第八話 父が毎晩うなされるようになった話 ★★
今回は少し時間が戻り、私が高校生か大学生の頃の話だ。
なのでピチピチJKまたはDKの百亭を(略)
完全な番外編ではないけれど、今回の主役は私じゃなくて父だ。
すでに書いた通り、私の母の家系は祈祷師なもんだから、母も私も姉も昔から目に見えないスピリチュアルな存在をなんとなく信じていた。
父も昔の人だし神仏は「いるんだろうな」レベルで信じていたみたい。
それにおじいちゃんの事も信じてた。
でも本人は幽霊とか見たことないし、そういう世界は自分とは無縁だと思っていたはず。
おじいちゃんの話をここで少し。
おじいちゃんは祈祷師で、拝んだり祓ったりするのがメインだけど、テレビに出てくるスピリチュアルカウンセラーみたいな事もできた。
どんなことかというと、知らないはずの情報を知ってるって感じ。
「えっ、何でそんなことまで知ってるんですか!? ……はい、当たってます……」
みたいなことを言う芸能人を、テレビの占い番組で見たことはないだろうか。
スピリチュアル否定派は事前に入手した情報を話してるだけだとか、占いは統計学だとか言う。
まあ確かになぁ、インチキしてる人もいるかもだけど……本物もいるはず。
おじいちゃんがそうだった。
市松人形の話で出た、おじいちゃんがうちに遊びにきた時のこと。
その日、母の弟である叔父さん夫婦も家にきていた。
叔父さんは結婚相手を連れてきていて、その人はおじいちゃんとは初対面だった。
それなのに、おじいちゃんはまるで映像で見ているかのように、そのお嫁さんの生まれ育った実家の話をし始めた。
紙とペンを持って実家周辺の地図まで書いていた。
こういう透視的なのを父もされた事があるし、他の人にやっているのを見た事があるらしい。
だから父は不思議だなぁと思いつつも、おじいちゃんの力を信じていたというわけだ。
そんな父が、ある時から夢でうなされるようになった。
同じ部屋で寝ている母が父の唸り声で目が覚め、父を起こす。
そんな日が続いた。
見る夢は毎晩同じ。
見知らぬ老婆が、すさまじい形相で首を絞めてくるらしい。
こっっわ!
そんな夢、一度でも見たら私は泣く。
ちなみに私も一度、夜中に目が覚めて父が唸ってるところに遭遇したけど、とても苦しそうだった。
父は幽霊なんかとは無縁に生きてきたし、最初は気にしていなかったみたいだけど……。
悪夢はいつまで経っても終わらない。
そうして、さすがの父も参りだしたころ。
母は自分の兄を頼ることにした。
前にサラッと書いたけど、おじいちゃんは私が中学を卒業する頃に他界してしまった。
そのすぐ後に、伯父さんが後を継ぐ。
これまた前述のとおり、伯父さんは後なんて継ぎたくなかったけど強制的に継がされた。
当時、隣県に住んでいた伯父さんは、我が家につくとお風呂でお経を唱えながら冷水をかぶり、準備を整え、我が家の神棚の前で延々とお経を唱え始めた。
お経を唱える声が大きくて、ビックリしたのを覚えてる。
そうしてひとしきり拝んだ後、伯父さんは「これでもう大丈夫だろう」と言った。
そして、父の悪夢の原因を語った。
まず、父の悪夢の原因は幽霊ではない。
じゃあ何なのかというと…………。
生き霊。
みなさんは生き霊をご存じだろうか?
生きてる人間の念みたいなものだ。
それがまるで幽霊みたいに、本人が強い思いを抱く相手のところにやってくる。
生き霊を飛ばしてる本人にはその自覚はない。
じゃあ、父のところに来ていた生き霊って、だれ?
なんと、父の母らしい。
ただし血は繋がっていない。
父の両親は離婚していて、その後の再婚相手だ。
私の両親は「後妻さん」と呼んでいたから、ここでもそう書く。
父の育った家庭は複雑だ。
というか、父はとても苦労してる。
父は長男で、下に弟が四人いる五人兄弟だった。
だが両親が離婚し、下の弟二人を母親が連れて出て行き、残りの三人が家に残った。
離婚後まもなく後妻さんが嫁いできて……そして、妊娠した。
すると私の父や下の弟たちは、今でいう児童養護施設に預けられてしまったのだった。
時代的に生活が苦しい時期もあったけど、父の父親、つまり私の父方のおじいちゃんは不動産を持っていたから、そこまで貧しいわけじゃないはず。
新しいお嫁さん、つまり後妻さんとの生活に、前妻との子どもたちが邪魔だったというわけだ……。
私の父は施設を出た後、実家に学費だけ援助してもらって、働きながら定時制の高校に通っていた。
昔は夜間の高校に通う人も多くて、父はそこそこレベルの高いところに通っていたそうな。
けれども、あと少しで卒業という時……学費の援助が絶たれてしまった。
それを学校の先生から知らされ、慌てた父は久しぶりに実家を訪れる。
そして必死にお願いしたものの……結果は、ノー。
かくして父は、あとちょっとというところで高校を卒業できず、中卒になってしまったのだった。
ちなみに後妻さんがあのあと出産した男の子は、ちゃんと四年大を卒業している。
つまりさっき書いた通り、父の実家はそこまで困窮していたわけじゃあない。
そんなだから私の父は、実家と絶縁状態だったのだが……。
私が小学校高学年か中学に上がった頃、どういうツテを使ったのか?
