1-14.そういう趣味
そんなゾーラに、まずはこちらの事情や立場を説明。母の死や、国から追われることになったこと。王族への復讐を考えているけれど、今はとりあえず生きる手段を探していること。
人に聞かれるわけにはいかないから、ヒソヒソと会話する。微妙な時間だから他の客もおらず、心配はいらなさそうだ。
ゾーラも役人なら、僕を兵士に引き渡して国王に貢献することで出世を目論んだりするかもしれない。けど。
「そうだったの。わかりました。大変でしたね、ヨナウス殿下。実の家族に捨てられる悲しみ、とても言葉では言い表せないものでしょう」
同情的な目を向けた。
「このこと、国に報告したりしない? 役人なら、本当はそうするべきだけど」
「しません。あたしは出世には興味がないので。研究さえできればいいのです」
「王族への復讐を考えているけれど」
「それについて、思う所は無くはないですけれど。でも仕方ない。幼いあなたの怒りを鎮めるためには、復讐しかないのでしょう」
理解してくれるとは思わず、拍子抜けした。ゾーラは僕に真剣な目を向けたまま続けた。
「しかし、ヨナウス殿下は隠れなければならない身。殿下とお呼びするのは、確かに控えた方が良さそうですね」
「うん。ヨナと呼んでほしい」
「ではヨナくんと。敬語も控えるわね」
「……うん」
僕に狙いを定めるような目を向けてくる。
兵士に密告はしなさそうだけど、別の意味でなんか怖いんだよね。
その目のまま、ゾーラは続けて話した。
「ヨナくん。前々から興味を持っていたあなたを間近で見て、その境遇を知って確信しました。あなたは、あたしの理想の少年だと」
「理想?」
「見た目は幼く、しかし内面は成熟している。ああ、かわいいのに理知的で、理不尽な感情に振り回されたりしない。愛でるのにこんなに理想的な少年はいません」
「そ、そっか」
怖さを感じたのは間違いじゃないらしい。ゾーラは本気で僕を狙いすましている。
「ええ、生まれついての環境から影響を受けているのでしょう。歳の割には大人びている。物静かね。けれど年相応の攻撃性は持っている。この相反する性質は、歪んでいると言っても良いかもしれないわ。ふふっ。本当に愛おしい。ねえヨナくん。あたしを愛してくれないかしら……」
うっとりとした目を向けるゾーラは、テーブルに身を乗り出すように僕に近づいてきた。
この人は、実はヤバいのではないだろうか。
「ちなみにゾーラさんは!」
危うさを感じたティナが遮るように質問をした。
「なんの研究をなさっているのですか? 魔術と歴史というのは聞いたのですけれど、学術院での出世よりも興味があるのは何かなと気になりまして」
「ふふっ。それはねぇ」
ニヤリと笑みを浮かべたゾーラ。その目は質問したティナではなく、僕に向いていた。ぞくりと背筋に冷たいものが走る。
「不老不死と若返りの魔法について調べてるのよ」
「不老不死、ですか。ずっと若くあり続けたいって気持ちがあるとか?」
「いいえ。あたし自身は別にいいのよ。なれるならなるけど、他に優先したい人がいるの」
「それは、どなたでしょうか」
「ふふっ」
ゾーラがずいっと身を乗り出して、テーブルの反対側に座る僕に顔を近づけた。
「若い男の子って、どうしてこんなに美しいんでしょう。ずっとこのままでいて欲しいって思わない?」
得物を狙い定めるような目を僕に向けていた。
「わ、若い男の子って、何歳くらい?」
「ヨナくんくらいの年齢が一番いいわ。ねえ、このまま大きくならないで。なったとしても、若返らせて今の歳に戻してあげるわ。そういう秘術を探すのが、あたしの目的なの」
もしかして王族として僕を認識していたのって、単に年齢が好みなだけだったりする? そういう趣味を持ってるの?
「ヨナくん、本当に大変な思いをしてきたのねぇ。お母さんは病弱で、それ以外の家族からは大事にされず……ふふっ。お姉さんがいーっぱい、甘やかしてあげるわ」
「だ、大丈夫……ちなみにだけど、村長のお孫さんくらいの歳は」
「あら? ヨナくん嫉妬してるのかしら? あの子はちょっと幼すぎるから、ヨナくんほど興奮はしなかったわ。けど、将来有望よね」
ああ。あの子を連れて立てこもったの、善意だけじゃないな。男の子とふたりきりの空間にいたかったんだ。
それで変なことをしてないわけで、悪人ではないと考えていいと思うんだけど。
「ああっ! ヨナくん。王様に末息子が産まれたと聞いた時、どんなに胸が高鳴ったか。そして数年前に初めてあなたのお顔を拝見しました。こんなにも美しい少年がいるなんて。天にも登るような気持ちになりました。だからヨナくん。このゾーラ、あなたのことは何があってもお守りします。だからあたしのことを受け入れて」
「そこまでです! ヨナ様いけません! こんな変態の言う事聞いてたらヨナ様の教育に悪いです! というか! なんなんですかその服装! 肌を出し過ぎです! あと胸がデカすぎです!」
ティナが僕の体を抱きしめてゾーラから引き剥がす。
「ヨナ様はわたしがお守りしますから! 変態女は引っ込んでください!」
「あら。厄介な近衛兵ねぇ。胸の大きさは、あたしにボロ負けみたいだけど」
「なにか言いましたか!?」
「なにもー?」
「でも確かに、ゾーラの格好は変態みたいだよな。胸を出しすぎてる」
「あなたに言われたくはないわ」
「はい。肌の出し方で言えばキアさんの方がひどいです」
「なんでだよ!?」
「それよりゾーラ。訊きたいことがある。ゾーラなら詳しいと思って」
変な言い争いをする女たちを遮る。そもそもの目的を果たさないと。
「あなたが手に入れた異能のことね?」
「うん。やっぱり異能なんだね」
特に驚かない。普通じゃない力なら、間違いなく異能だ。同じ異能者であるゾーラから見ても間違いないらしい。




