帰還
面を付けた男に手を引かれて歩く俺を見ながら、ヒカリは杖をこちらに向けて身構えた。
レンもリュックから御札を取り出す。
お互いの表情が見える距離まで近付くと、面を付けた男が口を開いた。
「出口まで案内する」
それだけ言うと、俺の手を引いたまま再び歩き出す。
やはり父さんの声に似ている。
でも「『底根の国』は死者の国ではない」とヒカリが言っていた。
もし面を付けた男が死んだ父さんだとしたら、どうして底根の国にいるんだろう。
聞きたいことは山ほどあったが、話し声で底根の国の住人を呼び寄せてしまうかもしれないと思うと、気軽に声をかけられなかった。
後ろを振り返ると、ヒカリとレンが訝しげな顔で付いてくる。
俺は二人に「大丈夫だ」と伝えたくて、空いている方の手でお面の男を指差してから人差し指と親指で輪っかを作り、オーケーサインを出した。
それを見てヒカリは少し微笑んだが、レンは警戒した表情のまま御札を握りしめている。
歩きながら「罠かもしれない」とか「父さんのふりをした敵かもしれない」とか色々と考えたが、繋いだ手のひらから伝わる温もりは、全ての疑念を吹き飛ばすくらいの安心感を俺に与えてくれた。
途方もなく長い道のりを歩き続け、最後に急な坂を上ったところで、ようやく面を付けた男が立ち止まる。
目の前には巨大な岩があり、隙間から僅かに明かりが差し込んでいる。
男はヒカリとレンに向かって
「杖で隙間をこじ開け、外に出たら御札で塞げ」
と指示すると、今度は俺にだけ聞こえるように耳元に口を寄せ
「古文書を彼女に渡せ」
と言ってヒカリを指差し、次にレンを指し示しながら
「彼から目を離すな」
と語気を強めた。
話し終えた男は、すぐに踵を返して闇の中へと消えていく。
俺は思わず大きな声で呼びかけた。
「父さん! 父さんなんでしょ?! どうしてここにいるの?」
レンが慌てて俺の口を塞ぎ
「大声を出すな! 底根の国の住人に襲われるぞ!」
と俺より大きな声で怒鳴った。
俺達が揉めている間に、面を付けた男はいなくなり、代わりにガサガサと音を立てて何者かが近付いてくる気配がする。
「こっちよ! 早くして!!」
杖で隙間をこじ開けているヒカリに呼ばれて、俺とレンは猛ダッシュでそちらに向かった。
間一髪で隙間を通り抜け、レンに差し出された御札でヒカリが隙間を塞ぐ。
ヒカリは地面に座り込む俺とレンを見ながら
「あなた達には休息が必要みたいね」
と言って空間を切り裂き、俺達をケンジさんの家まで送り届けてくれた。
俺が洗面所で手を洗ってからリビングに入ると、ケンジさんが腕を組みながらソファに座っている。
その向かい側では、レンが床の上に正座していた。
ヒカリはどこかへ行ってしまったのか、姿が見えない。
「ハルト君もレン君の隣に正座して」
ケンジさんは何だかとても怒っているようだ。
俺は訳がわからないまま、とりあえず言われた通りにする。
「レン君から事情は聞いたけれど、何も言わずにいなくなるのはやめてくれ。携帯も繋がらないし、俺や君達の家族がどれだけ心配したか分かるか? 大体、半年も音信不通だなんてーー」
「半年?! そんなまさか……せいぜい半日くらいしか留守にしていないはずだよ!」
俺がお説教の途中で口を挟むと、レンが携帯の画面を見せてくる。
そこには、俺達が出かけた日から半年以上経過した日付が表示されていた。
「たぶん『底根の国』は時間の流れが違うんだと思う。向こうにいた数時間のうちに、こちらでは数ヶ月が過ぎていたんだ」
レンに言われて、俺は目を丸くした。
「すげえ! 浦島太郎みたいじゃん!」
という俺の発言に、ケンジさんがテーブルを叩いてブチ切れる。
「ふざけるなよ! とにかく今すぐ家族に連絡して、顔を見せに帰ること! それから、今後は必ず『どこで、誰と、何をして、いつ戻るのか』を俺に報告するように!」
俺とレンはケンジさんに謝った後、自分達の荷物がある部屋へと移動した。
俺達はこれまでの出来事について話し合い、レンが状況を整理する。
「要石を傷付けて僕達を誘き出したのは、たぶんヒカリと敵対している天狗だろうな。それから底根の国で助けてくれたのは、ハルトの言う通り亡くなったお父さんなんだと思う」
レンは話をまとめてから、俺に尋ねた。
「別れ際に、ハルトのお父さんが僕とヒカリを指差して何か耳打ちしていた気がするんだけど……何て言っていたの?」
「ああ、あれはヒカリちゃんに古文書を渡すようにってことと、それからーー」
俺はそこまで言いかけて口をつぐんだ。
父さんに言われたことをそのまま伝えたら、まるでレンを疑っているかのように聞こえるんじゃないかと思ったからだ。
「何? 言いにくいこと?」
レンが表情を曇らせる。
少し迷ったけれど、隠し事をする方が傷つけるような気がして、俺は正直に話すことにした。
「レンから目を離すなって言われた。何か心当たりはある?」
俺の問いかけに、レンは首を振る。それから真剣な眼差しでこちらを見た。
「ハルトも僕を疑っているの?」
「まさか。そう思われるのが嫌だったから言うのを迷ったんだよ。レンのことは信じているに決まっているだろ!」
怒ったように言う俺に
「どうして信じてくれるの?」
とレンが質問を重ねる。
「そりゃあ、友達だからだよ。友達のことを疑う奴なんていないだろ?」
当たり前じゃないかと思いながら俺が答えると、レンは
「ハルトらしい考え方だね」
と言って目を細めた。
「それにしても、父さんはどういうつもりであんなことを言ったのかなぁ」
俺にはさっぱり分からないし、レンも首を傾げているので、この話はとりあえず脇に置いておく。
レンがシャワーを浴びてくると言って部屋を出た後、俺は母さんの携帯に電話をかけた。
まだ仕事中のはずだったが、母さんはすぐに電話に出てくれて、俺の声を聞いた途端に泣き出した。
ひたすら謝り、反省の言葉を並べたが、母さんの気はおさまらない。
「帰ってきなさい」
と言われて、顔を見せに行くことにした。
浴室から戻ってきたレンに、実家へ行ってくることを伝えると
「僕も一度、家に帰るよ」
と言うので、今回はきちんとケンジさんに伝えてから二人で家を出た。
途中の乗り換え駅でレンと別れる時、父さんに言われた「彼から目を離すな」という言葉が頭をよぎったが、実家に帰るだけだから大丈夫だろうと思い、俺はそのまま自分の地元へと向かう電車に乗り込んだ。




