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タグ・アンソロジー ~異世界恋愛の人気タグを元にした、ひとひねり短編集~  作者: 卯崎瑛珠


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タグ5 獣人 ~例えばこんな、読者の話~


 

「そのような野蛮なケモノには、お姉様の方がお似合いですわよ。でしょう?」

「……」


 妹のアマンダは、私のことが嫌いと公言している。黒髪に黒い目が、暗い。骨ばった体は、貧乏くさい。見た目だけでなく性格まで色々言われた。


「ミリアムならどんな場所でも、やっていける。すまないが譲ってやってくれないか」

「お父様……」


 父であるバルデラス伯爵は、超絶美人な後妻とワガママな妹を溺愛している。だから、例え私の婚約者であった子爵家子息のグラシアノを、妹と結婚させると言い出したとしても、驚かない。

 

 ところが、代わりにユッシ・リンドロースという、海の向こうの大陸に住む獣人に嫁げ、というのは予想もしていなかった。

 

「獣人、ですか」

「陛下が、是非国同士の交流をしたいと仰っていてな」


 ある日、港に突然やってきた、大きな船。

 降りてきたのがなんと半分熊のような姿をした人間で『獣人王国から来た。国交を持ちたい』と申し出たというのが、近頃の夜会でのホットトピックになっている。


 『両国の橋渡しとして誰を行かせるか』の白羽の矢が立ったバルデラス伯爵家は、伯爵という爵位は持っているものの、その権勢はふるわない。

 なぜなら、私の母が病でなくなった後で迎えた後妻が、派手好きで浪費家だからだ。


 前妻に似て地味な容姿の私を厄介払いしつつ、国王にも恩を売りたいのが見え見えなので、黙って頷くしかできない。

 少なくとも、すれ違う度に「地味」「伯爵令嬢に見えない」「並んで夜会に出るのは恥ずかしい」と言われるこの家にいるよりは、マシと思いたい。


 相手のリンドロース伯爵家(獣人にも爵位があるのがまた驚きだ)からは、今すぐ来ても良いと連絡が来たので、父もすぐに行かせると応えたと聞かされ、それからは荷造りで日々があっという間に過ぎ去っていき――


 私、ミリアム・バルデラス伯爵令嬢は、十九歳で初めて他国へ行くこととなった。

 


 

 ◇




「ってこれ、二十点くらいのはじまりだわ。つまんなそ。星どころかブクマもつけないに決まってる」


 船に乗り込み客室に案内され、ほっと一息ついた私はとりあえず毒を吐く。


 普段から無料の小説投稿サイトに掲載されている小説――特に貴族令嬢の恋愛もの――を読み漁っていた私は、気が付いたらこの世界にいた。妹の理不尽ないじめが始まり、悔しさに泣いていたら夢で『前世の記憶』を見たのだ。起きてからも覚えていたので「なんだ、さんざん読んだ話じゃん」となった。


 それからは、どんなひどいことを言われようが「へーへーほーへー」と聞き流し、来たるべきハッピーエンドに備え、英気を養っていた。

 なぜなら、虐げられた後はどこか新天地へ追いやられるのはお決まりだし、その場所は『不遇と思われていたが実はすごい』に決まっているからだ。


「やっとだわ~ダルかったあ~。ダイジェストで読み飛ばせたら良かったのに。てか最近会話文しか読んでなかったけどね。地の文ダルいし」


 それがまさか獣人の国とは。

 モフモフタグは一定の人気があるようだが、私はあまり()()()()ない。犬や猫も可愛いと思わないし、手触りの良さ? がそれほど癒されるとも思わない。


「どんな種類の獣人なのかな~。定番なら狼か虎……ライオンか猫、ってところかな。うん」


 なんにせよ、今よりマシであるのは確かだ。

 船旅は十日間という話だったので、酔ったフリをしてゴロゴロしていることに決めた。人間の令嬢の扱いをどうしたら良いか、船の獣人たちも分からなかったようで、放っておいてくれたのがありがたかった。


 

 ――そうして辿り着いたのが、獣人の国『ヴェリアス』だ。



 タラップから降りると、馬車が待っているのが見えたので、近づいていく。


「ミリアム・バルデラス様でいらっしゃいますか?」

「っはい」

「お待ち申し上げておりました。わたくし、リンドロース伯爵家執事のロンダと申します」

 

 ぎょろぎょろした目、薄茶色の鱗、長い尻尾。

 どう見てもオオトカゲが執事服を着て立っている。私が思っていた獣人と違う!


