第十一話 生まれくる命と去りゆく命 前編 ★★
今回は長くなったので、初の前後編で。
これはちょうど三年半ほど前、私が第一子を妊娠したところから始まる。
もうだいぶ歳がいってるけど、可愛らしい妊婦・百亭を(略)
姉は私より数年早く結婚していたけど、子どもは「まあできたらいいな」くらいで、猫を二匹飼って夫婦仲良く暮らしていた。
一方、私の夫は子どもが好きで、
「できれば二人欲しい、しかも男二人兄弟がいい!」
と、結婚前から子どもを望んでいた。
なもんで、うちの両親にとっての初孫は私の子どもになった。
姉夫婦と両親と、みんなで焼肉店でランチを食べた日。
妊娠を伝えた時の両親の様子は忘れられない。
母は「わあ! ほんとぉ? おめでと〜!」と、とても喜んでパチパチと拍手してた。
一方、父は……。
実は父は照れ屋だ。
おしゃべり好きでお調子者で陽気な人だけど、こういう時は照れちゃってリアクションが取れない。
だから不自然なくらいにさっさと別の話題に移そうとしてた。
けれども父は家に帰ってから、母に「あのねぇ、お父さんにも孫が生まれるんだよ」(母も知ってるがな)と嬉しそうに話していたらしい。
そんな感じで始まった第一子妊娠だけど、前に少し書いた通り、私は母譲りでつわりが重かった……。
しかも妊娠初期に大量出血(もうダメかと思った)したり、妊娠後期に切迫早産になって家で寝たきりになったり、逆子が直らなかったりと、トラブル続きだった。
出産予定日は7月15日。
そして百亭夫婦は出産に合わせて新居を建てていて、出産前の6月下旬に引っ越しをする予定だったのだけど……。
しかし6月になっても、ぜんぜん逆子が直らない。
そして切迫早産(子宮口が空きやすくなる=産まれちゃう)で、もういつ産まれてもおかしくない状況だった。
逆子はそのまま生まれてくると腕が引っかかったりして危険だ。
だから帝王切開での出産になる。
となると陣痛が来てしまう前に産まないといけないし、そうでなくても私は早産の兆候がバリバリだ。
だからギリギリだったけど、引越し直後に手術の予定を入れた。
そしてあれは引っ越しの1週間ちょい前。
ちょうど新居の引き渡しの日だった。
朝早くに胎動で起こされ、布団の中でスマホをいじっていた私。
逆子なもんで、お腹の中の子は元気に私の下腹部を蹴っていた。
その何度目かのキックの時。
バチン!
急に身体の中で音がして、みるみる下半身が濡れていく。
そう、破水だ。
「早くない!? しかもこんな日に!?」
と、私も夫も焦った……。
特に夫は不動産屋に電話したりと大慌てだ。
しかも引っ越し前だから病院までちょっと距離がある。
緊急で帝王切開をする頃には、だいぶ陣痛も進んでいた……痛いがな!
陣痛の合間に手術の準備を進め、そして生まれたのがちょうどぴったり10時。
赤ちゃんが産まれた後に乗せられるベッドには、産まれた日時や身長体重が書いてあるんだけど、夫が、
「うちだけ10時ぴったりなんだけど、丸められてない?」
と心配したほど。
安心してくれ、私もお腹をかっさばかれた状態で時計を見たから間違いない。
そうして新居の引き渡しという忙しい日に、自分でさっさと出てきた我が家の長男。
早産だったけど、それなりの体重があって元気な赤ちゃんだった。
一週間ちょっと入院したのち、退院時は車で遠回りして私の実家に少し顔を出して、両親にも息子に会ってもらった。
その時の息子は眠ってたけど、父は「口をモチャモチャ動かしてて可愛かったなぁ」と、これまた後で嬉しそうに母に言っていたらしい。
新生児との生活はけっこう大変だ。
詳しくは書かないけどまとまって寝られないし、授乳は痛いし。
そんなこんなで過ごしていた7月の中旬のある真夜中。
ちょうど日付が変わる頃だった。
スマホに母から着信があった。
それは──。
父が倒れたという知らせだった。
病名は心筋梗塞。
思い返せば前兆はあった。
そもそも父は甘いものが大好きで、長年糖尿病だ。
年明け頃から、母は最近の父はあまりご飯を食べないと心配していた。
もともと両親は晩婚で、しかも父の方が年上。
年齢的にも、いつそうなってもおかしくない。
私は産前からバタバタだったから、気にしつつも歳のせいかなと話していたのだけど……。
ちなみに父は病院が嫌いだ。
過去に大病をして手術したこともあるけど、入院も手術も、もう嫌だと常日頃から言っていた。
そんな父は倒れてから数日後、そのまま意識が戻ることなく旅立った。
命日は、7月15日。
そう、息子の出産予定日だった。
切迫早産と逆子のコンボでやたらと早く産まれてきた息子だけど、普通、初産は予定日より遅く産まれがちだ。
だから、もし逆子でなかったら……。
もし、切迫早産でなかったら……。
もし何もなく妊娠が順調に進んで、出産予定日前後に産まれていたら、父は初孫に会えぬまま旅立っていただろう。
だからきっと息子は色々察して、早く産まれてきてくれたんだと思う。
最初は「早すぎるよ!」なんて思ってごめんよ!
