第六話 深夜に後ろに立つもの ★★★
今回はやっと私の体験談に戻る。
二話あいたから、さっさと本題に入ろう。
これは社会人になって数年目の頃のこと。
まだ家族全員で実家に住んでいた。
時系列で書いてるわけじゃないから一気に年を取ってしまったけれど、どうか美人独身OL・百亭を想像し(略)
私はいわゆる技術職で、忙しい時期はとても忙しい。
ピーク時は毎日終電になったりする。(人によっては徹夜も)
まあ私は乗り換えもあったし乗り過ごしが怖いから、職場には「終電です!」と嘘をついて一本前の電車で帰ってたけど。
終電じゃなくても、そこそこ忙しい時期は帰宅が21時とか22時とかそんな感じ。
ちなみに今も同じ会社で働いているが、産後で時短勤務だから残業とは無縁になって幸せ。
さて、あの頃もそこそこ忙しい時期だった。
帰りが遅いからか?
疲れはてて、スピリチュアルな世界で言うバリア的なものが外れかかっていたのか?
たぶん二年間くらいの話だろうけど、いくつか「おや?」って感じの不思議体験があった。
一つ目は会社帰りの電車に乗っていた時だ。
時間は21時くらい。
車内の座席は全部埋まり、吊り革をつかむ人が少しゆとりを持ってポツポツ立っていた。
今は電子書籍派の私だが、当時は紙媒体の本を好んでいた。
そしてその日、吊り革をつかんで片手で読んでいたのは、私の好きな実録怪談集の文庫本だ。
今なら夜に読むもんじゃない気がするけど、当時は通勤電車の中くらいしかゆっくり読書できないし……。
それに夜でも電車の中なら人がたくさんいて怖くない。
実録怪談集というのは、誰か(もしくは作者)が実際に体験した怖い話や不思議な話を収録したものだ。
だから一話が短い。
私は前の話を読み終わり、次の話を読み始めた。
それはこんな冒頭だった。(記憶を頼りに適当に再現)
『その日、会社帰りに電車に乗っていると、急に電車が減速して緊急停止してしまった。』
その一文を読んだ時、急に横向きの重力を感じた。
倒れそうになって慌てて吊り革にぶら下がり、バランスを取る。
なんと奇遇にも、私が乗ってる電車も緊急停止してしまった。
まあ、すぐに走り出すかなと思いながら、本に目を戻す私。
さっきの一文を読んで話の先が予想できたものの、だからこそ気になる。
『するとまもなく車内放送で「ただいま◯◯駅で人身事故が発生しました」と流れてきた。』
あ、やっぱり人身事故の話だったか。
怪談本で電車が緊急停車したならそうだよねぇ。
そう思った時。
「えー、ただいま△△駅で人身事故が発生しました」
え……。
そんな偶然、ある……?
いやまぁ、あったわけだが。
それに、なにも私が人身事故の怪談話を読んでいたから、現実でも人身事故が起こったわけじゃない。
ただ、なんとなく気味が悪い。
さらに大量の怪談話を読んできた経験上……。
このまま本を読み進めると、人身事故で亡くなった方のご遺体の話が出てくる予感がする。
現実世界でもこの先の遠くない駅で、まさに今、同じ目に遭ってる人がいるってのに……不謹慎すぎやしないか?
というわけで、とてもじゃないけど先を読む気にはなれなくって。
結局その日はもう本を読むのをやめたのだった。
続けてもう一つ。
私は最寄駅から自宅まで十分弱ほど自転車に乗る。
その日も時間は21時を過ぎていたと思う。
かなり冷える冬の夜のことだった。
もうすぐ家だなぁとルンルンで自転車を漕いでいた私。
道は細めで、ひと気は全くない。
そうして緩やかにカーブする細道を通って行った先、ある駐車場の横を通りかかった時だ。
急に現れた人影に、ビクッとした。
駐車場の低いブロックの上に、白っぽいパジャマを着たお婆さんが座っている。
しかも座り方がなんかおかしい。
ブロックは道沿いに並んでる一段か二段くらいのもので、かなり低かった。
その上に膝を伸ばして座り、上半身を前に倒して前屈しているように見えた。
横からみたら平仮名の「つ」の左側が上下くっつく感じ?
だからお婆さんの顔は見えない。
まあ体つきとかで、たぶんお婆さんだろうと思った。
自転車で通り過ぎたから、見たのは数秒。
最初はビックリしたものの、ストレッチで足の裏の筋肉でも伸ばしてんのかなと思った。
でも……よく考えたらなんか変だ……。
こんな夜遅くに、髪の毛真っ白のお年寄りがパジャマ姿でストレッチ?
街灯だけの真っ暗な道沿いで?
しかもお婆さんは長袖ではあるものの、透けそうなくらいに薄いパジャマ姿だった。
こんなに寒いってのに。
なんかおかしい……。
本当に……生きてる人間だろうか……?