「さあさ長旅はお疲れのことでしょう。どうぞお乗りください。おや、御付きの方はどちらにいらっしゃますか?」

「……いえ、わたくし、ひとりですの……」


 メイドも侍従も誰もが同行拒否した結果、ひとりで旅をしてきた。あの家の者たちは私がどうなろうと気にしないし、獣人王国への体裁も考える頭がなかったので致し方がない。

 このあたり、もしも私が読者ならば「伯爵令嬢にメイドや侍従がいないだなんてありえない。貴族分かってないにもほどがある。ちゃんと調べてから書け」とコメントを残すに違いない。

 

「左様でしたか。ご心配には及びませんとも! 我がリンドロースの者たちは皆優秀ですから。ねっ」


 無駄に明るい口調のオオトカゲにエスコートされつつ、私は思考を止めることにした。

 オオトカゲの主人は――絶対モフモフじゃない。下手をしたら食われるかもしれない。生贄バッドエンドな話、どこかにあっただろうか? 馬車の中で膝がガクガクと震えてくるのを、止めることはできなかった。


 


 ◇




 リンドロース伯爵家の屋敷は海辺にあり、広い庭と巨大な邸宅で、門から玄関まで馬車でも結構かかるほどの距離だった。

 玄関ホールの扉も、見上げても天井までだいぶあるぐらいに、大きい。つまりこれを通る大きさのナニカが住んでいるということかと思うと、意識が遠のきかけた。

 

 ロンダの招きでダイニングへ入ると――

 

「長旅、ご苦労だった」

「っ」


 黄金のぎょろりとした目に、鮮やかなグリーンの硬そうな鱗が全身を覆う男性が、立ち上がって出迎えてくれる。

 首元には『ジャボ』と呼ばれる、ひだのつけられた布の首飾りをした黒いジュストコール姿ではあるものの――ワニのような大きな口からは鋭い歯が何本も見えているし、後ろにはトゲトゲの背びれが並んだ太い尻尾が見える。おそらくは、巨大イグアナだ。

 

 予想していたものの、さらに上をいかれてしまった。

 

「ユッシ・リンドロース伯爵である」

「ミリアム・バルデラスにございます」


 深々とカーテシーをすると、ユッシは目を細めてそれを眺めてから、「楽にしてくれ」と手を差し出した。おそらく背後のダイニングテーブルへエスコートしてくれようとしているのだろう。

 だが、黄色くとがったカギ状の爪が伸び、びっしりと鱗に覆われた手のひらを、例え手袋越しでも触る勇気は出ない。


「……ありがたく、存じます」


 言葉だけがかろうじて出た。

 ユッシはそれに対してフウッと鼻息を漏らしてから背を向け、ダシ、ダシとテーブルに向かって歩く。どうやら靴は履かないものらしい。

 

「そこへ座れ」

「はい」


 ロンダが引いてくれた椅子へ腰かけ、右斜め前に座るユッシの顔を見る。

 黄金の眼球の中には黒い縦長の瞳孔があり、目が合うときゅっと細められた。


「さぞ不本意なことだろう。まだ狼や虎ならよかったか」

「!」


 全て見透かすようなその言葉に、私の背筋は寒くなった。


「俺はこの通りの見た目だからな。誰も嫁いで来ない。だから国王陛下はこれ幸いと、人間を呼んでみろと言ったのだ」

 

(私なんかが生まれ変わったところで、幸せになんかなれないってことか)