後妻さんから我が家に連絡が来た。
父の父親、つまり私の父方のおじいちゃんが脳梗塞だったか、何かの脳の疾患で倒れ、先行き短くなったところで自分の息子たちに会いたくなったらしい。
父も色々思うことはあっただろうけど、昔のことだしと会うことになった。
私も会ったけど、父と顔立ちが似てたなぁ……。
その頃はそのおじいちゃんは杖をつきながらもまだ歩けたけど、その後間もなく他界してしまう。
そんな過去があるから、父が後妻さんを恨むことはあっても、その逆はないはず。
けれども伯父が言うには、後妻さんは毎日仏壇に向かって、私の父に対する恨みつらみを訴えているらしい。
その理由はそれからだいぶ過ぎ、後妻さんの介護が必要になった頃、私の母がよく会うようになってやっと分かった。
後妻さんは百亭一家が羨ましかったらしい。
娘二人に恵まれ、お嫁さん(母)も人当たりが良くて幸せそうに見えたんだとか。
後妻さんの一人息子、つまり私の父と半分血がつながった末の弟も結婚して子どもがいたけど……。
後妻さんは気の強いタイプで、そのお嫁さんとうまく行ってなかった。
さらには、私の父は父親似の面長で、どちらかというと整った顔立ちをしてる。
後妻さんはこの父の顔立ちが、亡き夫に似ていて好きらしい。
一方、後妻さんの息子は後妻さん似で丸顔だ。
そんなだから夫を失い孤独になり、息子夫婦とも仲のよくない後妻さんは、父に嫉妬したんだろう。
その念が生き霊となって、父の元に来たのかもしれない。
え、それなら夢で父の首を絞めていた、見知らぬ老婆って誰よ?
父は後妻さんじゃないって言ってたけどなぁ。
その仕組みは良くわからない。
後妻さんの生き霊が豹変してて同一人物に見えなかったのか、それとも別の理由か……。
そんな感じだし、先代のおじいちゃんならともかく、相手はついこの間まで霊感ゼロだった伯父さんだ。
父は確かにピタリと悪夢を見なくなったけど、半信半疑だった。
私や母も「そんなことがあるのかなぁ?」みたいな。
その頃はまだ後妻さんが生き霊を飛ばす理由が分からなかったし。
せっかく拝んでくれた伯父さんに対して、なんだか失礼な話だな。
そんな伯父さんは、生き霊を祓った後にこう言った。
「少しすれば生き霊を飛ばした本人か、それに近しい者が倒れるから、(生き霊がはね返されたと)分かるぞ」
た、倒れる!?
確かに生き霊っていうのは幽霊と違って、祓ったり成仏させたらハイ終わり、ではない。
生き霊を祓うと、生き霊を飛ばした本人にそれが返って障りが起こると言われている。
まあ呪いみたいなもんか、本人にはね返る呪い返しみたいな?
だから伯父は後妻さんの生き霊が本人に返って、本人かその周りに悪影響が出るって言ったんだろう。
はたして伯父さんの言ったことは実現するのか?
これまた半信半疑で過ごしていた、ある日のこと。
家の電話が鳴った。
出たのは母。
相手は後妻さんだ。
そして告げられたのは、後妻さんの一人息子、つまり父の末の弟が脳梗塞で倒れたという知らせだった──。
その人は中卒の父と違い四年大を卒業して、大きな会社に就職し、そして結婚して子ども二人に恵まれた。
まだ四十前後の働き盛りの頃だ。
本当に伯父さんの言うとおりになった。
ゾッとする百亭一家。
とても偶然とは思えない。
つまりそれは、後妻さんが本当に生き霊を飛ばしていたということになる。
そしてそのせいで、後妻さんの一人息子が脳梗塞に倒れたのか……?
とはいえ、その息子さんは大きな後遺症もなく回復した。
安堵する我が家。
まあ自覚なく生き霊を飛ばした報いとしては、そのくらいがちょうどいいよな、と私は思っていた。
だがしかし。
まもなくして、再び後妻さんの一人息子は脳梗塞に倒れる。
二回目だ。
今度は半身に麻痺が残ってしまった。
障害等級一級に認定されるほどの、重い後遺症だった。
さらには、倒れて入院してる間に奥さんが子どもを連れて家を出てしまい、住んでいたマンションまで売り払って離婚されてしまった。
倒れる前から家庭に何か問題があったのかもしれないけど、入院中に離婚って……。
残ったのは老いた後妻さんと、半身麻痺になったその一人息子。
これら全てが、生き霊を飛ばした報いなのかは分からない。
そうだとしたら、悲惨すぎるし恐ろしすぎる。
だって生き霊を飛ばしたのは本人じゃなくて、その親の後妻さんなんだし。
そうなると、本当に後妻さんが生き霊を飛ばしたのかが気になるところ。
でもそれを本人に確認することはできない。
なぜなら──。
後妻さんはもう、この世の人ではないからだ。