てな感じでここで終われば、単なるしんみり話だ。
タイトルの★★って何? ってなる。
だから本題はここから。
やけに長い前振りで申し訳ない!
新生児を抱えたまま父を送り出して、二週間ほど。
ようやく悲しみが少し癒え始めた頃だった。
我が家で、怪異っぽい現象が頻発するようになった。
新居にはリビング横に小部屋があり、そこにベビーベッドを置いて、私はその横に布団を敷いて寝ていた。
リビングとの間の扉は開けっぱなし。
ある日の昼間、布団の上で息子に授乳をしていたら、
ピッ!
リビングの電気がついた。
リモコンは布団の枕元に置いていたけど、触れてはない……。
その時は、たまたま何かの誤作動だろうと思った。
しかしその数日後、今度は勝手にテレビがついた。
今回もリモコンは手が届かないところにあったのに。
こんなことが、ちょくちょく起こるようになった。
実は結婚するちょい前から、私はチワワを飼っている。
電気がついたりテレビがついたりしても、このチワワはのんびり寝てる。
よく動物は目に見えない存在に敏感だっていうけど……。
ちなみに、テレビが勝手についた時、チワワが床にあるリモコンを踏んでつけたのかと思った。
でもリモコンをテーブルの上に置いてても、勝手につく。
こういうリモコンの誤作動は、近所の家からの電波によるものだっていう説がある。
この家には引っ越してきたばかりだし、そういうもんなのかなと思っていた。
でも半分は……。
もしかして、父かも?
と思ってた。
そうだとしたら、そこまで怖くない……気がする。
びっくりするけどね!
けれども、起こった怪異は電気やテレビがつくだけじゃなかった。
あれは息子の生後1ヶ月が過ぎた頃。
私は初めて抱っこ紐で息子を抱っこしてみた。
フニャフニャの身体を縦にして抱っこするのは、慣れないうちは超緊張。
それでも無事に抱っこでき、「初めての抱っこ姿を写真に撮って夫に送ろう!」と思いついた。
洗面所に行って鏡の前に立ち、それをスマホでカメラに収める。
二枚ほど撮って、どんな感じかチェックして……。
「え……?」
写真の選択画面を見ると、二枚目の写真がなんかおかしい。
その写真をアップにして、ゾワっとした。
鏡を見ながら写真を撮ったつもりなんだけど、二枚目の写真はスマホを見ていた。
ただし、左目だけ。
右目は真っ直ぐ鏡を見てるのに、左目は目を伏せてスマホを見いてる。
自分の顔なのに、気持ち悪い。
私は反射的にスマホの画面を切り替え、さっさとリビングに戻った。
そして息子を抱っこ紐から下ろしてベッドに寝かせ、ドキドキしながら考える。
普通に考えて、人間は左右の目で別々のものを見ることはできない。
てことは、可能性としては写真が顔の右と左でズレた、つまりタイムラグが発生したってことだ。
ネットで色々調べると画像は端から処理していくから、ズレることもあり得る、って感じだったと思う。
しかし……人が撮ってくれた写真ならともかく、自分で撮ったものだ。
シャッターが下りるタイミングでうっかり下を見た、なんてことある?
しかも、ちょうど顔の真ん中でズレたってこと……?
う〜ん。
まあ、なんでも怪異に結びつけるのは危険だ。
きっと、たまたまそうなったんだろう。
そうは思っても気持ちが悪い。
でも写真は消さずに取ってある。
いつか原因が分かるかもしれないし……。
そうして偶然で済ませたのだけど、怪異はまだ続いた。
はたしてそれらすべて、本当に父の仕業なのか?
その答えは、後編で──。