そう思ったものの、単に認知症の老人かもしれないし……。
そうでなくても、ほんのちょっと家から出てきただけかもしれないし。
というわけで、私は深く考えないことにした。
だって生きてる人間じゃなかったら、怖いもの。
毎日夜遅くに、一人で通る道だもの!
小ネタはこの二つだけど、それ以外にもこの頃は家の中でやたらと黒いモヤみたいなものを見た。
ふと気づくと視界の隅に黒っぽい煙みたいなものがある。
さっと通り過ぎていくこともあれば、ユラユラしている事もある。
でも「なんだろ? まさかゴキ!?」と慌てて視線を向けると、何もない。
小学生の頃によく見た人影と一緒で、視線を向けると何もないってやつ。
それらも、私は「最近仕事が忙しいし疲れてるんだろうな」と思ってやり過ごしていた。
あれ、なんだったんだろ?
いつの間にか見なくなったけど……。
そんな風に、一つ一つは偶然とか見間違いとか怪異じゃない可能性のあるものばかりだけど、短期間で連続するとだんだん不気味になってくる。
そんなことが続いたある日。
ついにあれが姿を現した──。
その日も帰りが遅かった。
家族はもう二階に行って寝てしまったので、一人で軽く晩ごはんみたいなものを食べ、お風呂に入った。
そして風呂上がり、リビングで綿棒を取って耳掃除をしていた私。
私はリビングのテーブル横で、立ったまま耳掃除をしていた。
家族はもう誰もリビングにいなくて「あ〜疲れたな、早く寝よ」とか思ってた。
耳掃除中の私の視線は、正面のサイドボードと呼ばれる家具に向けられていた。
サイドボードは背の低い収納家具を指すらしい。
昔は下が引き出しとかの収納で、上が全面ガラスになっているタイプが人気だった。
ガラスの中に食器を飾る感じ。
そして我が家のサイドボードは私の胸くらいの高さだった。
だから私がぼんやり見ていたのは、そのサイドボードの大きなガラスに写る私の下半身だ。
季節は夏前後の時期で、私は膝丈のハーフパンツをパジャマ代わりにしていた。
だから膝から下は素足だった。
その左足の近くに、何かが見えた。
私は反射的に視線を向ける。
すると私の脛あたりの後ろから、短い指の間に水かきのある足のようなものが、そーっと出てきた。
そして、ぺたりと床に着地する。
位置的には私のすぐ後ろ、三十センチも離れていない距離だった。
つまり、私のすぐ後ろに何かが立っている──。
ヤバい。
私はすぐさま、その足っぽいものから視線をそらした。
そしてその得体の知れない存在を刺激しないよう、気づかないふりをした。
自然な足どりでリビングを出て、階段を上り、自室に逃げ込む。
その間、もちろん一度も後ろを振り返らない。
アレに背後から襲われるんじゃ? と、気が気じゃなかった。
そうしてなんとか自室に帰りついた私は考えた。
さっきのあれは何だったんだろうと……。
感覚的にはリクガメの足とミドリガメの足を混ぜたような形だった。(亀が好きなもんで細かい)
色はガラス越しだからよく分からないけど、くすんだ緑とかそんな感じだと思う。
足の形は人間みたいに長細いわけじゃなくて、まん丸に近かった。
直径十五センチくらいか?
そして紅葉みたいに短くて太い指の間には、小さな水かき。
それが私に気づかれないよう近づくかのごとく、静かに床を踏み締めたというわけだ。
けれど、私が見たのはその足先だけ。
他の足や胴体は全く見えてない。
私の後ろには隠れられない大きさに思えたけど……。
落ち着いてよく考えても正体が分からないし、それの目的も分からない。
ただただ不気味でゾッとするたけ。
まあ……カメの足に似ているし、カメの妖怪みたいなもんか?
そう思って姉や友達に話したら、カッパじゃないかと言われたけど……。
うーん、カッパはもっと大きな水かきを持ってるんじゃないのかなぁ。
でもカッパのイラストって、実物を元に描いたわけじゃないもんな。
実際はあんな足だったりするのかね?
さすがの事なかれ主義の私も、この妖怪のようなものだけは気のせいでは片付けられなかった。
視界の隅で見たとか、チラッと見ただけならまだしも……少なくとも三秒くらいは凝視していたし、作り物感はゼロで生き物らしい動きをしていた。
ちなみに実家は窓から見えるくらいの所に小さな川が流れてる。
妖怪が住んでるようには思えないけど……って、妖怪が住んでそうな川ってどんなんだか。
あと、実は我が家にはカメがいる。
クサガメというカメで、しかも今回怪異が発生したサイドボードの上に水槽がある。
今もなおご健在だ。
念のために書くと、あの妖怪っぽいものの足はクサガメとは違う。
もしかしてこのクサガメに惹かれてやって来たのかな?
そうなるとやっぱりカッパじゃなくてカメの妖怪だったのかも?
しかしなぁ……。
幽霊ならまだしも、妖怪って!




