表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/31

生贄

 妖怪達がヒカリの仲間だと分かって安心したが、出来れば彼らにはお引き取り願いたい。


「あの……ヒカリちゃんのことは大歓迎なんだけど、他の妖怪達には帰ってもらえないかな」


 俺が頼むと、ヒカリは悲しそうな顔でうつむく。


「いや、俺は全然大丈夫なんだけど、姉ちゃんと母さんが怖がっちゃうんだよね。ほら、二人は妖怪に免疫が無いからさ。いやホント、俺は全然平気なんだけどね。姉ちゃんと母さんがね……」

 ヒカリに嫌われたくなくて、俺は必死に言い(つくろ)った。


「この子も二階にいる妖怪達も、私の大切な仲間なの。むやみに人を襲ったりしないし、お行儀だっていいのよ」

 ヒカリは切々(せつせつ)と俺に訴えてくる。


 どうしたものかと頭を悩ませていると、メールの着信音が鳴った。

 携帯を見ると、姉のユカリからだ。


 俺を(おとり)にして逃げた後、母さんを連れてタクシーで(ばあ)ちゃんの家まで行ったらしい。


 携帯しか持っていなかったユカリは

「パジャマで出てきちゃったし、お婆ちゃんにタクシー代を立て替えてもらったから、無事なら財布と着替えを届けて」

 と連絡してきた。


「俺は無事だけど、妖怪はまだ家に居座っている」

 と送信したら

「妖怪がいなくなるまで帰らない」

 と返信がきた。


 メールの内容を伝えると、ヒカリは嬉しそうに俺の手を握る。

「それなら、このまま妖怪を家に置いておけば、ずっと一緒に暮らせるね」


 女の子から手を握られるなんて、幼稚園の遠足以来だったから、俺はすっかり舞い上がってしまった。


 ヒカリは可愛いし、妖怪達も害は無いと言っていたから、しばらく同棲生活を楽しもうかな。


 能天気な俺は、早くもこの状況に順応しようとしていた。


 俺がヒカリとの甘い生活を想像してニヤけていると、玄関のチャイムが鳴った。


 時計の針は七時半を指している。幼馴染のミサキが迎えに来る時間だ。


 ヤバい。まだ着替えてすらいないぞ。


 俺が焦っていると、玄関のドアが開いてミサキの元気な声が耳に飛び込んでくる。


「早くしてよ! 遅刻しちゃうじゃん」


 俺は走って玄関まで行き、しどろもどろで言い訳をした。

「悪いんだけど今日は先に行ってて。寝坊しちゃってさ」


「は? あんた、今度の定期テストでも点数取れなかったら留年だよ? バカなんだから授業くらい真面目に受けて、先生に『頑張ってますアピール』しなさいよ。遅刻とかしてる場合じゃないから!」


 ショートカットでボーイッシュなミサキは、顔だけ見れば可愛い方だ。でも、とんでもなく気が強い。


 ミサキに怒られながら俺が項垂(うなだ)れていると

「その人、誰?」

 とヒカリが顔を見せた。


 ミサキの顔が急に険しくなり

「あんたこそ誰よ」

 とヒカリに尋ねる。


 ヒカリは

「怖ぁい」

 と言って俺の背に隠れた。


 ミサキがカッとなって大声を出す。

「はあ? 何なのそいつ! ハルトから離れなさいよ!」


 ミサキは今にもヒカリに掴みかかりそうだったが、俺達の背後に目を向けた途端、悲鳴を上げて逃げ出そうとした。


 よほど慌てていたのか、ミサキは凄い勢いで閉まっている玄関のドアに激突してしまい、気を失って床に倒れこむ。


 振り向くと、ユカリの部屋にいた巨大なムカデがウネウネと(うごめ)いていた。


 全身に鳥肌が立ち、悲鳴が喉まで出かかったが、ヒカリの前でカッコ悪い姿を見せるわけにはいかない。

 俺は必死に平静を装った。


 ミサキをそのままにしておくわけにもいかず、抱きかかえてリビングまで運び、とりあえずソファに寝かせる。


 何だか朝から疲れてしまって、学校へ行く気力が湧かない。


 今日は数学があるんだよなぁ。

 テストに出す単元をやるって言ってた気がする。

 休んだらまずいよなぁ。

 まぁ、授業受けてもよく分かんないから同じか。


 よし! まずは朝ごはんを食べて落ち着こう!


