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「ロシュフォール先生は、すごい厳しいんですよ。どれくらい厳しいかっていうと、トルネド先生の授業は痣が毎回ゼロだけど、ロシュフォール先生は最低でも痣三つ」
医務室でトトが服をめくり、腰と腕にできた痣を見せてくれる。どす黒くなったその肌に、リフィスは顔をしかめた。
「毎回、最低でも痣三つ?」
「これはまだいい方ですけどね。あの人、手加減も上手いから、骨を折るようなことはしないんですよ。ただひたすら痣が増えてくだけ」
さわやかにトトは笑うが、リフィスにしてみればやり過ぎのようにしか思えない。
「リフィスさん、引いてます? 一応、大丈夫ですからね。ロシュフォール先生についていけば、騎士団入団は間違いなしって言われてますし」
アトナもそう言ったが、彼女の腕についた痣を見ると大丈夫とはやっぱりあまり思えない。
「この前、ロシュフォール先生との打ち合いをこっそり見たんですが、あんなスピードで攻撃されたら死んでしまわないか心配です」
「でもかっこよかったでしょ? 俺、ロシュフォール先生に憧れて騎士団に入りたいってここに来たんです。この国でロシュフォール先生に憧れない奴なんていないですけどね」
「だね。私も憧れる。最初の授業なんか、すごいドキドキしたもん」
二人が楽しそうにロシュフォールの逸話を喋るのを見つめながら、エルドナ国民であればそう思うのは当然なのだろうかとリフィスは考えた。
彼らの痣を消し去ると、リフィスは傷の場所と具合をノートにメモした。それを見たトトが、「記録してるんですか?」と尋ねる。
「少しでもみなさんのお力になれればと思って。同じ場所に怪我が多ければ、軽傷であったとしても歪みが蓄積している可能性がありますから」
「魔法で完全に治ってるわけじゃないんですか?」
アトナが言う。
「魔法のかけ方にも種類があって、治り方がそれぞれ少し異なるんです。例えば、痣を治すためには、一般的に自然治癒を高める魔法を使います。魔法そのもので治しているわけではなくて、その方が本来持っている傷を治す速度を上げている感じです。この魔法は、大怪我や、自然治癒するには時間がかかり過ぎる怪我には使えません」
「骨折とか?」
リフィスはうなずく。
「そういった傷には、細胞や骨そのものを増殖させる魔法を使います。ないものを生み出す魔法ですから、さっきと違うのがわかりますよね」
前任のベックマンはおそらく、自然治癒の魔法は使えたが、増殖魔法は苦手だったと思われる。難易度的にも増殖魔法の方がレベルが高く、骨と血管への作用に違いがあったりと、コツが必要なのだ。
「へえ、魔法って呪文を唱えて手を当てればいいと思ってたけど、違いがあるんですね」
「確かに、前のおじいちゃん魔法使いのとき、傷によって呟かれる呪文が違った気がする」
「よく見てたな、全然気づかなかった」
アトナの観察眼にトトは感心したようだ。
「でも、リフィスさんは呪文を唱えずに魔法をかけますよね? それって普通なんですか?」
「軽い傷だけですよ。それに、何回も同じ魔法を使っていればいずれ慣れますから。みなさんの怪我する回数が多いともいえるので心配です」
トトとアトナが次の授業に向かった後、リフィスは記録したノートをめくりながら、やはり怪我が多いと思ってため息をついた。シュタンフェーゼにいたときも、王兵の傷の手当はよくやっていたが、こんなにも怪我をするまで鍛錬はしていなかったはずだ。
それに、トトが言っていた通り、ロシュフォールの授業の後だけ怪我人がどっと増える。明らかに、彼の授業が厳しいことを物語っているのだ。
放課後になっても、リフィスはどうしたものかと考えながら廊下を歩いていたとき、ちょうどロシュフォールが曲がり角から現れたのを見て、思わず彼に駆け寄っていた。
「ロシュフォール先生、ちょっとお話があるのですが」
突然やって来たリフィスに対して、ロシュフォールはぎょっとした顔をして足を止める。警戒されているような反応に、リフィスは何かしてしまっただろうかと思った。
「何ですか」
「あの、生徒の怪我についてのご相談なんですけど」
リフィスは、生徒の怪我があまりに多いことを話した。ロシュフォールの授業の後だけ、というのはできる限りオブラートに包んで話した。もしかしたら、彼が自分の授業が悪いのだとショックを受けてしまうかもしれないからだ。
しかし、リフィスの配慮は全然必要なかったらしい。
「はあ、そんなことですか」
ロシュフォールは呆れたようにそう言うと歩き出す。
「え――あ、あの、先生?」
「そんなくだらないことで呼び止めないでください」
「くだらないこと?」
慌ててリフィスはロシュフォールを追いかける。
「怪我が多いのは当たり前です。未熟な生徒が、魔獣と戦う訓練をしているんですから」
「でも、怪我をしないやり方だってあるんじゃないですか?」
「ありませんね」
「怪我をしないように配慮することは? このままだと、生徒の体はボロボロになってしまいます」
「あの程度でボロボロになるくらいなら、ここを辞めた方がいい。騎士団に向いていない」
「そんな酷い言い方をしなくても」
「あんたは勘違いをしてる」
急にロシュフォールが振り返ったので、リフィスは驚いて足を止めた。二メートルもある大きな体が眼前に迫り、圧迫感に体がのけ反る。
「ここは義務教育の学校ではない。養成学校だ。怪我が嫌なら生徒たちも辞めていくだろう。引き留めることもしない。ここにいる生徒たちはみな、納得して授業に参加しているんだ」
「ですが――」
「それとも何か? 生徒のためと言いつつ、自分が怪我を治したくないだけか?」
「え?」
「前の魔法使いよりも短時間で治しているそうだが、本当に生徒たちの傷は癒えているのか? 自分の有能さをアピールするために適当に治療してるんじゃないのか?」
そんな風に思われているとは知らず、リフィスは口を大きく開けてしまった。
「私が――ちゃんと治していないと?」
「メルヴィン団長とどういうつながりか知らないが、その若さで医療魔法が使えるとなると……いかさまをしてると言われれば辻褄が合う」
「そんなことするわけないじゃないですか!」
「なら、魔法使い殿は治療にだけ専念していてください。ここのやり方に納得できないなら、それこそあんたが辞めればいい」
ロシュフォールはそう言うと、身を翻して少し先にある部屋へと入っていった。バタンと扉が閉まってからも、リフィスは彼の言葉に怒りが収まらず立ち尽くしていたが、ふっと我に返ったときに、今立っている場所を見渡して顔を強張らせた。
「隣の部屋じゃない……」
リフィスがいたのは、教職員が住む寮の廊下で、まさにリフィスの部屋の真ん前だった。その隣の部屋にロシュフォールは今しがた入っていったのだ。挨拶をせねばと思って何度か訪ねていたものの、なかなか会えずにいたのだが、こんなオチだとは想像もしておらずがっくりと肩を落とした。