1-1.追放される僕
実の息子に向けるとは思えないほどの侮蔑の視線が、僕に刺さる。
僕の前にいるのは、一国の王だ。
民からは威厳があると言われている。今も王座で、恰幅の良い体格と堂々とした態度を見せつけていた。
どうせ見掛け倒しだ。
国王という立場を周りに持ち上げられ尊大になり、それが態度に出ているだけ。体格は、贅沢な生活と運動不足の賜物。
こんな威厳、何かのきっかけで脆くも崩れる。
だから、臆することなく尋ねた。
「お呼びでしょうか、父上」
僕の態度が気に入らないのか、父は僅かに顔をしかめてから返事をした。
「ヨナウス。この王都を出て旅をせよ。王族として見識を広めるのだ」
喋るたびに頬についた贅肉が揺れて、醜い。
生まれてこのかた、この男に好感を持ったことは一度もない。
それでも彼は王で、父だ。謁見の間に呼び出されて命令されれば、理不尽でも従うしかない。
けど仮にも一国の王が、実の息子を国から追い出すとはね。
仕方ない。僕は邪魔者だから。
僕には兄が五人と姉がふたりいる。そして僕以外の全員が、王妃から産まれた。王の隣に座って僕への嘲笑を隠そうともしない女がそれ。
僕だけが別の腹から産まれた。
ライディオン王家の中で唯一異質な存在。王が一時の欲望に逆らえず、使用人に手を出した結果が僕、ライディアル王国の第六王子、ヨナウス・ライディオンだ。
母は貧乏貴族の三女。王城で下働きをすることで家計を支えていた。王家から見れば下賤の生まれだけど、美しかった。だからお手つきとなった。
僕を産んだ際に体調を崩して寝たきりとなり、王はすっかり興味を無くしてしまった。
王の血を受け継いだ男子を産んだ妾だから、どこかへ放り出すわけにもいかない。城の地下奥深くの部屋に押し込めて、最低限の世話だけさせて放置した。
そんな生まれだから、身の程はわきまえていた。
王位が回ってくるはずもないし、政治に関われるとも思っていない。
教師から学んだ帝王学に照らし合わせれば、父や兄たちの人間性は王族に相応しいとは思えなかったけど、決して意見しなかった。
横暴な兄たちは僕のことを召使いか何かと考えている様子だったけれど、異を唱えることもなく従った。
城の中に居場所がなかったから、勉強や武術の鍛錬の合間を見て、よく城下に遊びに行った。父も兄も、何も言わなかった。そのままいなくなれば良よかったとでも思っていたのだろう。
僕だって、逃げ出せるものならしたさ。でも産みの母がいたから出来なかった。
その母も、今朝亡くなった。十二歳おめでとう。最期にそう言い残して。
こうして僕は、十二の誕生日に天涯孤独となった。
僕を縛る物はどこにもない。僕自身にも、王家にとっても。
でもその日のうちに、城を追い出しにかかるなんて。母の葬儀にも出られない。
「お前もそろそろ十二歳だったか。かの建国の王、……あー、彼もそのくらいには諸国を巡っては様々な経験をしたというではないか」
息子の誕生日を把握していないな、この王は。
確かに建国の王にして王家の祖、英雄ジェイザック・ライディオンは少年時代に旅をしていた。けど僕が旅をする理由にはならない。お前も兄たちも先祖の誰も、旅になんか行ってない。
というか今、ジェイザックの名前が出なかった? 偉大なる先祖の名前が? 僕の視線に気まずくなったのか、王は目を逸した。
「ヨナウス。お前は産まれが卑しい。そのまま成人しても、父上や俺の補佐などできない。まずは世間を知れ」
代わりに、王座のそばに控える男が、ニヤニヤと笑みを浮かべながら言葉を重ねる。
一番上の兄、グラドウス。このままいけば次の王になる男。
「民の暮らしや国の姿を見てこい。その程度なら、愚鈍なお前にもできるだろう?」