 どういう言葉を返したらよいのか躊躇(ためら)っている間に、ユッシはさっさと立ち上がって出て行ってしまった。

 ぽつんと残された私は、ロンダが用意してあったという部屋へ案内され、行儀が悪いと思いながらもそのままベッドへ寝転がる。


 旅の疲れからか、あっという間に眠りに落ちた。




 ◇




「はやくしなさい!」


 私の朝は、毎日怒鳴ることから始まる。

 起きて食パンを焼くか、炊飯ジャーから茶碗へご飯を盛る。

 焼いたベーコンかウィンナーと目玉焼き。お味噌汁か、レトルトのコーンスープ。ミニトマトとちぎったレタスを添えて、テーブルの上に皿を並べていると、「ママ、体操服どこだっけ」「ママ、この書類ハンコいるやつだった」「俺今日飲みあるから遅くなる」と言われる。


「なんで、昨日のうちに言わないのよ!」

「今言った」

「今思い出したもん」

「ごめんて」

「はいはい! もういってらっしゃい!」


 夫と小中学生の姉妹を送り出した後は、必死で家事をして、お昼ご飯は昨日の残り物で済ませる。服なんて何年も買ってないし、化粧品はドラストコスメオンリー。

 給料は上がらないのに、光熱費は上がる。学費だけじゃなく塾やお小遣い、子供の衣服とスマホ代で貯金は目減りしていく一方。マイホームなんて夢のまた夢。

 なにもかも思い通りにいかない。こんなはずじゃなかった。お金持ちと結婚できていたら。もう、生まれ変わってヒーローに愛されるヒロインになりたい。


 代わりに、タダで読める小説を読んで、トリップする。


 それでも、思った通りの展開にならない。アホみたいな言動のヒロインにいらつく。貴族ものを謳っておきながら、礼も爵位もデタラメなのが腹立たしい。


「えーと『くだらない設定すぎて、読む価値なし』と」


 あまりにも苛立ったのでコメントを残したら「ご指摘ありがとうございます。大変申し訳ございません、勉強いたします」と返事が来て――ああ私、役に立ってる。この調子で、妄想垂れ流し素人小説を少しは良くしてやろうと、「そんな展開ありえない」「今回の主人公の言動おかしすぎ」「ちゃんとキャラの心情考えて」と書き続けた。


 そうしたら、だんだんと色々な作者にブロックされ始めた。無言でブロックされることも、「そういったコメントは削除させていただきます」と連絡が来ることもあった。今まで熱心に読んでいた作品にすら、書き込めなくなってしまった。


「なんで? なんでよ。私、正しいことしか言ってないし? 素人臭い、ツッコミどころ盛り沢山の作品を世に出してる方が、恥ずかしくない?」


 イライラしながら車に乗り、急なカーブの続く田舎道を運転して、少し遠いけど安いスーパーへと向かっていたら――


 

 

 ◇



 

「目が覚めたか、ミリアム」

 

 (まぶた)を持ち上げると、金色の目が覗きこんでいた。

 

「……?」

「すまない。泣くほど嫌ならば、本国へ帰れるように船を手配しよう」


 穏やかで低い声が、私の鼓膜を優しく撫でる。


「え……」


 どうせ帰っても、居場所はない。前世も、今も。

 なんで。なんで。なんで。


 頑張って生きてたのに。私が正しいのに。

 何にもうまくいかない。世の中がおかしい。

 欲しいものは手に入らないし、生活は苦しいし、異世界に来ても、結婚相手はイグアナ。

 不幸だ。なんで。なんで。なんで!

 何もかも! うまくいかない!


「もう……死んで、しまいたい……」


 あの時死んだのなら、死んだままでいたかった。

 

「なぜそのようなことを。会いたい者も、好きな者も、いないのか?」


 顔が好みで結婚した夫は、今やただの足の臭いオジサンで、会社の部下の女性と浮気をしている。

 子供たちは全然言うことを聞いてくれないし、クソババア呼ばわり。

 両親は余計なことしか言わないし、最近は介護してくれとうるさくて近寄りたくなかった。


 私が車の事故で死んだとしても、誰も困ってなどいないだろう。


「うん。なんにもないや、私」


 なにもないから、なにかになりたかった。


 するとユッシは、目をパチパチと大きく瞬かせた。

 

