第十四話 場に囚われているもの ★★
今回の話は、私が結婚する少し前から結婚直後くらいの話だ。
今まで書いてきた不思議な存在との遭遇は、みんなほぼ一期一会。
今回はそれらと違って、特定の場所で何度も発生した不思議体験をいくつか書こうと思う。
特定の場所で何度でも発生する怪異……。
それはつまり、怪異を起こしてる存在が、その場所に囚われているってことだと思う。
はっきり言っちゃえば、そう、地縛霊。
時系列が前後するけど、最初に結婚直後の話を書こうと思う。
私が夫と結婚して住み始めたのは、とある駅からほど近い古いマンションだった。
鉄骨鉄筋だからしっかりしてるけど、築20年以上経ってる。
私はチワワを飼っていたから、駅近でペットOKとなると、こういう古いマンションになる。
でも中は綺麗にリフォームされてたし、部屋数も多かった。
駅からの道も歩道が広いし、駅からもほど近い。
通勤時間も実家にいた時より短くなって住みやすかった。
そんな新居は、第九話の最後の方に少し書いた通り、私の部屋の電気がついたり消えたりすることがあった。
部屋でのんびり過ごしてると、急に電気が消える。
そして少し待つと、だいたい点く。
パチパチっとまたたくときもあった。
部屋はダイニングの隣で、だいたいダイニングの電気をつけっぱなしにしてたから、ものすごく怖くなることはなかった。
でも急に消えるとドキッとする。
これは……古いマンションだから、基盤が壊れかけてたのかなぁ?
あとは蛍光灯が古かったか?
部屋で起こった不思議現象ぽいのはこれだけだ。
でも……少しして、ある事に気づいた。
駅からマンションへの道はほぼ真っ直ぐ。
最後に大通りを渡った右側にマンションが建っていた。
だから大通りに着く前から、マンションの正面が見える。
ある日、もう少しで大通りというところで、ふとマンションのエントランスに人がいるのが見えた。
男の人で、服装はスーツとかじゃなくて、大学生か何かの配達の人っぽい。
エレベーターは一基しかなくて狭いし、一緒になりたくないなぁ……。
でもこの距離なら大通りを渡ってる間に、先に乗ってるかな?
案の定、私がエントランスに着く頃には誰もいなくなっていた。
その翌日。
またもや同じ人が、エントランスに立っていた。
しかも、まったく同じ服装に見える。
あれ?
と思ったけど、配達の人ならあり得るかと納得。
そして今回も私がエントランスに着く頃にはいない。
それだけでは終わらなかった。
その次の日も、その次の日も──。
その男の人らしきものは、毎日エントランスに立っていた。
まったく同じ服装と同じポーズで。
私は「さすがになにかを見間違えてるんだろうな」と思って、頑張って観察したけど……。
よく分からない。
エントランスはそんなに広くなくて、大通りに近づくと角度が変わってエントランスの中自体が見えなくなる。
だから男の人っぽいのが見えるギリギリの距離だと、それなりに離れてて細部が見えない。
それは引っ越しするまで続いた。
あんまり深く考えすぎると怖くなって家に帰れなくなるから、いつも「いや見間違いだって」と自分に言い聞かせていた。
あれは本当に人の姿だったのかなぁ?
いつも斜め後ろの立ち姿だったけど……顔が見える角度じゃなくて良かった、本当に。
次に移ろう。
今度は結婚するより少し前の、職場での話だ。
仕事をしている時は昼間だし、明るいし、人もたくさんいるし、怖がりの私もさすがに「なんか出そう……こわっ!」って事にはならない。
だから長年、そういう存在を意識することなく仕事してきたわけだが、ある時期に二つの不思議現象に遭遇した。
一つ目。
始まりは些細なことだった。
舞台は女子トイレ。
私の仕事は技術職だから、男女比がバランス悪くて女性が少なめ。
だから男子トイレはいつも大盛況らしいけど、女子トイレはそこまでじゃない。
トイレに行ったら誰もいない、なんてのはざら。
私の職場のトイレは自動洗浄だ。
便座に座って用を済ませて立ち上がると、ほどなくして勝手に水が流れるやつ。
ある日、私は手洗い場の横の鏡の前で、身だしなみを整えていた。
ジャーー。
個室の方から水の流れる音がする。
あれ?
