1-12.ゾーラ
似たような魔法を本の中で見たことがあった。
「あれは……闇魔法?」
「あら。坊やってば詳しいのね。かわいい顔して、勉強熱心なのかしら」
ふふっと、魔女は妖艶に笑う。
「くそっ! なんて奴だ!」
「死にやがれ!」
男のひとりが、手にした鍬を魔女の方に投げた。
「乱暴ね。そんなことしても意味ないのに」
鍬は魔女に直撃するよう飛んでいったが、彼女はそっちに杖を向けた。
杖の先端から拳ほどの大きさの黒い球体が発射されて、鍬に直撃。これを真っ二つに折りながら弾き飛ばした。闇を固めて投げる魔法か。
周囲から悲鳴が上がる。
折れた鍬の柄、ただの棒になったものが僕の近くに転がってきた。
拾ってみた。木の枝を手にした時と同じく、体が熱を持ったのがわかった。木の棒ならなんでもいいのか。
「ティナ、キア。やる?」
「やりましょう!」
「あー。ふたりがやるなら、アタシもやろっかな」
状況を見守っている村人たちの背中に隠れて短く会話。
僕にはこの件を解決する義理はないけれど、あの魔女に能力について質問するつもりだったことは忘れてない。
ティナは正義感からやるつもりだし、キアも一応は自分の村のことだから無視はできないか。村長の家で育てられたようだし。
「ふたり、別方向から接近していって。僕はキアの後ろをいく」
「ヨナの体を隠せばいいんだな! 行くぞ」
「うおー! 魔女さん覚悟です! うわー!?」
先陣切って突っ込んでいくティナは、黒い蔓に足を取られて、勢い余って転んでしまった。
その間にキアは別方向から音を立てずに接近。
さっきの男たちよりも近づけたのは、ティナに注意を向けさせて反応を遅らせたからか。それとも多数の蔓を維持するには集中力が必要とかかな。魔女は苛立った様子だし。
いずれにせよ、キアも足に絡みつく蔓によって動きを止められた。同時に彼女はしゃがみ、手のひらを背中に回す。
「行けヨナ!」
その手を踏み台にして僕は跳躍。これなら蔓は届かない。そして魔女へ向かって落ちていく。
「やってくれるわねぇ!」
魔女が杖を向ける。闇で作られた球体が迫る。
僕は棒を横に持ち、受けようとした。闇を剣で切れるかは不明。けど、やってみる価値はある。一発防げれば僕の勝ちだ。
闇が棒に触れた。その瞬間、闇がふっと消え去った。棒を持つ僕には、ぶつかる衝撃なんかは一切感じ取れない。
「え?」
呆気に取られた魔女の上に、僕は落ちる。剥き出しの肩を掴んで押し倒す形になった。
「きゃっ!?」
「ぐぇっ!」
魔女の体がクッションになったとはいえ、僕にもそれなりの衝撃はかかる。
でも、かなり軽減はされてるはずだ。なんというか、魔女の体は分厚いから。特に胸元が。
「うわっ! っと……」
「ふふっ。可愛いわね」
顔が赤くなるのを感じながら慌てて立ち上った。そんな僕に魔女が笑みを浮かべているのが、なんか癪だな。
お返しというわけじゃないけど、彼女の大きな膨らみのあたりに棒の先端を突きつける。別に深い意図はない。心臓を狙ってるだけだ。
「動かないで。これはただの棒じゃない。人を殺せる」
「そのようね。ねえ、あなたさっきのは……えっ。もしかしてあなた、ヨナウス殿下!?」
「!」
至近距離で僕の顔を見た途端に気づいたらしい。
僕は王族だ。国の中でも顔はそれなりに知られている。僕が魔女のことを知らなくても、魔女が僕を知っているのはおかしくない。
けど、今この名前を口に出されるのは困る。
「静かに。事情があってお忍びでここにいる」
「は、はい……!」
思ったより素直に言うこと聞いてくれたな。僕を見て少し頬を赤くしてるし。なんなんだろう。
「ヨナ様!」
倒れた拍子に黒い蔓が消えたのか、ティナたちが駆け寄ってきた。もちろん男たちも。
この魔女をどうするつもりだろう。悪いことしたのは確かだけど、悪人じゃないかもしれない。あと、僕もこの人に用があるから、捕まえて兵士に引き渡すとかは困る。
「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
幼い、舌足らずな声が聞こえた。
顔を上げれば、村長の家の扉から五歳くらいの男の子がひとり、顔を出していた。
魔女を心配しているようだった。
「あたしはゾーラ。見ての通りの闇魔術士よ」
血の気の多い男たちを一旦家から締め出して、関係者だけで落ち着いて話すことに。
僕とティナとキア、男の子とその両親と村長。そしてゾーラと名乗った魔女。
立てこもりの間、男の子の身に危害が加えられた様子はなく、むしろゾーラに懐いている様子だった。家族は一安心といった様子。
「学術院に所属しているの。専門は魔術。特に魔術史よ。歴史自体も勉強してる。国内外の各地をあちこち旅して、その土地にかつていた魔法使いたちの痕跡や記録を集めて王都に集約するのが仕事」
なるほど。それはたしかに学者だ。
王都には、国王の政治を補佐する機関が数多く存在し、それを院と呼ぶ。
例えば軍を統括する機関を軍事院と呼ぶ。他にも国内の道路や城壁なんかの管理を行う普請院、税金の管理を行う財務院などがある。
学術院もそのひとつ。貴族が通う王都の学校の運営や、各種の学問の最先端の研究を行う機関だ。
魔術の研究も当然含まれる。
にしても、院の職員か。つまりは一種の役人だ。
旅をしていて王都から離れていたから、僕の追放なんかは当然知らないのだろう。けど、この村は王都から離れていない。王都に帰る途中なのだったら、すぐに事情を知ることになるだろう。第六王子の母が死んで、本人も王都から姿を消したことを。
王が僕のことを世間になんと公表してるかは知らないし、暗殺に失敗した後は探されているだろうことも大衆は知らない。けど役人ならば、上層部は王家とも近い。なんとなく院内に噂が広まるはず。
この女から僕たちの足取りが王たちに伝わるのは警戒しなきゃな。
今話す話題はそれではないけど。
「それで。学者さんが、なんでこんなこと? 祠を見たいからって人質を取るなんてやべぇぞ」
「あら。そんなことしないわよ。祠は見たいけど、この子とゆっくりお話したのは別の理由」
「なんでだ?」
「この子、異能者なの」
全員の目が男の子に向いた。




