1-21.キアなりの弔い方
こいつ、狼には剣を向けなかったのに、人間は殺そうとするのか。
咄嗟に回避しながら、抗議する。
「お前と戦ってる暇はない!」
「黙れ! この狼を殺すことは許さん!」
「お前が黙れ!」
この人も、なにか重要な使命を受けているのだろう。けど知ったことではない。
再度振ってきた剣を回避しながら兵士の懐に潜り込み、鎧ごと腹を斬る。
「ぎゃっ」
悲鳴を上げた兵士は、まだ生きていた。しかし直後に、僕と彼を衝撃が襲う。狼が突進してきたんだ。ふたりして地面に倒れ込み、手から枝が離れた。
衝撃で傷口が広がり、兵士は腹から臓物をぶちまけて今度こそ死んだ。
そして僕も後を追いそうだった。
見上げれば、隻眼の狼がこちらを見下ろしていた。僕が右目の仇だって、ちゃんと理解してる表情だ。
まずいな。逃げないと。
なのに死んだ兵士の下敷きになってしまって、抜け出せない。鎧ってなんでこんなに重いんだ。
狼が僕に向けて前足を振り下ろした。
けど。
「おら! 死ね!」
いつの間にか木の上に登っていたキアが、狼の背中に飛び乗る。毛並みを握ってしがみつきながら、ナイフを奴の首の裏に何度も刺す。
痛みに咆哮を上げ、もがく狼。一歩引いて、僕の危機は脱せられた。
さらに狼の顔の前に闇のカーテンが降ろされて視界を奪う。何が起こったのかわからない狼が首を振って、周囲に血が撒き散らさせる。けれどカーテンはゾーラが制御しているのか狼の視界に追従している。
「ヨナ様!」
ティナが駆け寄って、兵士の死体を持ち上げようとする。できなくても、僕が抜け出せる程度には軽くなった。
「お怪我は!?」
「ない。大丈夫」
近くにあった枝を拾って、混乱状態の狼に駆け寄る。
目の前のカーテンを払いのけるために、前足で顔を拭おうとしている。うまく行かずに一旦地面に前足をつけた。
その足を斬る。
手応えがないくらいに鮮やかに、なんの抵抗もなく前足の先を両断。断面から血を流しながら短くなった片足のせいで、狼はバランスを崩してその場で横に転倒。
「うわっ! っと、危ねえ!」
「ごめん!」
「いや! いいんだ!」
振り落とされそうになったキアは、なんとか狼の毛を掴んでぶら下がる。そして首を刺し続けた。
僕も同じだ。頭の位置が下った狼の頭部を何度も斬った。
「みんな。そこまでよ。死んだわ」
言われて、ようやく手を止めた。
元々赤い毛並みの狼は、あちこちに傷ができて流れた血でさらに赤く染まっていた。
しばらくみんな無言。息遣いの音だけが聞こえた。
武装していた兵士は全滅したらしい。少なくとも生きてる姿は見当たらなかった。明るくなったら、死体を確認する必要があるな。
「生き残りがひとりだけいるわ。逃げようとしたのを魔法で拘束した。そのせいでヨナくんの援護が一瞬途切れたわ。ごめんなさいね」
「ううん。いい。生き残り?」
「冒険者の男よ」
ゾーラが指し示した先で、男がひとり座り込んで泣いていた。
「等級は八。駆け出しは抜けたって程度の腕ね。この大きさの魔物を相手するのは無理」
ゾーラが取り上げたらしい、冒険者の登録証を見せてくれた。
登録したてが十等級で、ランクが上がるごとに数字が減るらしい。だったら八がそんなに強くないことは理解できる。
「村に連れて帰りましょう。それでゆっくり話を聞くの。あと、村人たちの協力も必要ね。兵士たちの死体が全員分あるか確かめないと。このままにはできないし、所持品から所属を推測できるかも。やることが多いわね」
「うん。まずは戻ろう。みんな行くよ……キア?」
「あー。先にいっててくれ。アタシはこれを解体しておく。血抜きは早くやった方がいいからな」
「え」
「キアさん! まさかその狼、食べる気ですか!?」
「おう。命を奪ったんだ。せめて美味しく頂くのが礼儀だろ」
「そんな。森に住む人みたいな言い方。いえ、森に住む人で間違いないですけど」
「それにこいつは父の仇だ。食い殺したんなら、アタシが食い返すのが筋だろ」
「わかった。気をつけてね。夜が明けたらすぐに戻る」
「ヨナ様!?」
「キアなりの弔いなんだよ、これが。行こう」
ティナとゾーラを伴い、村の方へと戻る。東の空がかすかに白み始めていた。
朝早い農家の男が既に起きていたので、狼を倒したことを話す。十五年前の出来事や祠の先へ進むのを禁じる決まりをよく知っている人で、大いに驚き村長の家へと走っていった。
すぐに手の空いている村人が集められて、森へと向かうことに。
「あたしは村に残って冒険者から事情聴取をするわ。村長の家でね」
「うん。お孫さんには手を出さないようにね」
「あと、冒険者さんを怖がらせちゃいけませんよ」
「なによ。手なんか出さないわよ。母親が他の家に預けるって言ってたから」
対策されてるなあ。
「あと、怖がらせるのはいいでしょ? 事情を聞くのには有効よ?」
「やりすぎちゃ駄目ということです。ヨナ様行きますよ」
多くの村人と共に戻ると、キアは毛皮を剥がしているところだった。
「毛皮は村のみんなで使ってくれ。防寒具にもなるし、記念に取っておけば他所から見物人が来るかもな。解体、手伝ってくれると助かる。やたら大きいからな」
こういう仕事に手慣れている狩人たちが手伝おうとするけれど、見たことない大きさに手こずってるようだった。
その間に、残る人員で兵士の死体の確認をした。
頭が潰れていたりする遺体もありつつ、それ以上の傷があるものは無かった。
手足が切断されてたりすると、集めるのが大変だからね。
遺体の数はちょうど十体。全員分があった。
「これ、全部村まで運んで、それからどうするんですか?」
「所属を確かめて、その町に報告かな」
「気が進まなさそうですね」
「明らかに悪意というか、後ろめたい目的で行動していたから」
公になりたくない事情があるのだろう。魔道具やら、いるはずのない魔物が絡む案件だし。
となれば、秘密を知った人間を闇に葬ろうとするかもしれない。報告に行った人員を殺した上で、人を雇って村を襲い壊滅させる。野生動物に集団で襲われたみたいな痕跡を作って事故に見せかけるとかで、己の悪事が露見しないようにする。
「だから慎重にならないと。まずはできる限りの情報を集めて、悪いのは何者かを知らないと」
特に僕は探されてる身。王都の人間とは深く関わりたくない、個人的な理由がある。