なにが、その程度だ。民の暮らしを知らないのはお前だ。ニヤニヤ笑いながら言うな。
邪魔者がいなくなってせいせいする。そんな気持ちを隠さない王族を睨みながら、心の中で誓う。
甘く見られたものだな。馬鹿にしたこと、後悔させてやる。絶対に許さない。いつか戻って、痛い目見せてやる。
もちろん、実際に言っても僕に利はない。頭を下げて従うだけだ。
「かしこまりました。このヨナウス、見識を広めてまいります」
「うむ。そこでだ、伴の者をつけようと思う」
「伴、ですか?」
「お前にも近衛兵が必要だろ?」
近衛兵。
王族や上級貴族など、貴人の身辺警護をする兵士。軍の中で優秀が選ばれたり、守られる貴人と親しい者が縁故で採用されたりする。
偉い人間ほど、近衛兵団の人数は多くなる。
僕にはそんなもの、ひとりもいなかったけどね。兄や姉は、幼少期から何人もの兵士に守られてきたらしいのに。
王は謁見の間の扉へ視線を向けて。
「入れ」
短く命令した。
「ひ、ひゃいっ!」
上擦った返事が聞こえた。
ひとりの女が入ってくる。
軽装の歩兵の格好。
僕より少し背が高い。ショートカットの髪は明るい金色。ぱっちりと開いた眼は少し吊り気味だ。革製の胸当てで潰れているのか、胸は平坦だけど、顔つきで女と判断して間違いないだろう。
歳は十五か六。十五なら、王国軍に志願して入れる下限の年齢だ。どうしても軍に入りたくて十五の誕生日を指折り待ってから登録に走ったような、新兵未満の訓練兵。
女はまさしくそんな感じ。そして僕の予想は当たっていた。
ガチガチに緊張していた女は、王座やその前にいる僕からかなり離れた位置に止まり、明らかに慣れていない敬礼をした。
「訓練兵のティナです! 十五歳です! 三ヶ月前に軍に志願して、今日まで訓練を受けてました!」
大きな声の自己紹介から、元気というか快活そうな印象を受けた。
けど三ヶ月か。志願兵の訓練期間はおよそ一年。その間にしっかり鍛えて、そもそも兵士に向いてない人間を弾いたりもする。
人によっては三日で脱落することもあるから、三ヶ月もっているのは上等とは言えるかも。けど、やっぱり兵士と呼ぶのは無理だ。
「ティナよ。旅に出るヨナウスの近衛兵として護衛を命じる。励め」
「へ……? ええっ!? あ、はい! かしこまりました! 頑張ります!」
本人も、何も知らされずに連れてこられたのか。かなり驚いた様子。
下された命令が身の程に合わないことは自覚しているらしい。けれど王の命令に背くことはできない。それに、王族の近衛兵になるのは名誉なこと。
戸惑いながらも、ティナの口元には笑みが浮かんでいた。
王や王妃や兄が浮かべているような嘲笑ではない。心からの喜びを必死で抑えている笑み。
その点では信頼できるかも。僕を監視して嫌がらせするための人員ではないだろう。僕の味方でいようって気概は感じる。そこは嬉しい。
けれど近衛兵としては頼りない。これでも優秀だったりするのかな? 訓練では優秀な成績を収めてるとか。
何かの武器の扱いがうまい、とかもありえる。どの部隊に属するか適性を見るのも訓練の大事な役割だ。
歩兵なのか騎兵なのか。歩兵の中でも剣や槍を持つ部隊と弓主体で運用される部隊に分かれる。
他にも、斥候の適正が高いとか攻城兵器の運用の才能が見つかることもある。
守ってくれる相手の得意な武器を知っておくのは大事だと考え、尋ねた。
「ティナは何が得意なの?」
「はい! パンを焼くのが得意です! 実家がパン屋さんなので!」
あ。これは駄目かもしれない。
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