トイレに自分しかいないと思ったんだけど……。
トイレの個室は三つしかない。
見れば、やっぱり全部のドアが開いてる。
じゃあ、何かでたまたまセンサーが誤作動したのかな?
最初はそう思ったのだけど、この現象はそれ以降もちょくちょく起こった。
一人でトイレで油断してると、急に水が流れてビックリする。
誤作動って、そんなに起こるもんなの……?
ビル内で席のフロア移動が多いから、少ししたら別の階に引っ越してしまったけど……。
今もあの階では勝手に水が流れているのかなぁ?
少なくとも他のフロアでは、この現象に出くわしたことはない。
まあ、たまたまこの階の便座が故障気味だったのかもしれないな。
でもそうでない場合……人ではない何者かが女子トイレに囚われているって事になる。
トイレは無防備になるところだから、とても怖いし他に移動してほしいもんだ。
そういえば、男子トイレで人が倒れてたって噂は聞いたことあるけど(その後の生死不明)、女子トイレはなぁ……。
まあ職業柄、忙しすぎて精神を病んで休職したり退職する人も多いから、あるとしたらそういう方向か?
二つ目も、その勝手に水が流れるトイレと同じフロアでの話。
その日の私はいつも通り椅子に座り、パソコンを覗き込んで仕事していた。
すると、誰かが私のすぐ右隣に立ってるのに気づいた。
「はいっ…………あれ?」
私に用事があるのかと思ってそちらを振り返るも、誰もいない。
隣の席のおじさんが、静かに仕事してるのが見えるだけ。
「今、誰かここにいませんでした?」
「いや?」
その日は勘違いかと思ってそれっきり。
けれども、この私の右横に立つ何者かは、その後も毎日のように現れた。
意識してる時には現れない。
集中して仕事しててふと息をついた時や、眠くて居眠りしかけた時とかに、立ってる。
小さい頃から良くある、視界の端に見えるってやつだ。
でもいざ視線を向けると、誰もいない。
服装からするとおじさんっぽく見えた。
でも位置が近すぎるから、顔は見えない。
あまりにも何度も見えるもんだから、そっちに人に見える何かがあるんじゃないかと思ったけど……何もない。
少し離れたところに隣の席のおじさんが座ってるだけで、いくら観察しても見間違えるようなものはなかった。
ある時、またそれが立ってるのが視界の隅に映った。
ここで視線を向ければ、いつもどおり消えてしまう。
だから私は視線をパソコンに向けたままにして、隣に立つ誰かを観察する事にした。
周辺視野ってやつだ。
視界の中心以外も、意識を集中すれば少しだけよく見える。
すると、私の隣に立っている何者かは、白いシャツに明るいグレーのズボンをはいた、年配男性のように見えた。
すごい近くに立ってるから、胸の下からズボンの股の下あたりまでしか見えない。
年配の男性によくいる、普通体型か痩せ型で、お腹周りだけ少し出てるタイプ。
そのお腹のところで、大きめのスーツのズボンを黒っぽいベルトで留めている。
ズボンはウエストに合わせたサイズで大きいから、ストンと下に落ちる感じ。
シャツも体に沿わずゆとりがあって、若い男性が着るのとはちょっと違う。
そうやってじっくり観察しているうちに、視線を向けてしまったのか?
そのおじさんは、かき消えるようにして見えなくなった。
そのおじさんはその後も変わらなく現れたけど、結局、席替えするまでその正体は分からなかった。
もしこれが自宅でのことだったら、私は怖くてパニック状態だったかもしれない……。
でも職場の広〜いフロアの中、周りにはたくさん人がいる。
だからそこまで怖くない。
それにぜんぜん動かないしね。
少し不気味ではあったけど。
なにせ、ひじを少し動かせば、触れちゃうくらいの距離だ。
あの人は一体、誰だったんだろ?
あれだけ毎日立ってるってことは、私に用があるというより、あの場所に何かがあるのかな。
ということは、やっぱり地縛霊か?
そう思ったけど、一つだけ気になることがある。
私の横に立つおじさんは、背を伸ばして立ってるように見える。
つまり私を覗き込んでるわけじゃない。
てかそんなことをされてたら、私は怖すぎて通勤できん。
そのおじさんはもしかしたら……私の向かいの席を見てるのかもしれないなぁと考えた。
じゃあ、その向かいに座っていた人とは──。
実は、今の私の夫だ。
夫よ、よく分からんおじさんに、毎日ずーっと見つめられていたよ!




