自覚
ケンジさんの発案で、神社のホームページに火の神の紹介文と恋愛成就のご利益を追加することになった。
ユーチューブの方では、視聴者からの恋愛相談を受け付けて、ホノカとケンジさんが答えていくという動画の配信を始めた。
すると、ホノカの辛口で的確な返答が評判を呼び、動画の視聴者数と神社のネット参拝者は日毎に増えていった。
ホノカは最初に来た日からケンジさんの家に居座り、ヒカリが使う予定だった部屋で寝泊まりしている。
あれからヒカリは全く姿を見せず、どこでどうしているのか分からない。
そして日が経つにつれ、ホノカは見た目も中身も変わっていった。
今では露出の多い服は一切着なくなり、スウェットの上下で一日中過ごしている。
タバコの本数も減り、俺達にちょっかい出してくることもなくなった。
今日もホノカは、真剣な顔で恋愛相談のメールに目を通している。
「意外とちゃんとやるんだね」
俺はコンビニで買ってきたコーヒーを差し出しながら、ホノカに声をかけた。
「早く火の神に戻りたいもの」
彼女はコーヒーを一口飲むと、大きく伸びをする。
参拝者が増えるにつれて、ホノカの美しさには磨きがかかっていった。
妖艶な雰囲気は薄れて神々しい輝きを放つようになり、徐々に神様だった頃の姿を取り戻しているようだ。
「他の服も家から持ってくれば?」
俺が色褪せたスウェットを指差して尋ねると、ホノカは部屋にあるタンスの方に目を向ける。
「これ、ケンジさんの元カノの服なのよ。私が持っている服は体が冷えるからやめなさいって言って、タンスの中の服を貸してくれたの。他にもあったけど、これが一番楽だから」
ケンジさん、彼女いたんだ……
モテないんだろうなと思って、勝手に親近感を覚えていたのに、裏切られた気分だ。
「それにしても、あの半妖ちゃん全然帰ってこないわね」
ホノカがパソコンを閉じて俺に話しかけてくる。
「……ヒカリちゃんが出て行ったのはホノカさんのせいでしょ。面白がって大切な存在を略奪するなんて、最低だよ」
俺が怒りをぶつけても、ホノカは涼しい顔をしている。
「まるで私だけが悪いみたいな言い方をするのね。本当に相手のことが大切なら、私に誘惑にされたって気持ちは揺らがないはずでしょ。簡単に浮気するような相手とは、とっとと別れた方がいいわよ」
俺が憮然とした表情をしていると、ホノカは話を続けた。
「それに、ヒカリの父親に関しては責められる筋合いないわよ。私に心変わりしたように見せかけたいって頼んできたのは、彼の方なんだから」
「ヒカリちゃんのお父さんが? 何でそんなこと……」
半信半疑で問いかけると、ホノカが詳細を語り出す。
「かつて天狗の長をしていた者が神になった時、ヒカリの父親が後を引き継ぐことになったの。だけど、彼が人間と結ばれた上に半妖のヒカリを生ませたことで、仲間だった天狗達は反旗を翻した。だから、妻と子を遠ざけて危険が及ばないようにしたかったんでしょうね」
「……待って、ヒカリちゃんのお父さんって天狗なの?」
「そうよ。知らなかったの?」
「じゃあ、ヒカリちゃんと天狗がそれぞれ妖怪を集めているのはーー」
「ヒカリの父親の封印が解けた時に備えて、お互いに戦力を集めているのかもしれないわね。天狗達は、封印が解けた後の報復を恐れているでしょうから」
「でもさ、ヒカリちゃんのお父さんは、どうして心変わりしたなんて嘘をついたんだろう。危ないから逃げてくれって正直に伝えれば良かったのに」
「ヒカリの母親が、夫を置いて逃げるような人間じゃなかったからでしょ」
ホノカの言葉に、俺は何とも言えない気持ちになった。
「ヒカリちゃんにも今の話を聞かせてあげてよ」
という俺の願いを、ホノカはバッサリと切り捨てる。
「無駄よ。私の話なんか信じるわけないもの」
その時、ケンジさんが凄い勢いでドアを開け、部屋に入ってきた。
「おい、これを見ろよ!」
と言って、携帯でネットニュースの画面を見せてくる。
そこには「白龍に乗った少年と少女の目撃情報が、土砂災害の起きた土地や、地震の被災地で相次いでいる」というようなことが書かれていた。
「これってーー」
俺の言葉を、ケンジさんの背後に立っているレンが引き継いだ。
「ヒカリと水神、それから風鬼と雷鬼だろうね」
しばらく顔を見せないと思ったら、ヒカリは彼らと一緒に何かやっているらしい。
「白龍つながりで、神社のホームページにアクセスが急増してる。ハルト君たちはヒカリから何も聞いていないのか?」
ケンジさんに尋ねられて、俺は小さく首を振る。
「何も知らないよ。ヒカリちゃん達は被災地で何をしているんだろう……」
俺が独り言のように呟くと、懐かしい声が耳に飛び込んできた。
「復興のお手伝いよ。人間が寝静まった後に瓦礫を片付けたり、土砂を取り除いたりしていたの。風鬼と雷鬼を神に戻す前に、災害がもたらす被害の甚大さと復興の大変さを実感してもらおうと思って」
いつの間に現れたのか、ヒカリが部屋の中に立っている。
「ヒカリちゃん!」
俺は呼びかけたものの、後に言葉が続かなかった。
ヒカリに会えない間、俺はずっと喪失感を抱えていた。
そして今、彼女の顔を見て分かったことがある。
俺は、ヒカリちゃんが好きだ。
好きな理由は、美少女だからとかそういうことじゃない。
だって、幼馴染のミサキだって可愛い顔をしているし、ホノカさんも綺麗な人だと思うけれど、彼女達に恋愛感情は無いからだ。
「ヒカリのどこが好きなのか」と聞かれたら上手く答えられないけれど、俺はもう彼女のいない人生なんて考えられない。
ただ、そばにいて欲しい。
そして、力になりたい。
そんなことを考えながら、俺はヒカリの目を見つめていた。