きつけているけれど、その手は震えていて、今にも取り落としそうだ。一方のティナは冷静で、反撃の機会を伺っているようにも見える。
素早くそちらに駆け寄り、剣を枝で叩く。やはり何の手応えもなく枝は剣の刃を通り抜け、重い音と共に柄と切り離された刃が落ちる。
さらに踏み込んで、男の喉を突いた。細い木の枝でも、喉が貫通すれば致命傷になる。
「あっ。あがっ……ごぼっ」
喉から逆流した血を吐きながら絶命した。
「あ、ああ……そんな……」
仲間が次々に死んでいく光景に心が折れたのか、もうひとりの男はその場に座り込んだ。持っている剣も取り落としている。
「や、やめてくれ! 死にたくない! 金ならやる! 助けてくれ!」
目に涙を浮かべ、ガタガタ震えながら命乞いをした。
「お、俺は! 最初からこんなこと! したくなかったんだ! グラドウスだ! あいつに言われた! だから! 悪いのはあいつだ! 俺じゃない! 死ぬべきはあいつなんだ!」
「そうだね。グラドウスが全部悪い」
「だ、だよな! だから俺は」
「でも、お前も報いを受けるべきだ」
「えっ」
一瞬だけ、助かるかもと考えて和らいだ表情に向けて、枝を叩きつける。
頭を縦に真っ二つ割られた彼は、もう何も言えなくなった。
周りに動く物はなくなった。自分の荒い息の音だけが、静寂の中やけに大きく聞こえた。
辺りを見回せば、血を流した死体が四つ、転がっていた。
いや、もうひとつ。最初に川に落した男も、川べりに手をつけたまではいいが、そのまま窒息して死んでいた。
ティナが地面に座り込んだまま、僕を見つめてる。
何が起こったのかわからない様子で。けれど微かに頬を赤くしていた。
「うっ」
自分の所業を認識すると同時に、胃の中から酸っぱいものがこみ上げてくる。枝を放り投げて口を押さえ、なんとか堪えると。
「大丈夫です、ヨナ様」
優しい声と共に、ティナが僕を抱きしめてくれた。
「怖かったですね。けど、もう敵はいません。だから、怖がらなくていいんです」
「ティナ。僕は人を」
「はい。わたしを守るため、ですよね。ありがとうございます。そして、申し訳ございません。近衛兵であるわたしが、あなたを守らないといけないのに」
「いいんだ。ティナは僕のせいで巻き込まれたから。ごめん」
「いいえ。それでもわたしは、ヨナ様と共にいられること、光栄に思います」
ティナだって相当怖い思いをしただろうに、そしてこの状況に困惑しているだろうに。
僕を抱きしめて、頭を撫で続けてくれた。
気持ちはかなり落ち着いた。状況を冷静に見ることもできるようになった。
死体のそばで突っ立っているのはまずいと気づいた。
「急いでこの場を離れよう」
「え、あ。はい! 村まで行くんですね!」
「それは後」
「えっ!?」
ティナの手を引いて、木々の生い茂る森の中に入る。彼女は戸惑ってるけど、説明してる暇はない。
森にも道はあるけれど、そこから離れた奥の方へと隠れるように走った。
そこでようやく落ち着いて、立ち止まって休憩。
「あの! ヨナ様!」
ティナは、いきなり走り出した僕の意図がわからないって様子で声をかけてきた。少し息を整えてから説明する。
「川沿いのあそこは道だ。そのうち人が通って、死体を見つける」
そしてその場に僕たちがいたら、関係を疑われてしまうだろう。
位置的には王都の近くだし、死んでいるのは一見すると兵士だ。すぐに王都の城門へと話が伝わる。兵士は治安維持の仕事も行っているから、まとまった数の人員がやってくる。
そして兵士は、父や兄といった王族の指揮下にある。
だから、誰かに見つかる前に逃げたというわけだ。
「命乞いをするあいつを助けたら、もっと早くにグラドウスたちに僕の生存が伝わっていた。だから殺すのは正解だった。でも遅かれ早かれ、奴は僕たちを探すだろうね」
「ど、どうすればいいんでしょうか!? とりあえず村に行きますか!?」
「村こそ、兵士が最初に探しに向かうだろうさ」
そこから早馬を飛ばして、さらに先の村や町に捜索網を広げていく。
王が息子を追放して刺客を差し向けたなんて本当のことを明らかにするわけにもいかず、大量の人員を導入したり、人相書きを配布して国民に探させるなんかは無理だろう。
しかし優秀な子飼いの兵士に命令をして、国中を広く捜索させるくらいはするはず。
「その目をかいくぐって逃げないと」
もちろん、逃げるだけで済ます気はないけれど。
まさか刺客まで放ってくるなんて。実の息子や弟を本気で殺そうとするなんて。
やっぱり、あいつらは王族である資格なんかない。
このままでは終わらせないぞ。こんな仕打ちをして、ただで済むと思うな。
森へ入る前に城壁を振り返り、その向こうにある王城を睨みながら決意した。
この落とし前はつけさせてもらう。絶対に、城に戻って復讐してやる。命をもって償え。
とはいえ、今はただ逃げるしかできないのは、自分でもよくわかっていて。
「どうしましょうか。こんなこと初めてで」
「俺も、何も考えられない。……このまま人里を避けて、山奥深くに逃げるとか? そこで自給自足の生活をして、世間が忘れるまで潜伏する……」
それくらしいしか、すぐには思い浮かばなかった。
けど、現実的ではないな。僕には森や山で暮らす知恵なんてない。街育ちのティナにも無理だろう。おまけに僕らは丸腰だ。狼に襲われたらひとたまりもない。
武器といっても、さっきの木の枝は置いてきてしまったし、そもそもあれで人が殺せた理由も、わからなかった。
どう見ても、普通の枝だったもの。
するとその時。
「へぇ。山で暮らそうってか。でも無理だろ、お前らには。トカゲとか食えるのか?」
頭上で声が聞こえた。
 




