3-1 .もし僕が婚約すれば
公爵の言うことを理解して飲み込む前に、良い返事を期待していると言われ、僕は執務室を追い出された。
僕がシャルロットの婿? 公爵家の人間になる? ただのヨナが? 一介の冒険者なのに?
一緒に執務室を出たシャルロットと並んで、城の廊下を歩く。ふたりとも無言だ。
隣のシャルロットを見れば、少し顔を赤くしているようだった。
「ヨナ様」
「う、うん」
「お祖父様が突然、大変なことを仰っしゃりました。困惑するのは当然のことと存じます」
「それは……ううん、公爵も家を考えてのことだと思う」
客人である僕が公爵のことを悪くいうことなどできないし、そもそも彼は僕の師匠であって、聡明な人間なことは誰よりも知ってるつもりだから、きっと深い考えがあってのことだとは理解している。伊達や酔狂であんなことを言う人じゃない。
だから困ってるんだ。あれは本気で言ってるんだ。
とはいえ、彼の意を汲んでそういう返事をしたところ、シャルロットは笑顔になった。
「はい! お祖父様の仰ることはとても正しいです! ……ですがヨナ様は良かったのですか? その、わたしと婚約することに、抵抗は」
「急すぎて戸惑ってるのが正直なところ。でも、シャルロットのことは、すごく好きだよ」
いや、やめておけ。そんなことは言うべきじゃない。後が面倒になる。
「公爵家の令嬢として、すごく尊敬している。結婚しろと言われても、決して嫌じゃないよ」
駄目だ。シャルロットのこと、悪くなんか言えない。僕は客人だし、シャルロットを悲しませたくないし。
良くないことはわかってる。これじゃあ、公爵の提案を受け入れたも同然じゃないか。
事実、シャルロットはとても嬉しそうだった。
「ありがとうございますヨナ様! わたしもヨナ様のこと、男性としてとても好きです」
「う、うん。ありがとう。でも急すぎて、ちょっと心の整理もできないし、僕たちの一存で決めることもできないし、返事はもう少し待ってもらってもいいかな?」
そう言うのが精一杯だった。
「ええ! そうですね! もちろんです! ふふっ」
それでもシャルロットは嬉しそうだった。
「最低だ、僕は……」
「し、仕方ないですよ! 公爵様から言われたこと、無碍に断るなんてできませんよ!」
「だよね。けど、受けるみたいな言い方をシャルロットにしてしまった」
「そこでシャルロット様を悲しませない言い方になるのは、ヨナ様の美点です!」
部屋に戻ってベッドに突っ伏して落ち込んでいると、ティナたちが何事かとやってきた。説明をすると、ティナはベッドに腰掛けて僕の頭を撫で始めた。
この現状は良くない。結婚を受け入れる気にはなれない。なんとかしなきゃ。でも、偉い人によって流されるままになっている。
「ヨナ様は立派です。そして本来ならその立場にあるべき人ですよ」
「ちょっと! ティナはそれでいいの!?」
「個人的には、良いとは思っていませんが」
そうなんだ。アンリに問われて、ティナは静かに答えた。
納得はしてないのか。急すぎるもんね。
「わたしは認めないわ! ヨナがそう簡単に結婚なんて嫌! 確かにジェイザックも、旅の途中でお姫様に求愛されたことがあるって聞いたけど! それを受け入れたらお話が終わっちゃうじゃない! 旅も! 伝説も!」
そういう理由か。
「でも良かったんじゃねえか? ヨナに、公爵家の子って身分がつくのは悪くない。王家から隠れながら冒険者するより、ずっと安定した身分だ」
キアの言うことももっともだな。
「仮にヨナのことが王様たちにバレたとしても、公爵の家は強いんだよな? 簡単には手が出せない。だからヨナは安全になる? だよなゾーラ?」
「ええ。キアの割には、よくわかってるじゃない」
「おい。言い方」
「ヨナくんに身分がつくこと、あたしも良いと思うわ。キアの言うとおり、安全だものね。シャルロットちゃんと婚約だけして、ヨナくんの存在は数年間秘匿する。ほとぼりが冷めて、ヨナくん自身も成長して容姿が変わり王家に気づかれなくなった頃合いを見計らって、領内の適当な貴族の養子にしてから公爵家の婿養子にする」
「うん。公爵はそのやり方を考えてるのだと思う」
「ヨナくんの身柄を確保するという意味で、いいやり方だと思うわ。優秀でしかも異能を使える人材を手元に置いておくって意味もあるし、何年経ってもヨナくんの存在は王家を牽制する手札にも使える。気に入らない点はあるけどね」
「気に入らない点?」
なんだろうと、僕は身を起こしてゾーラの方を見た。
「決まってるじゃない。ヨナくんが成長すること前提の考えってことよ。ええわかるわ。王家の目から逃れるのはそれしかない。けど、このかわいいヨナくんが大きくなるなんて! 嫌! 耐えられなむぐっ!?」
「はいはい。わかったから少し落ち着こうな。途中までは頭いい奴って感心してたのに」
そういえばゾーラの目的はそれだった。学問の道に入ったのも、男の子の成長を止める術を見つけるとかそんな理由だった。
僕は脱力して、再びベッドに顔を埋める。
「あ、ヨナ様。膝枕してあげますよ」
「うん……」
ティナの膝に遠慮なく頭を乗せた。
「あ! ティナずるい! わたしも!」
アンリもやってきて、けれど僕の頭をどかせるわけにもいかないから、僕の背中側に寝転んで身を寄り添わせた。
いや、なんなんだこれは。




