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ベックマンの退職後、一人で生徒の治療をこなすのに少し手間取ったが、それでも一週間も経てば時間内にすべての生徒の治療を終えられるようになった。その頃には生徒たちにもリフィスの存在を認知してもらえるようになってきて、気さくに名前を呼ばれるなど、少しずつ受け入れられているようだった。
それにしても、毎度怪我人が多い。命に関わるような重傷者はいないものの、すでに一名骨折者も出たし、打ちどころが良かっただけで、あと一歩で大怪我になったかもしれない者もいた。
養成学校ではこれが普通なのだろうか。魔法ですぐに治せるから、生徒たちもそうおかしなことと思っていないのかもしれない。ただ、大半の生徒は明るい顔をしているが、中には強張った表情の生徒もいて心配である。
気になったリフィスは、武道場を見に行くことにした。ここを訪れるのは、以前ロシュフォールが一人で剣を振るっていたとき以来である。
「素振り百回! はじめ!」
「ハイ!」
武道場に着くなり、ロシュフォールの声が聞こえてきた。何十人もが剣を振るえば、その音はまるで嵐のような勢いである。
汗臭さも徐々に慣れてきたが、この武道場は長年染みついたものがあるらしく、まだ入り口にも近づいていないというのに、もうリフィスは咳き込みそうだった。ロシュフォール一人だけのときは、生徒たちがいなかったためまだましだったのだと気づく。
ロシュフォールが厳めしい顔つきで、生徒たちの間を歩く様子が見えた。隙があれば怒るのだろうかと思っていると、恐ろしいほどのスピードで、「腰が入ってない!」と持っていた木剣の腹で生徒の腰を叩く。
リフィスは驚いて口を手に当てた。ロシュフォールの木剣は、さらに別の生徒を叩く。
茫然としたまま見ていると、ほどなく百回の素振りが終わり、ロシュフォールは「二人組で打ち込み!」と声をかけた。生徒たちは素早く移動すると、今度は生徒同士で剣を振り合う。
「ヤー!」
「アー!」
防具もつけずに木剣を打ち付け合う姿に、リフィスは自分が痛めつけられているような気がして、見ていられなくなり後ずさりした。
あんな打ち合いをしているのなら、怪我をして当然である。もちろん、大怪我の可能性だって大有りだ。
「怖いか?」
突然近くで声がして、リフィスはぎょっと飛び上がった。肩をすくめたまま振り返ると、後ろににやりと笑うメルヴィンが立っていた。
「メルヴィンさん――お、脅かさないでください」
「ははは、悪かったな」
メルヴィンは隊服を着ておらず、ラフなシャツ姿だ。
「今日はお休みですか?」
「ああ。この前リフィス君とここに来てから、たまには養成学校の生徒と戯れるのもいいなと思って、今日休みだから遊びにきたんだ。リフィス君は見学かな?」
「怪我を治しにくる生徒が多いので、どんな訓練をしてるんだろうと思って」
「ロシュは厳しいからな。ロシュが来てから怪我人が増えたといっても過言ではない」
「そうなんですか?」
眉をひそめたリフィスに、メルヴィンはまた声を出して笑う。
「理想が高いんだ。ロシュの基準に当てはめれば、みんな物足りないんだろう。ほら、今から面白いものが始まるぞ」
そう言われてリフィスがまた武道場の中を覗き込むと、生徒たちの輪の中にロシュフォールが一人立っている光景が見えた。そこに生徒が一人、彼の背後から出てきて、思い切り剣を打ち込む。
「――っ」
怖くなって目を背けたが、剣が弾き合う音がしてリフィスは視線を戻した。そこには、ロシュフォールが倒したと思われる生徒が地面に転がっていた。
それから、一人ずつロシュフォールに切りかかっていったが、ものの数秒で倒されていくのをただ見つめるだけだった。メルヴィンはロシュフォールのことを国の英雄と言っていたが、生徒と比べてこれほどまでに強さの差があるとは思いもしなかった。
「わはは、すごいな。生徒相手じゃこんなもんか。よし、ちょっくら私も行ってこようかな」
メルヴィンはそう言うと、楽しそうにロシュフォールに向かって走っていく。突然の来訪者に地面に倒れている生徒も、涼しげに立っていたロシュフォールも驚いたようだった。
ロシュフォールがメルヴィンの初撃を受け止めると、生徒たちとは比べ物にならない速さで剣が振るわれ、寸でのところでそれを受け止め、また素早く次の攻撃が繰り出された。
リフィスはいつ攻撃を食らってもおかしくないその攻防に、死にはしないかと恐ろしくなって見ていられなくなった。
しかし、生徒たちは歓声を上げて、騎士団長とロシュフォールの打ち合いを見つめている。しばらくその時間が続くのかと思ったが、さすがに授業の邪魔をするのは良くないと思ったのか、頃合いを見てメルヴィンが手を止めた。
「いやあ、久しぶりで腕が鈍ったなあ。お前に一太刀も入れられないなんて」
「そうですか? 昔からこんな感じだったと思いますが」
ロシュフォールの憎まれ口に、メルヴィンが大笑いする。ロシュフォールもまたにやりと笑って、丁寧にお辞儀をした。
生徒たちの歓声は鳴りやまない。リフィスは怖くてほとんど見ていないが、きっと生徒たちからすると真似ができないほどすごい動きだったのだろう。
「疲れた、疲れた」
授業が再開したのをしり目に、メルヴィンが汗を拭きながらリフィスのいるところへと戻ってきた。
「ちゃんと見てたか? その顔は見てないな。リフィス君には刺激が強かったか」
「すみません、怪我をしないか心配で……」
「生徒同士は無理だろうが、私とロシュくらいなら相手に怪我させないように打ち合うことが可能だよ」
「そうとわかっていても、やっぱり怖くて直視はできなさそうです」
メルヴィンが笑う。
「リフィス君が来てから、医務室があまり混まなくなったと聞いた。これからもその調子で頑張ってくれ。それじゃ」
メルヴィンが立ち去ると、リフィスも生徒たちが来るのを待とうと、医務室に戻ることにした。