1-3.木の棒
楽しい話題じゃない。
父も王妃も兄も姉も、僕に穢らわしい物を見る目を向けてきた。卑しい下賤の血だとか、愚か者とか。無能とか。
年上の彼らに僕は体力でも知力でも勝てないのは当然なのに、なにかと勝負を挑んでは負かせて、己の力を見せびらかしては母の血のせいで無能に生まれたと嘲笑った。
城内を歩くだけで目障りだと突き飛ばされたり、突然後ろから蹴飛ばされて、王族のくせに隙だらけだと罵られたり。
そんな仕打ちをずっと受けてきた。王族がそうしたくなるような境遇についても話した。
「それで、挙句の果てに追い出されたってわけ」
「うっ! ぐすっ!」
「えっ」
なんで涙ぐんでるのさ。
「大変でしたねぇヨナ様ぁ! かわいそうです! うぇぇぇ!」
「やめて。抱きつかないで」
「王族がそんな人とは思いませんでした! 幻滅しました! でもヨナ様は! 耐えてきたんですね! それでこそ王族です! 大丈夫ですヨナ様!」
「なにが?」
「これから先は、良いことしかありません! わたしと、旅の中でいいこと、たくさんしましょう! そのためのお手伝いをします!」
まっすぐな目で僕を見つめるティナ。
不覚にも、ドキッとしてしまった。
良い人なのは間違いない。
相変わらず泣いている彼女をなだめながら、少しだけ幸せな気分になった。
馬車は進む。王都の中心部を抜けて、城壁の方へ行く。
城壁で囲むことで、住民や権力者を外敵から守るという都市の構造は、この国では一般的なもの。周りの国でも大して変わらないだろう。
王都の城壁はもちろん、この国のどんな都市のそれよりも立派で強固なものらしい。
らしいと言ったのは、僕は実際に見たことがないから。僕は生まれてこのかた、王都から出たことがない。城下町から出るとしても、城壁の近くまでは行ったことがなかった。
遠くにある城壁を見つめてきただけ。その向こうにどんな光景があるかなんて、地図でしか知らなかった。
どうやら城壁の北東側の城門へと移動しているらしい。その方向には広大な森が広がっている。
田園地帯や牧場が連なる方向に出すことだって出来たのに、森へ行かせるのは明らかに嫌がらせだ。さすがに王都周辺で野盗を働く輩は少ないだろうけど、危険な野生動物は多くいるはず。
文句のひとつも言いたいけれど、馬車を動かす御者も命令通りに動いているだけだ。それに背けば、王たちはきっと容赦なく罰するだろう。
「ヨナウス様。どうかお気をつけて」
城門の前で降ろされる直前、御者は小さな声で伝えた。
彼もまた、僕への仕打ちがおかしいと感じているのだろうな。
城壁の内側に入る際には身分証の提示が必要だけど、出る時にはほぼ素通りで通行が許される。貴族を狙った暗殺事件が起こって下手人を外に出してはいけないとかの緊急事態であれば話は別だけど、平時はそんなものだ。
王族の末弟が追い出されるのは平時の内らしい。門番の兵士も、僕が王子だとは気づかなかったらしい。森に用事がある冒険者か、森の中の村の住民が用を済ませて帰ったとか、そんな認識らしい。
「そういえば、ヨナ様の身分を示すものがありませんね。わたしは兵隊としての登録証を持っていますけれど」
「うん。壁がない村には入れても、町には入れないね」
なんとか方法を考えないと。
森の中にも、長年の人の行き来のおかげで道ができている。それに沿って歩く。
「この先に村があるはずだ」
「そうなのですか! ヨナ様は物知りですね!」
「知っているというか推測だけど。人通りがあるなら、通る人の集まりが無きゃおかしいから」
「なるほど……ヨナ様は賢いですね!」
あんまり褒めないでほしいな。恥ずかしいから。
でも、こうやって誰かから褒められたことはないから、嬉しかった。
森を歩いてすぐ、川に突き当たった。王都を北東から南西に斜めに横切る大きな川だ。陽の光を受けて、水面がキラキラ光って綺麗だ。
以前見た地図を思い出す。この川を遡れば山の方に行くはずだ。
川岸には人が集まりやすい。つまり村があるという確信は強まった。
「あ……」
ふと、川上から何かが流れているのを見つけた。
木の枝だ。枯れ木が自重で折れたとか、川沿いにある集落の人間が捨てたとかかな。
大きく曲がった、変わった形の枝。なんとなく拾ってみる。
「おお。いい枝ですね!」
ティナが少し嬉しそうな声をあげた。
「いい枝?」
「はい! なんか良い感じの枝を見つけると拾いたくなるの、わかります。わたしも小さい頃はそうでした。そして剣に見立てて、近所の男の子たちと兵隊ごっこをしたり」
「そっか」
その光景は僕も見たことがあるな。都市の中にも街路樹は多く植えられているから、枝が落ちていることは多い。それが子供の玩具になるのか。
「ヨナ様。せっかくですし、武器が手に入るまではそれを持ってみては?」
「まさか」
冗談っぽく提案するティナに笑みを返すけど、さすがにこんなに曲がった枝を持ち運ぶのは邪魔だ。
王都に流れて誰かの玩具になることを期待して、川に捨てる。
それからさらに歩く。川沿いの道で、反対側には鬱蒼と茂る森の木々。変わらない光景がしばらく続いて、そして異変に気づいた。
姿は見えないのに、人の気配がする。
「止まって」
「え、あ。なんでしょうか」
「なんか変だ」
ティナの腕を掴んで立ち止まる。それから周囲を見回す。僕とティナの他に人は見当たらない。けど。
「いるんでしょ?」
声をかければ、微かに音がした。鎧を着込んだ兵士が身じろぎする、カチャカチャという音だ。




