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1-16.祠の中

 村にあるような木造建築を、両手で抱えられそうな程度のサイズで作ったもの。窓はなく、小さな両開きの扉があるだけ。


「国内で圧倒的に信者の多い、世界の創造主を信仰する宗教とは別。素朴な民間信仰が各地にこういう形で残っている。そこには見たことがないものが眠っているかもしれない。大抵は、何もないのだけれどね」


 何もないなら、それはそれで情報なのだろう。

 ゾーラは紙を取り出し、ペンで書き込み始めた。祠の外観についてのメモなんだろう。他の村にもこういう祠があって、その比較でどんな信仰が存在するかの傾向が見える。


「そのペン、インクに浸してないのになんで書き続けられるんですか?」

「学術院で作ってもらった特殊な紙なの。インクに見えるのは闇。紙の方に、闇に触れるとそれが定着するように仕掛けをしてある」

「へー」

「外観のメモはこれくらいでいいわ。じゃあ中身を見せて」

「待った! 待ちなさい!」

「?」


 背後から声が聞こえた。随分必死だ。

 見れば、さっきキアに絡んできた婆さんだった。


「祠の中を見ちゃいけない! いけないよ!」

「でも、村長が許してくれて」

「村長も! なんでそんなことするんだい! 神様に祟られるよ! しかも余所者をこんなに連れて!」


 すごい剣幕だ。よほどの信仰心を持っているのだろうか。

 それだけではないようにも見えるけれど。


「キア! あんたもだよ! なんだってこんなに変な人ばかり連れてきて!」

「いや、アタシは別に祠には関係ないというか」

「まあまあ。おばあさん落ち着いて。お体に障りますよ」

「余所者は黙ってな!」

「ひいぃっ!?」


 キアやティナにまで当たる始末。

 どうしようかな。


「村長さん。この人、いつもこんな感じなの?」


 ふと気になって尋ねた。村長も困惑しているようだったから。


「いいや。そんなことはない。普段は人のいい婆さんで、みんな慕っている」

「じゃあどうして」


 考えつく可能性はひとつだ。祠について、なにか知っている。それも、つい最近。ずっとそうなら"普段"とは言われないから。


「お婆さん。祠の中に何かあるの?」

「そ、そんなことはないよ! 神様がいるだけ!」

「じゃあ、開けさせてもらいます。失礼します」


 こういう時にどういう作法をすれば神様への礼儀を果たせるのかは知らない。丁寧な口調と、あとはお辞儀をしてから扉を留める金具を外す。

 閉ざされ続けていた扉は、あっさり開いた。背後でお婆さんの悲鳴が聞こえる。


 中に入っていたものが光を反射して、少し目を逸らす。


 なんの変哲もない石が置いてあった。たぶんこれが、祠に祀られていたもの。

 それからもうひとつ。手のひらに乗るようなサイズの、大きめのガラス玉があった。光を反射したのはこれか。


 玉とは言いつつ球体ではなく、多面体の形をしていた。

 カットされて出来た平面は同じ形ではない。ただ、全体としては球体に見える。


「何かしら。水晶玉ではなさそうね。それにこれ、魔力を感じる」

「え?」

「何かしらの魔道具よ」


 魔力を込められた道具。さっきゾーラがメモしていた紙のようなもの。


「よく見れば細かく術式が書かれている。なにかしら。これ自体は危険なものではなさそうだけど」


 触れはせず、じっと見つめて詳細を知ろうとするゾーラ。本来の御神体よりも興味があるらしい。

 ふと後ろを見れば、お婆さんがガタガタと震えていた。さっきまでの威勢はどうしたのか。


 次に、ゾーラがはっと息を呑む音。なにかに気づいたのか。


「これは」

「おい。みんな静かにしろ」


 ガラス玉の意味を聞く前に、今度はキアが静かに言った。それから地面に伏せるようにして、耳をつけた。


「キアさん?」

「なんかヤバいやつが来る」


 足跡でも聞いているのだろうか。次に無言で一方向を指差した。祠の向こう側。道の途絶えた森の奥。


「魔物かしら?」

「わからない。四本足の、でかい獣だ」

「魔物っぽいわね。でも、この付近にはいないはずだけど。森の中とはいえ、王家の直轄領よ? ありえないわ」


 ゾーラには何がわかったのか、僕にはさっぱりだ。けれど危険なものが来るのは間違いないらしい。


 近くに木の枝が落ちているのを見つけて、そっと拾う。キアも腰のナイフをゆっくりと抜いたし、ゾーラは杖を構えている。ティナは、泣いているお婆さんを宥めながら、村長も連れてゆっくりと後ろに下がっていた。


 やがて足音が聞こえる。木々の間を縫うように動いて姿を表したのは、巨大な狼だった。

 四本足で立っているのに、足から頭までの高さが僕の身長の倍くらいある。呆気に取られて見上げてしまうサイズだ。四本の足も丸太かと思うほど太く、先端からは鋭い爪が生えている。


 なにより特徴的なのは、その体毛だ。

 全身が鮮やかな赤い毛で覆われていた。こんな狼、見たことないぞ。


「あれは……まさか」


 村長が小さな声で呟いた。知っているのか? 詳しく教えてくれたのはゾーラで。


「ブラッドレッドウルフ。ありえないわ。この森にいるなんて……これに引き寄せられた? いいえ違うはず」

「あの。ゾーラさんこれは一体」

「見ての通りの魔物よ。この狼は、恐怖に負けた者を弱いと認識して襲う種類の魔物。みんな、目を逸らさないで」

「そ、そんなこと言われても!」


 ティナの声は震えていて、けれど動きは思っていたより冷静で、指示通り狼を睨んでいた。僕の前に立ち庇おうとしているのか、ゆっくり足を動かしている。


「グルル……」


 赤い狼は唸り声を出しながら、ゆっくりと歩きながらこちらを見ている。口の端から鋭い牙が口を出している。爪もそうだけど、こっちも怖いな。噛みつかれたら一瞬で死ぬ。

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