1-10.余所者たち
傍らで眠っていたティナにも動きがあった。
「むにゃむにゃ……あれ? ここは……?」
「おはよう、ティナ」
「おはようございます、ヨナ様……あっ!」
状況を思い出したティナが、平伏するように僕に頭を下げた。
「申し訳ございませんヨナ様! すっかり眠ってしまいました! ヨナ様をお休みさせるために、寝ずの番をしなければならないのに!」
「大丈夫だよ。僕もちゃんと休めたから」
「お前らはほんと騒がしいな。誰かに見つかったらどうするんだ。ヨナのこと探してる奴らに聞こえるかもしれないぜ」
キアとは昨夜、王族が僕を捜索して確実に殺そうとしているだろうことを話した。ティナも知っていること。
大々的に探されはしなくても、わざと目立つ意味もない。
「ま、森のこんな所まで入ってくる奴も他にいないだろうけどな。とにかく村へ行くぜ。こっちだ」
キアに案内されて、どこまで行っても代わり映えしない森の中を歩く。
奥深くというのは本当らしくて、道らしきものはない。つまり、ここに立ち入る人間は滅多にいないということ。
そこを、キアは迷いなく進む。
しかも歩いてではない。木の枝から枝へと飛び移りながらの移動だ。僕たちはそれを見上げながら追いかける。
「あの。ヨナ様。あまりキアさんを見上げない方が良いかと」
「え?」
「あの方やはり、スカートの下に何もつけておらず。なんというか。色々見えちゃうので。お尻とか」
「あ。うん。そうだね。じゃあ上はティナに任せるよ」
「はい!」
「おーい。ふたりともなに話してるんだー? 置いてくぞー」
うん。悪い人じゃないんだけどね。変な人だ。
森の中をどの方向に移動しているのかも、僕にはわからなかった。けれどキアにはわかっているらしい。
長く住み続けていれば、常人にはわからない木々の特徴なんかも覚えていくのかな。
しばらく歩いていると。急に視界が開けた。
「これが村、ですか」
隣でティナがそう口にしたのは、たぶん僕と同じ物珍しさから。
王都の中心部の城下町とは、かなり雰囲気が異なっている。木製の建物は街のものと比べて小さめで、建物の数が少なく、間隔も広かった。
少ないのは人間の数も同様。王都を真っ直ぐ貫く大通りには大勢の人間が行き交っているけれど、この村の人通りはまばらだ。
それから、村の内外を分ける境界がない。王都や他の都市にあるような城壁は見当たらなかった。
こういう小規模な集落があちこちにあり、農耕や狩猟や林業に従事して国の土台を支えている。そう教師から教わったけれど、実際に見るのは初めてだった。
「これがアタシの村だ。何もない場所だけどな!」
キアに促されて村に入り、彼女の後をついていく。そして気づいた。
村人たちは、余所者である僕たちが気になるのか目を向け、しかしこちらが視線を返すと気まずそうに顔を背ける。
興味はあるらしくて、数人が集まってこちらにチラチラ目を向けながらコソコソと話していた。
「王族からの追手が、既にここまで来ているのでしょうか。ヨナ様を探せという命令が、村人の皆さんに下されているとか」
「どうかな」
そこまで大規模な捜索はされないはず。せいぜい、信頼のおける兵士を何人か探しに行かせる程度だろうとは、既に話している。
何人かというのが実際にどの程度の人数かはわからない。それに父も兄も愚か者だ。後先のリスクを考えずに大規模捜索をする可能性が否定できないのも確か。
けど、どうやらこの村の人たちは、僕を探しているわけではないようで。
「あー。アタシが連れてきた客だからな。胡散臭いって思われてるのかも」
キアが気まずそうに言った。
「胡散臭い?」
「アタシってさ、この村にとっては余所者みたいなものなんだ」
「どういうこと?」
「この肌さ」
自らの褐色の肌を指し示す。たしかに、こんな肌の色は見たことがない。
「アタシの両親は、ここよりもずっと南の国の出身らしいんだ。日差しが強くて蒸し暑くて、雨が多い。そして森がどこまでもずっと続いているような国。そこじゃ、こんな肌の人間が普通にいるって聞いた」
聞いた。つまりキアも実際には知らない光景。
「男女で旅をしていて、旅の途中で女が孕んだことがわかった。この村でな。だからしばらく村に滞在することになった。で、産まれたのがアタシだ。……で、産んだと同時に母さんは死んだ」
「……そっか」
「ヨナと似たようなもんだ」
振り返り、笑ってみせた。
「ううん。僕の母はそのあと長く生きられたから……でも、それで仲間って思ってくれるなら、嬉しい」
人の死は悲しくても、それで生者が結びつくなら、母さんの死も無意味じゃない。
「うん。その父さんはアタシをひとりで育てなきゃいけなかった。赤子を抱えて見知らぬ街へ行くよりは、少しの間でも住んでいたこの村でアタシを育てることにした。成長すれば一緒に旅する予定だったのかもな」
しかし、そうはならなかった。
「結局、父さんはずっと余所者らしかった。男手ひとつでアタシを育てながら、村の仕事を必死でやった。で、頑張りすぎた。アタシがまだ小さい頃に死んだ。狩りの最中、大きな狼に襲われたそうだ」
こうして、余所者の子供は余所者として村に取り残された。
「まだ小さかったから、村長の家に引き取られた。父さんがどんな所から来たかってのも、村長からの又聞きだ。アタシ自身は、両親の顔は覚えちゃいない」
自然と僕の足は早くなって、先を行くキアに並んで彼女に手を繋いだ。
彼女が僕に同情的な理由がわかったから。
キアも何も言わず、握り返してくれた。
「まあそんな感じで、アタシは余所者として育った。あまり村に馴染めなかった。友達も出来なかったし、ずっと異質なものって思われてたのだろうな」
「だから森に住んだの?」
僕が城から街に出たように。キアはゆっくり頷いた。
「森には誰もいないからな。ひとりを寂しいと思うこともあるけれど、でも嫌な目を向けられることもないから気楽だ」
すると今度は、キアの反対側の手をティナが握った。僕たちにキアが挟まれる形だ。
「ぐすっ! キアさん! 大変な苦労をなさっていたんですね! ずびっ! も、もう。もう寂しくありませんから! わたしたちがいますから!」
「なんでティナが泣いてるんだよ」
「だってー! ふえぇぇぇぇ!」
「よしよし。他人の不幸で泣けるティナは優しいな」
恥ずかしがることなく泣き顔を見せるティナを、キアは悪くは思ってなさそうだった。




