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1-2.ティナ

 はんっ、と嘲り笑いが聞こえた。

 グラドウスだ。見れば、王も王妃も笑いを堪えられないといった様子。


「お前にぴったりな従者だな、ヨナウス。俺が選んでやったんだ。感謝しろ。半人前同士でせいぜい頑張れ」


 選んだ? 訓練兵のリストの中から、新入りで訓練経験も浅くて腕力もなさそうなのを探したとか、そんな意味だろうな。

 おおかたこの追放も、彼が王に具申したに違いない。


「こ、光栄です! グラドウス殿下!」


 馬鹿にされているのに気づかないティナが再度の敬礼をする。グラドウスも王も王妃もそれに応えず、話しは終わりとばかりに、こちらへ一瞥すらせず出ていった。ニヤニヤ気持ち悪い笑みだけ浮かべていた。


 残された僕とティナに、城で働く文官が近寄った。それなりの高位に就いている男だ。


 彼のことはよく知っている。王に媚を売ることで、ここまで出世した男だ。だから王子のひとりを城から追い出すなんて役目も、王の命令とあらば喜んで従う。


 文官に言われるまま、用意された服に着替えさせられる。

 僕もティナも、平民がするような格好になった。王子と兵士とわかる格好で旅をするのは危険だとか、そんな説明を受けた。

 剣も持たされなかった。これも庶民に紛れるためらしい。街で生活するならともかく、この王都を出て旅をするなら武装が必要。野盗や野生動物が襲ってくる危険があるから。そもそもティナは護衛として同行するのに、武器がないとはどういうことか。


 文官に抗議をしたのだけれど。


「陛下のお決めになったことなので」


 下卑た笑みを浮かべて、そう答えるだけ。実際、彼には何の権限も与えられてないのだろう。


 数日はしのげるかといった路銀と最低限の荷物だけ持たされて、城の外に用意された馬車に放り込まれた。王家が使うようなものではない、随分と粗末なものだ。

 それに揺られながら、離れていく城を見る。逃げ出したいと何度も思ってきた場所だけど、こんな形だとは思わなかった。


 とんでもない奴らだ。改めて失望した。


 それに、これからどうすればいいのか。見当もつかない。

 ただ。ひとつだけ確かだ。父も兄も、このままじゃ済ませない。絶対に復讐してやる。


「ご安心くださいヨナウス殿下! 殿下のことはこのティナが、命に代えてもお守りします!」


 僕の内心は知らないだろうけれど、ティナが僕の方へ迫りながら言い切った。

 それは嬉しいんだけどね。頼りないというか。


 平服に着替えたティナは、元は平民の出というも納得なほどに似合っていた。あと、胸に起伏が無かったのは鎧の胸当てとは関係なかったらしいことも判明。

 熱意があるのは結構だ。けれど。


「ティナ」

「はい! なんでしょうかヨナウス殿下!?」

「声が大きい」

「あっ。申し訳ございません」

「あと、僕のことはヨナって呼んで。殿下も無し。王子が外に出てると知ったら、悪いことを企む人がいるかもしれない。だから僕を外で王子として呼ぶのは禁止」

「はい! ではヨナ様とお呼びしますね!」

「……うん。それでいいや」


 馬車は城下町を進んでいく。この辺りには、僕もよく遊びに行っていた。近所の子供たちと一緒に遊んだり、足腰の弱ったお婆さんを手助けしたり。

 城で家族から邪険に扱われるよりも、その方がずっと気楽だったからな。


「あ! ヨナ様見てください! あそこのパン屋さん! うちです!」


 ティナが指した方を見る。

 大通りに店を構えている一軒のパン屋の前には行列ができていた。


「忙しそうだなー。挨拶したいけど、そんな暇はなさそうです」


 ティナは心底残念そうに呟いた。


「お店は両親が?」

「はい! お父さんとお母さんと、父方のおばあちゃんと、そしてわたしの妹のティアです! 妹は、ヨナ様と同じ歳ですね。わたしも小さい頃から手伝っていました。お客さんが増えて、だからもっと作れるようにって、この前パン窯を増設したんです。薪と油もいっぱい買い込んで」

「薪はわかるけど、油は何に使うの?」

「炒め物や揚げ物を作ります! うちはパンが美味しいだけじゃなくて、パンに料理を挟んだ惣菜パンが評判なんです! だからたくさん作れるように」

「忙しいんだね。けど、ティナはお店を手伝うのじゃなくて兵士になった」

「はい。夢があって、どうしてもそれを叶えたくて。家業はみんなに任せて兵に志願しました」

「夢?」

「王族の近衛兵になることです!」

「近衛兵……」

「はい。国を動かす偉大な王様やその家族を守る、格好いい兵隊さん! 小さい頃、王様の側に控える立派な兵隊さんを見てから、ずっと憧れていました。まさかこんなに早く叶っちゃうなんて。早すぎてびっくりしちゃいました。えへへ」


 そう語り、はにかんだような笑顔を見せるティナを見れば、僕の心にも温かいものがこみ上げてきた。


 王族は、ティナが思っているほど立派なものではない。けれどティナが憧れているなら、せめて僕くらいは、仕えるに値する立派な王族であってあげようかな。


「王族の中でもヨナ様だったのが特に嬉しいです」

「そう? どうして?」

「だって、ご兄弟の中でも特に見目麗しいというか。可愛いじゃないですか」

「……」

「あ! 申し訳ございません! 男の子が可愛いって言われても嬉しくないですよね……」

「いいけどね」


 喜んでるならいいんだよ。可愛いって言われるのは複雑だけど。


「あの。今度はヨナ様のこと、教えてください!」

「え?」


 憧れの王族について聞きたい、程度のことなのだろう。けれど僕の表情が暗くなったのをティナは見逃さなかった。


「どうされましたか? もしかして、この突然の旅立ちとも関係があるのですか?」

「うん」

「もしかして、あまり話したくないことですか? だとしたら」

「ううん。話す」


 妙な所で勘がいい。さっきまではしゃいでいたティナの表情が真剣になったのを見て、僕の境遇を話した。

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