修行
「君が何も考えずに安請け合いをするから、僕の人生は滅茶苦茶だよ」
山の景色を眺めながら、レンがポツリと呟く。
ヒカリから頼まれて、神様から妖怪になった者達を訪ねることになったのだが、彼女は今回も「ハルト君とレン君にお願いがあるの」と言ってから話し始めたらしい。
その時に俺が「もちろん」と答えたせいで、二人とも承諾したことになり、再びレンを巻き込んでしまったのだ。
そして今、俺達は高校を休学して、人里離れた山の麓にある小屋で暮らしている。
この小屋はケンジさんという人の住処で、俺はしばらくここで修行をすることになったのだ。
ヒカリの話によると、元神様の妖怪はくせ者揃いで、協力を要請した場合に無理難題を押し付けてきたり、こちらの力を試すために戦いを挑んできたりすることがあるらしい。
そこでヒカリから
「ある程度の実力が無いと相手にしてもらえないから、ハルト君には封印の術だけでなく、攻撃の術も使えるようになってほしいの」
とお願いされた。
そうなると学校なんか行っている場合ではないし、術を教えてくれる師匠も探さなくてはいけない。
母さんに連絡して事情を説明すると、ケンジさんという人を紹介してくれた。
ケンジさんは妖怪退治を生業としていて、父さんとは長い付き合いだったようだ。
彼はそこそこ有名なユーチューバーでもあり、妖怪について面白おかしく語った動画を公開している。
俺達が修行の依頼をするために会いに行くと、ケンジさんはイケメンのレンに目をつけた。
そして、レンが動画に出演するという条件で、俺の修行を引き受けてくれたのだ。
母さんは若い頃、家族が妖怪に取り憑かれて恐ろしい目に遭い、父さんに助けてもらったという経緯がある。
だから妖怪退治の仕事に敬意を払っているし、俺が父さんの後を継ぐと決めた時にも反対しなかった。
父さんが俺に仕事を手伝わせるようになった頃から、覚悟を決めていたらしい。
ケンジさんのところへ出発する日、母さんは目に涙を溜めながらも
「頑張ってね」
と無理に笑顔を浮かべて俺を送り出してくれた。
姉のユカリからは、
「次に帰ってくる時は、絶対に妖怪を連れてこないでよ」
と何度も念を押された。
この前の妖怪達が相当トラウマになったようだ。
ミサキには、俺が休学して修行をすると告げて以来、電話もメールも無視されている。
何を怒っているのか知らないが、しばらく会えなくなるのに見送りにも来ないなんて、本当に薄情な奴だよ。
それよりも残念なのは、ヒカリと同棲する話がなくなってしまったことだ。
俺は彼女も修行に同行するとばかり思っていたのに
「術が使えるようになったら迎えに行くね」
と言ったきり、姿を見せなくなってしまった。
早く修行を終えてヒカリに会いたい。
しかしケンジさんは動画の制作に夢中で、なかなか俺の修行をしてくれない。
レンが動画に出演するようになってからチャンネル登録者数が増えたらしく、次々と撮影しては何時間もかけて編集作業をしている。
その間は、体力作りと称してスクワットや走り込み、そして筋トレくらいしか指示してもらえなかった。
「ケンジさん、そろそろ術を教えてよ」
俺がしつこくせがむと、彼はようやく動画の制作を中断して、面倒臭そうに術を一つ教えてくれた。
「それじゃ、指をまずこういう形にして……次はこうして、最後にこう」
ケンジさんは両手の指を複雑な形に組み、次々と変化させていく。
そして最後の形を保ったまま
「唵 阿毘羅吽欠 娑婆呵」
と高らかに唱え、大きな木に向かって組んだ手を突き出した。
晴れた空の雲間から稲光りが見えたかと思うと、次の瞬間には大木が真っ二つに裂けて燃え上がる。
直後に雨が降り注いで火が消え、燃えかすは突風にさらわれて大地に散った。
「ヤバっ」
語彙力の無い俺は、それしか言葉が出てこない。
レンは目を見開いて立ち尽くしている。
「さっきみたいに手指で特別な形をつくることを『印を結ぶ』というんだ。『唵 阿毘羅吽欠 娑婆呵』と唱えながら印を結ぶことで『地水火風空』の力を取り込み、術として放つことが出来る」
ケンジさんが何やら難しいことを言い始めた。
俺は途中から全然頭に入ってこなかったが、レンは聞き入っている。
「術というのは、長い修行の末にようやく使えるようになるものなんだ。教えたからと言ってすぐに身につくわけじゃない。試しにやってごらん。どれだけ難しいかが分かるから」
ケンジさんにそう言われて、俺は挑戦する気満々だったのだが、手指の形も呪文も全く覚えていなかった。
どうにか頼み込んでもう一度やってもらい、レンがそれを携帯で撮影する。
「あの人、たぶん真面目に修行してくれる気なんか無いよ。別の人を探した方がいい」
携帯を手渡しながら、レンが俺に耳打ちした。
他を探すって言っても、当てなんか無いしなぁ。
俺は動画を繰り返し見ながら、とりあえずやってみることにした。
ぎこちなく手指を動かしながら印を結び
「唵 阿毘羅吽欠 娑婆呵」
と声を張り上げて唱える。
すると急に空が真っ暗になり、雷鳴が轟く。
轟音と共に稲妻が走り、少し離れたとこにある巨木を直撃した。
巨木は燃え上がり、辺りを赤く照らす。
すぐに豪雨が降り出して鎮火すると、竜巻が起こり、炭となった巨木の残骸をどこかへ運び去っていく。
「……俺、凄くない?」
あまりの破壊力に戸惑いながらも、俺はケンジさんとレンに向かってドヤ顔をした。
「そんなバカな……」
ケンジさんは目の前で起きたことが、まだ信じられないようだ。
レンは立っていられなくなったようで、地面にしゃがみ込む。
そして、青い顔をしながら
「どうしてヒカリが君を仲間に引き込もうとしているのか、その理由がよく分かったよ」
と言った。