「ここで新たに何かをしてみるのは、どうだ。見た目が優しい獣人に世話をさせようか。ウサギとか」

「なぜ? 私にはなにもないし、そんな価値もない」

「そんなことはない。俺にとっては、大きな前進だ」


 ユッシが、ふっと笑う。

 イグアナも笑うんだ、と妙なところに感心してしまう。


「この家の者以外の者が、門をくぐってやってきた。こうして、会話をしたのは初めてだ」

「っ!」

「幸い俺には、財産がある。好きに使っていいぞ。どうせ俺一人では使いきれん。やりたいことを見つけるのはどうだ」

「私が、極悪人ならどうしますか」

「はーっはっはっは!」


 今度は、大口を開けてのけぞり、豪快に笑われた。

 一口で食われる。その気になったら、きっと一瞬で。


「いいじゃないか。俺に悪事を働く! すごい度胸だ」

「許すというのですか」

「ああ。おもしろい。それにその、なんだ……俺の財産を使うのなら婚姻届に署名がいるぞ。ということは、俺の妻というわけだ。妻の悪行ぐらい、許容できる夫でなければな。うん」

「あはっ」


(なら、ドレスも宝石も買いまくって、好きなことをして、ワガママをたくさん言ってやろう。)


 そうして私は、正式な妻になった。


 

 ――それから何年も何年も、ワガママに振る舞い続けていたのに、ユッシはずっとニコニコと笑っているだけだった。

 


 自室の大きなベッドに横たわるユッシの枕元で、私は彼の頬のあたりの、ひんやりとした鱗を撫でている。

 

「ねえ。勝手に別荘買っちゃったのに。怒らないの?」

「すまん、一緒には行けそうにないなあ」

「はあ……」

 

 無駄な宝石を買っても、ドレスを買っても、何を壊しても捨てても。ずっとこの調子だった。


「そうして俺に触れて、目を見て話すのは、ミリアムだけだ。それだけで、俺は幸せだ」

「それだけで?」

「大層なものを求め続けるのも、良いかもしれないがな。そんな少しの幸せをもらって生きて行くのが、俺の夢だった。叶えてくれて、ありがとう」

 

 私と一緒にいるだけで幸せだと、この人は心から言っている。お金も権力もいらない。私だけでいい、と。


「ねえユッシ。生まれ変わってもまた私と、夫婦になってよね。またお金いっぱい使ってあげるんだから」

「ああミリアム。なんて、幸せなことだろう……愛しているよ」


 私は今まで何が欲しかったのだろう。お金も地位も権力も、たくさんもらって持つことができたのに。


 全てを、いらなかったと思っている。

 

 私が、本当に欲しかったのは――

 

「いやよ。いや! 死なないで。やだ。生まれ変わらなくていい。このままでいて。ユッシ!」


 心から愛し愛される存在だった。




 ◇




「ママ! ママ!」

「ママァーーー!」

「ママッ」

 

 ぼんやりする視界の向こうに、子供がふたりと、男性がひとり。

 たぷたぷと揺れる点滴の横で、せかせかと動く看護師の姿がある。「先生呼んできますねっ!」と小走りして行った。


「?」

「あああああ」

「よかった、よかったああああ」

「ままああああああ」


 目の前には、顔面が涙と鼻水でぐしゃぐしゃの、かつての『家族たち』がいた。夫と、ふたりの娘だ。


「……あーあ」

「ママ!?」


 現実だ。どうしようもない、現実へ戻ってきてしまった。優しいユッシは、もういない。もう会えない。


 このまま、目覚めなければ良かったと、目を閉じかけた、その瞬間。


 入ってきた白衣姿の医師を見て、私の命の火が再び燃え始めた。


「原さん! 目が覚めましたね! 良かった、良かった」

「ああ、……あああ」

「ママ、泣いてるっ」

「嬉しいですよね、でも落ち着いて。深呼吸しましょうね……」


 

 

 ――それから無事に退院した私は、浮気の証拠をつきつけ夫と離婚した後、その時の担当医の先生と再婚した。連れ子のふたりも分け隔てなく可愛がってくれ、幸せな家庭を作ることができた。


「いやぁびっくりしたよね……爬虫類顔で気持ち悪いってよく言われる僕に、ひとめぼれとか……ドラマかなって思ったよ!」

「ふふ。大好き、ユウシくん」

 


このお話は、多分フィクションです……たぶん。

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