 俺の長所は切り替えの早さだ。

 ヒカリに、トーストと納豆ごはんのどちらが良いか聞こうとしたところで、携帯に着信が入る。


 誰かと思ったらレンだ。

 電話に出た俺に、レンはいきなり尋ねた。

「あの後どうなった?」


 妖怪屋敷と化した家で、ヒカリと同棲することになったと告げると、レンは黙り込んでしまった。


 電話の向こうから、駅のアナウンスが聞こえてくる。

 きっと学校へ行く途中なのだろう。


 俺は早く朝ごはんを食べたかったので

「それじゃあ、また」

 と言って電話を切ろうとした。


「待って! 今からそっちに行くよ」

 レンはそう言って家の住所を聞いてきた。


 何しに来んの?

 と思ったけれど、レンは賢そうだから、ムカデと一つ目の一角獣(いっかくじゅう)を追い出す知恵を貸してくれるかもしれない。


 難しいことはレンに考えてもらおう。

 そう思いついた俺は、彼に家の住所を教えて来てもらうことにした。


 レンを待っている間にパンを焼き、ミルクを温める。

 ヒカリとトーストをかじりながら、俺は新婚気分を満喫した。


 しばらくしてレンが到着すると、玄関にいたムカデが俺より先にお出迎えしていた。


 レンは顔をひきつらせながら後ずさりしたが、深呼吸を一つすると、覚悟を決めたように靴を脱いで家に上がった。


 二階にいる一つ目の一角獣と、俺の部屋にぶら下がっているミノムシっぽい奴、それからソファに横たわるミサキを見てまわるうちに、彼の顔色はどんどん悪くなっていく。


 貧血気味なのかなと思った俺は、レンに椅子を勧めた。

「レバーを食べるといいよ」

 とアドバイスしてやったが、俺の言葉など耳に入らない様子で頭を抱えている。


 スーパーの惣菜コーナーでレバニラでも買ってきてやろうかと考えていると、レンが顔を上げてヒカリに話しかけた。


「目的は何?」

 レンはヒカリを真っ直ぐに見つめている。


 何だこいつ?

 いきなり人の家に来て、お前の目的こそ何だよ。

 俺の将来の嫁に、馴々(なれなれ)しくしないで欲しい。


 俺は二人の間に割って入ろうとしたが、ヒカリはそれを手で制した。


「もうすぐ、ある妖怪の封印が解けるはずなの。だけど、時間も場所も正確には分からない。私は、彼のことを誰よりも先に見つけなければならない。再び封印されることがないように。そして……彼の命を(ねら)う者に、先を越されることがないように」


 何か、ややこしい話になってきたぞ。

 しかも「彼」って言ってる。

 まさか……元彼?


 不安に思っていると、レンが俺の知りたかったことを聞いてくれた。


「その彼っていうのは、何者?」


「私の父親」


 ヒカリの答えに、俺は心底ホッとした。


「ヒカリちゃん! 頑張って一緒にお父さんを探そうね!」


 晴れやかな笑みを浮かべる俺とは対照的に、レンの顔は曇ったままだ。


「ありがとう、ハルト君。早速なんだけど、私のお願いを一つ聞いてくれる?」


「何でも言って!」


「父の復活に(そな)えて、生贄(いけにえ)がたくさん必要になるの。だからそこにいる女の子を、生贄の一人として使わせてもらってもいいかしら?」


 ヒカリはミサキを指差しながら(あや)しく微笑んだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 流石に主人公がバカ過ぎん?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