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エピローグ(3)

 ヴィンセントは意気揚々と旅立った。その出発をリフィスも見送ったが、王太子の初めての国外訪問ということだけあって、供の人数も多く、装備も華やかな出で立ちで、見送りの数も大変に多かったから、リフィスは人込みの影からこっそりと見ていただけだった。ヴィンセントがあたりをきょろきょろと見渡していたのは、もしかしたらリフィスを探していたのかもしれない。


 その翌日、リフィスは珍しく父ジョンに呼び出された。家で毎日顔を合わしているのに、王城にある王国専属魔法使いの隊長室に来いというのだ。仕事関係の話だろうかと思いながら隊長室を訪れると、礼服を来たジョンが待ち構えており、いつになく厳しい表情でリフィスの姿を見てうなずいた。


「リフィスも、今年で成人か」

「そうですね。すでに魔法使いとして働いているので、あまり実感は湧きませんが」


 周りはリフィスよりも随分年上の者が多いため、早く歳を取りたいと思っていたくらいだ。歳さえ取れば、リフィスを認めたくないと向けてくる嫌な視線が少し減るかもしれない。


「お前は若くして魔法使いに成ったからな。小さい頃から優秀で、聞き分けがいい娘だった」


 ジョンはそこで口を閉じる。今から何を言おうとしているのか、リフィスには見当がつかないから、リフィスも黙って彼を見つめることしかできない。

 ジョンがやっと口を開いたのは、随分と長く沈黙した後だった。


「国王陛下が、お前に結婚を下賜すると仰せだ。相手はまだ決まっていないが、同じ王国魔法使いのワグネルか、法務局のリンド、政務官のテネットなどが候補だ。好きな相手をお前が選んでいいと仰ってくださっている。」


 予想外の言葉に、リフィスの目が大きく開く。その表情をジョンは見たくないとでもいうように、顔を背けた。


「なぜ――」


 そう言いかけて、理由は明白だと思い直した。


「ヴィンセント殿下のためですか」

「陛下は、殿下がゴドー公国に行っている間に、片を付けたいと仰せだ。婚約までしてしまえば、もう手出しはできない。あまりに急だが――致し方ない」


 リフィスはジョンに訴えかけるように、彼との間にある机に手をついた。


「あんまりです、お父様。私は殿下のために、よく知りもしない相手と結婚しなくてはいけないんですか? 私の気持ちを一番知っているのはお父様でしょう。なぜ陛下に何も心配はいらないとお伝えいただけないんですか」

「ああ、わかってるさ、お前がヴィンセント殿下を何とも思っていないことも、たとえ殿下がすべてを投げ捨てて結婚を申し入れたとしても、愛していない男とは結婚しないとお前は言うだろうということも」

「だとしたら」

「だが、陛下はそう簡単には信じないんだ。殿下がお前を愛し続ける限り、火種は残ったままだと考える。だから、間違いが起こらないようにこうするしかないと決められたんだ」

「だから、ヴィンセント殿下がいないうちに、私の結婚をまとめてしまうお考えなんですか」


 先に結婚するのはヴィンセントの方だと思っていた。ヴィンセントが先に結婚することになって、リフィスを忘れてくれればよいと思っていた。


 自分は大バカ者だ。大事な国の未来を左右する王太子の結婚よりも、身分は高いとはいえ、王国に仕える身であるリフィスの結婚の方が、国王の一声で簡単に決められるということに気づかないとは。


「今から国王陛下に謁見をする。到底受け入れられないだろうが、陛下の前では謹んで結婚をお受けすると言うんだぞ」


 リフィスは返事をせずに、ぐっと唇を噛みしめた。ジョンは念押しをするように再度口を開く。


「事前に私の口からお前に伝えてもよいと、陛下はお許しくださったのだ。相手の候補も、将来を有望視される生え抜きの男たちだ。見た目も凛々しく、きっと誰かは気に入る」

「娘の幸せよりも、国の安泰ですか」


 父にとってもどうしようもないこととわかっていながら、そう言うのを止めることはできなかった。


 ジョンはただ小さく「すまない」と言い、頭を下げた。




     ○




 確かに愛してはいなかった。


 好きになろうと思えばいくらでもその機会はあったが、父と母の会話を思い出して、常に一線を引いてきたから、心が動くことはなかった。それでも、ヴィンセントのことを慕っていたし、尊敬もしていた。常にリフィスに対して優しい彼を嫌いになるはずがなかった。


