1-15.聖剣エグダイン
本当に、異能って急に目覚めるんだな。持っていたスープ用の木製スプーンをぎゅっと握りしめる。これも棒扱いになったのか、最初手に取った瞬間に体が熱くなった。
「ええ。間違いなく。木製の細長いものを握ると、それが鋭い剣のように何でも切れるようになる。それから……あたしの闇魔法を触れただけで消した」
後者の要素はそんなに大切なんだろうか。なんだろうな。
「木の棒っていうのはわからないわ。そんな異能の記録は見つかってない。けど、変化するのが剣だとすると心当たりはある。聖剣エグダインよ」
「エグダイン……」
「ええ。あなたのご先祖が使ったものよ、ヨナくん」
僕、ヨナウス・ライディオンの父を延々と辿った先にいる建国の父、ジェイザック。彼は僕くらいの年齢の頃から、諸国を巡る旅をしていた。
その途中で、ある剣を手に入れたという。それがエグダイン。それはあらゆる悪を両断し、滅ぼしたとされる。
英雄であり国の長となっていくジェイザックの伝説に欠かせない要素だ。
残念ながらエグダインは伝説上の存在。その剣の今の所在は不明で、実在はしたらしいけれど、伝説の途中でいつの間にか語られなくなっている。。ジェイザックが実際にどれだけの期間、エグダインを持ち続けていたのかもわからない。生涯持ち続けたのか、それともどこかの時点で失ったのか。歴史家の研究対象だ。
「でも特徴はそれね。聖剣の力とそっくり。あなたの先祖が使った力が、違った形で手に入ったと考えれば、運命を感じない?」
「異能の目覚めに運命なんか関係ないと思うけれど」
「ええ。その通り。けど、事実あなたは先祖が使った聖剣を使えるようになった」
聖剣そのものを手に入れたわけではないけどね。
けれど、得体の知れない力に少しだけれど輪郭が出来た気がした。それは素直に嬉しかった。
「本当に聖剣ならば、単に切れ味の鋭い剣という以外にも特徴があるはずなんだけれど」
「特徴?」
「闇を打ち消すのは、さっきも見た通り。他にも例えば、悪しき者の呪いを打ち払うとか。持っているだけで魔物を怯ませるとか」
魔物か。野生動物とは違う、悪意を持って人を襲う邪悪な生き物。
そんなものに対抗する力が、本当に僕にあるのかな。
「あとは、剣が光る長い筋となって遠くの敵を貫いたとか、一振りで光や轟音と共に大地が割れるほどの衝撃が放たれて、敵の軍勢を一瞬で消し炭にしたとか。そんな伝説があるわ」
「そんなこと、木の棒にできるのかなあ」
「できるわ。本当に聖剣ならね」
ゾーラはそれを期待しているらしく、顔に笑みを浮かべた。
「その異能、王様たちが知ったら悔しがるでしょうね。捨てた子供に初代国王の力が宿ってたなんて」
「どうかな。父は、初代国王の名前も覚えてなさそうだったけど」
「そうなの? はー、やっぱり。今の王族は駄目ねー。権力者として、いかに偉そうに振る舞うしか考えがない。ヨナくんくらいよ。国民のことを考えているのは。はい、いい子いい子」
「ストップ! ヨナ様に手を伸ばさないでください」
「いいじゃない。頭を撫でるくらい。小さい子は可愛がりたいものよ」
「不敬です! というか! 危ない人にヨナ様は関わらせません! ヨナ様だって子供扱いされるのは嫌ですよね!?」
「それでゾーラが満足するなら、別にいいよ」
「ふふん」
「ヨナ様!?」
ゾーラも変な人だけど、頼れる。だからこの程度で僕の味方でいてくれるなら、頭なんかいくらでも撫でていい。
得意げなゾーラと悔しそうなティナは、なおも言い争おうとしているけれど、食堂の扉が開く音が聞こえて中断した。
他人に話を聞かれてはいけないという自覚は、まだみんな持っていた。口をつぐんでそっちを見る。
村長だった。
「ゾーラさん、孫のこと、改めて礼を言わせてください。ありがとうございました。あなたが孫のことを考えてくれる良い人だとは知らず、大変な無礼を働いてしまいました」
「変な人なのは間違いないですけどね」
ティナが小さく言ったのは、僕にしか聞こえなかった。
「そこでゾーラさん。お返しと言ってはなんですが、見たいと仰っていた祠をお見せします」
「本当!? ありがとう。でも、いいの?」
「はい。大事なものですが、王都の学者先生の研究に役立つならば神様も許してくれるでしょう」
「そう。では遠慮なく見せてもらうわ。ヨナくんたちも一緒に来る?」
「うん。行ってみる」
せっかくだからついて行こう。よく知らない祠を見ても、僕には理解できないだろうけど。他にすることもないし。
僕の異能について聞けた今、これからの指針を決めなきゃいけないけど。そのうち考えつくだろう。
村長の案内で森に入っていく。
「この村を囲む森の、どの方向に祠があるかは、あたしにはわからない。案内してもらわなきゃね」
たしかに祠への方向にも道がある。今まで村人が何人も行き来して草が踏みしめられた跡だ。けれど他の道と比べて薄い。つまり、草がまだらに生えていて、一見すると道とはわかりにくい。
村人にしか用がない道だし、その用もあまり多くないだろう。時々祈りに行く程度だろうから。
「祠に不老不死の術が隠されているんですか?」
「可能性は低いわ。このあたりに、そんな伝承はないから。単に、歴史的に意味がありそうなものは何でも記録したいだけ。その知識の集約が、いつか不老不死に繋がることはあるでしょう」
「地道な仕事なんですね」
「ええ。でも嫌いじゃないわ」
話している間に祠が見えてきた。




