1-4.窮地
あまり練度の高い兵士ではなさそうだ。
奴らはすぐに姿を表した。全身を鉄製の鎧で包んだ男が五人。いままで木の陰に隠れていたか。
軍の歩兵の鎧をとは違う。規格化されていなくて、鎧の意匠がバラバラ。見栄えを重視して選んだのか、装飾がゴテゴテとついていて、実用性は低そうだ。腰に差している剣も大きめで、彼らには手に余るように見える。
それぞれ個人で買い求めたか、誰かからお金だけ貰って買ったとかだろう。
お金の出どころは、親とかかな。それか知り合いの王族に出してもらったか。
軍ではなく、貴族の子息だろうな。五人それぞれ、二十代後半くらいの年齢に見えるけれど、苦労を知らずに育ったからか、より幼く見えた。小太りの者が多くて顔が丸いのが、その印象を強くさせる。
「お前がヨナウスだな!?」
男のひとりが尊大な口調で訊いた。
否定したいところだけど、そんなこと言っても無駄だろう。
顔つきに品性が出ている。獲物あるいは玩具を見つけて、どう遊んでやるかと心踊らせている感情が隠せてない。
「な、何者ですか!?」
ティナが僕を庇うように前に立つ。けど、それに怯む男たちではない。
「うるせえ! 女は黙ってろ!」
「ひっ!?」
隠すことのない悪意を向けられてティナは怯え、その様子に男たちはゲラゲラと下品な笑いを上げた。
「おいおい嬢ちゃん。ビビってんなら逃げた方がいいぜ」
「いや待て。結構可愛いじゃねえか。体は貧相だけどな!」
「なあ。そんなガキは放っておいて俺たちと遊ぼうぜー?」
下劣な品性を隠すことなく、ティナに値踏みするような目を向ける。
僕を庇うティナの背中はガタガタと震えていて。
「ティナ逃げて。奴の狙いは僕だ」
「ヨナ様!?」
「どうせグラドウスの指示でしょ? 僕を殺せって言われたの?」
ティナの体を回り込んで前に出る。
「わかってんじゃねえか! お前の兄貴の命令だよ!」
なるほど。邪魔な弟を追い出すだけじゃなくて、王都の外で殺すつもりだったのか。だから歳の近い貴族の友達に声をかけたと。
報酬は金かな。渡された前金で、奴らはそれぞれ装備を整えた。とはいえ、街の武器屋で気に入った鎧と剣を勝っただけ。実用性皆無な見かけだけの装備で、格好いい騎士ごっこが出来ると、はしゃいでいる。
その他、グラドウスが王になった時に重用してやると約束するとか。それから……ああ。奴らのティナへの視線を見ればわかる。報酬として、女を好きにさせてやるってのも入っているのかも。
ティナの人選はグラドウス自ら行ったらしいし。
「この子は見逃してくれ。僕を殺しさえすればいいだけだろ?」
「ヨナ様!」
「ティナ、ありがとう。最後に僕に優しくしてくれた人がいたこと、嬉しかった」
一瞬だけ考えた。ティナが逃げられるなら、僕はここで死んでもいいと。母の所に行けるなら幸せだ。
けれど王族への復讐心が、すぐに心を支配した。この程度の危機を乗り越えずして、なにが復讐だ。ティナの助命を口にしてる間も、自然と男たちの隙を伺ってしまう。
そしてティナにも逃げる様子はなく、男たちも、せっかく手に入りそうな女を逃すつもりは無いらしい。
「おいおい、冷めること言うなよ」
「俺ら、女も貰えるって聞いて来たんだぜ?」
「楽しめそうだなおい! さっさとガキ殺して連れてこうぜ!」
「一晩中かわいがってあげるからさ」
ゲラゲラと下品な笑い声がする。
ティナが小さく悲鳴をあげた。
仕方がない。
無抵抗を装いながら、男のひとりの前まで来る。川に一番近かった者だ。
敵にここまで接近を許すなんて、こいつは素人だな。剣術もまともに習っていないらしい。
男は僕を殺そうとして、腰の剣に手を伸ばす。その柄を手のひらで抑えて抜けないようにしながら、体を押した。
子供の低い重心から押されることに、男は対処できなかった。うぐっ、と苦しそうな声を出した奴の体を押して川に突き落とす。体重と重い鎧のおかげで、大きな水飛沫があがった。
手足を必死にバタつかせているけれど、鎧のおかげで川底へ沈んでいくばかり。
「こいつ!」
残る四人が一斉に剣を抜く。そして切りかかってきた。
まずい。素人丸出しのブレブレの剣筋を見切るのは容易だし、彼らはやはり武器が重くて扱いきれていない。
けれど四人一度はきつい。
奴らそれぞれの渾身の一撃を避け、その内のひとりの懐に潜り込んで腹部を押し、転倒させられたのは良かった。
けどそこから先が続かなかった。
男のひとりが手を伸ばし、僕の襟を掴んで地面に叩きつけた。
「がはっ!?」
「くそっ! ガキが! 調子に乗るな!」
「ヨナ様!?」
「ティナ……逃げ……」
「その女を逃がすなぁ!」
男たちがティナへ駆け寄り、その腕を掴んで引き寄せた。
「このガキっ! ふざけやがって! ぶっ殺してやる!」
僕の髪を掴み直して、川に顔を突っ込んだ。
息ができない。!
「ヨナ様! いやっ!」
ティナの悲鳴が聞こえる。僕の名前を呼んでくれているのか。
「離して! ヨナ様が死んじゃう!」
「ああ! 殺しに来たんだよ!」
「その後、ゆっくり楽しもうとなぁ」
「やだ! やめてっ! なんで……夢が叶ったのに……こんなことになるなんて……」
僕が死ぬのは構わなかった。けどその後にティナがどんな目に遭うのかの想像はついた。
それは嫌だな。
息ができず薄れていく視界の端に、一本の枝が見えた。さっき拾ったのとは別の、真っ直ぐな枝。
川を木の枝が流れるなんて、よくあることだ。
これを武器にするなんて子供の発想で切り抜けられる状況じゃないのは、よくわかっている。でも僕は必死だった。助かり、助けるためなら何でもする。ぶつければ相手は怯むだろう。その程度でも、やる意味はある。
咄嗟に枝を掴んだ。水に顔をつけられているのに、なぜか体全体が熱くなる感覚がした。
それについては深く考える暇もなく、僕を押さえつけている男に向けて振る。そちらが見えない以上、狙いなど定められない。運良く目に当たるとかすれば僥倖だ。
ぎゃあと悲鳴が上がり、押さえつける手が緩んだ。すぐに身を起こして息を吸う。新鮮な空気が体内には入るのがわかった。生きてるって素晴らしいな。
振り返って男の方を見た。
「あっ。ごぼっ」
男の喉がばっさりと斬られて、血がダラダラと流れていた。咄嗟に傷口を塞ごうとした彼だけど、できなかった。
両腕が肘のあたりから無くなっていたから。僕を押さえつけていた両手はどうした?
すぐに見つかった。僕の髪と首を掴んでいたそれから力が抜けて、ぽちゃんと音を立てて川に落ち、血を広げながら流れていく。