 ゴドーから帰ってきてリフィスの一報を聞き、ショックを受けるヴィンセントの顔を想像すると心が痛んだ。しかし、もしかしたらそう思うのはリフィスの思い上がりかもしれなかった。ヴィンセントからの愛情はいつも感じていたが、彼がリフィスに対してはっきりと思いを伝えてきたことは一度もなかったからだ。


「おお、リフィスや、礼はいい、立ちなさい」


 壇上にある椅子に腰かけていた国王陛下は、リフィスが膝を折ってお辞儀をするのを見てそう言った。ヴィンセントと小さい頃から一緒に育ってきたため、国王にとってリフィスはよく知った子である。


「感謝申し上げます」


 リフィスが立ち上がると、隣にいるジョンが目配せをしてくる。結婚のお礼を早く言えと言いたいらしい。しかしリフィスが何も言わないので、困ったようにジョンは国王とリフィスを交互に見た。


「マリオットよ、リフィスにはもう伝えてあるな」


 先に口を開いたのは国王だった。


「はい、先ほど……」

「リフィス、突然のことで驚いただろうが、これはよい縁組だぞ。三人とも私も会ったことがあるが、若いながらみな芯があり頼もしい。きっと君を幸せにしてくれる」


 もう一度感謝を述べるようジョンが促そうとしたとき、リフィスは大理石の床に膝をつき、ドレスがぐちゃぐちゃになるのもお構いなしに、両手をついて頭を下げた。


「陛下――お許しください、この結婚はお受けできません」


 ぎょっとしたジョンが慌ててリフィスを起こそうとするが、リフィスは一向に額を床につけたまま動こうとしない。


「リフィス、どういうことだ? マリオット――どういうことだ?」

「陛下、申し訳ありません、突然のことでまだ動揺しているようで……」

「いいえ、私の頭は至って正常です。陛下、もう一度申し上げます、この結婚はお受けできません」


 バシンと国王が椅子のひじ掛けを叩き、立ち上がってリフィスを指さす。


「リフィス! 今まで可愛がってきたのに、恩を仇で返すと言うのか? ヴィンセントのことを諦めきれないんだな?」

「いいえ、違います」


 リフィスは顔を上げて、国王を見た。


「ヴィンセント殿下のことは、なんとも思っていません。ただ、こんな形で私の人生を決めたくないのです。愛していない方と結婚することはできません」


 怒りに顔を真っ赤にさせた国王は、眼光強くリフィスを睨みつける。


「ではどうしろと? お前がいる限り、ヴィンセントの足かせとなる。あやつは、私がもっとも見込んでいる子なのだ。王としての器を持ち合わせている子なのだ。私とて、苦しいのだ。リフィス、賢いお前ならわかるだろう?」


 最後の言葉は柔らかく諭すような言い方だった。何も知らなかった小さい頃は、ヴィンセントと共に国王に遊んでもらったことがある。まだ、国王が国王になる前の王太子だった時代だ。


「私を国外追放にしてください」


 ジョンが息を飲む音がした。すぐさまリフィスの肩を揺さぶって、リフィスの名を呼ぶ。


「何を言ってるかわかってるのか? 本気なのか?」

「ええ、お父様。もう決めました。望まぬ結婚よりも私は自由の道を選びます」


 ジョンの部屋を出て、国王に会うまでの間で、リフィスの気持ちは定まった。


 ヴィンセントと一緒に育つことも、好きにならないよう仕向けられることも、批判の的になりながら魔法使いになることも、すべて決められた道だった。結婚をしたら、今度は夫に尽くし、夫の決めたことに従い生きていかなくてはいけない。


 もう、誰かの決めた人生を歩むのは嫌だ。


 国王がわなわなと震えながら、壇上を降りリフィスの目の前に立った。


「何不自由なく暮らしてきたお前が、国外追放をされて安寧に暮らしていけるわけがないだろう。他の国は我が国と違い、魔物もはびこっている。親の気持ちも考えるがよい」

「苦労は厭いません。これからは、自分のために生きていきたいのです」


 ずっと一緒に暮らしてきた父親がその言葉聞いて、どう思ったのかリフィスにはわからない。しかし、頭を下げ続けるリフィスの姿を見て、ジョンも静かに国王に向かって頭を下げた。


「陛下、私からもお願いいたします。娘を、国外追放に処してください。陛下から下賜された結婚をお受けしなかった不敬の罪でございます」


 父の言葉に、リフィスは閉じていた目を開いた。長く国に仕えて、国王陛下の命令のままにいつも動いてきた、忠誠心の塊のような人だったはずだ。


「……マリオット、本当にいいのだな」

「何卒」


 横目で同じく頭を下げる父親を見て、リフィスの目から涙が流れた。


 そして、リフィスは国外追放の身となった。

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