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タバコをくわえたホノカを、ケンジさんが唖然とした顔で見つめている。
異様な空気が流れるリビングに、コンビニの袋を手に持ったレンが入ってきた。
「朝食のパンを買ってきたよ」
と明るい声で言った後、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、微妙な表情で立ち尽くしている。
「とりあえず、みんなで朝ごはんを食べない?」
俺の発言に、ケンジさんはぎこちない笑顔を浮かべながら
「そうだな。朝飯を食って、状況を整理しようか」
と言った。
ホノカはダイエット中ということで食卓にはつかず、さっきからソファに座ってずっとタバコを吸っている。
とんでもないベビースモーカーだ。
「ホノカちゃん、吸いすぎは体に悪いよ」
と、またしてもケンジさんが保護者のようなことを言う。
「私、妖怪だから大丈夫」
ホノカの返答にため息をつきながら、ケンジさんはそれ以上注意するのをやめた。
レンは困惑した表情で
「あの人が例の神宮寺ホノカっていう人? 妖怪って言っているけど、どういうこと?」
と小声で俺に尋ねてくる。
「昔、火の神だったんだってさ。神様に戻せって言うんだけど、ヒカリちゃんと仲が悪いみたいでさ……」
俺は答えながら、ベランダにいるヒカリの方を見た。
ヒカリはホノカのいるリビングに入ってくることを拒み、ベランダで杖作りを続けている。
「私、あの子の父親を誘惑したことがあるから、それで怒っているのよ。何百年も前の話なのに、執念深いわよね」
俺達の話し声が聞こえたのか、ホノカはヒカリとの因縁を語り出した。
「誘惑? 何百年も前?」
俺がオウムみたいに聞き返すと、ホノカは妖艶に微笑みながら答える。
「そうよ。私、幸せそうな夫婦や恋人の関係をぶち壊すのが大好きなの。ちょっと誘惑しただけで、みんな私の虜になるから面白くって。そうやって色んな相手にちょっかいを出しているうちに、妖怪に堕とされちゃったんだけどね」
うわ、最低。めちゃくちゃクズじゃん。
ドン引きしている俺を見つめながら、ホノカはゆっくりと足を組み替えた。
ミニスカートを履いているせいで、下着が見えそうになる。
思わず俺が身を乗り出すと、レンが肘鉄を食らわしてきた。
「君まで誘惑されてどうするんだよ。ヒカリに嫌われるぞ」
レンに言われてベランダの方へ目をやると、ヒカリが軽蔑の眼差しで俺を見ている。
俺は慌ててベランダに行き、ヒカリに向かって言い訳を並べた。
「違うんだよ、さっきのは条件反射っていうか何ていうか……とにかく俺は、ヒカリちゃん以外には興味がないから!」
「別に、そんなことはどうでもいい。それより、火の神に戻した後に力を貸してくれるように、約束を取り付けてきて」
ヒカリは杖にヤスリをかけながら、俺を冷たく突き放す。
「ホノカを火の神に戻すの? 彼女とは、その……色々あったんでしょ……?」
俺がオブラートに包みながら確認すると、ヒカリは無表情で
「協力者は多い方がいいから」
と答える。
俺はリビングに戻り
「火の神に戻す手伝いをするよ。その代わり、ヒカリちゃんのお父さんの封印が解けたら力を貸してほしい」
とホノカに告げた。
「いいわよ。彼と再会できる日が待ち遠しいわ」
ホノカはタバコの煙を吐き出しながら微笑む。
その時リビングの窓が開き、完成した杖を持ったヒカリが部屋に入ってきた。
ホノカは、立っていた俺の手を引っ張って隣に座らせると、耳元に口を寄せて
「あの子より、私にしたら?」
と囁いた。
ヒカリは俺達の方には目もくれずに部屋を横切り、リビングを出て行く。
俺はホノカを押しのけ、すぐにヒカリの後を追ったが、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
「ハルト、作戦会議を始めるぞ」
レンが廊下に顔を出して俺に声をかける。
「どうしよう、ヒカリちゃんに嫌われちゃったかもしれない」
と半泣きで訴える俺に、レンは諭すように言った。
「自分のことよりも、ヒカリの気持ちを考えてやれよ。落ち着いたら戻ってくるだろうから、その時にゆっくり話を聞いてあげなよ」
レンの言葉を聞いて、俺は落ち込みながらも無理矢理に気持ちを切り替え、ケンジさん達と今後の方向性について話し合うことにした。
「例の神社に、水神に続いて火の神も降臨したってことにしようと思うんだ」
ケンジさんがイキイキとした表情で話し出す。
水神の動画がバズったことで広告収入が増えると言っていたので、さらなる利益を獲得しようとヤル気がみなぎっているのだろう。
「だけどさ、お悩み掲示板は水神の時に使っちゃったから、何か別の方法で信仰心を集めなきゃいけないわけだろ? どうすんの?」
俺の問いかけに、ケンジさんは自信満々の態度で答える。
「まずは恋愛相談をメールで受け付けて、ホノカちゃんにアドバイスしてもらうっていう動画を撮る。それから、火の神のご利益は恋愛成就ってことにして、神社のホームページに誘導するんだ」
「……略奪愛ばかりしている妖怪に、まともなアドバイスが出来るとは思えないんだけど」
という俺の意見に、ケンジさんが熱弁を奮う。
「何言ってるんだよ。好きな人を誰かと奪い合うなんて、よくある話だろう? モテる相手を射止めるには、ライバルを蹴落とさなくちゃいけないんだから」
いやいや、ホノカの場合は面白がって略奪しているだけだと思うんだけどなぁ。
けれども、今のケンジさんにそんなことを言っても聞く耳を持ってくれないだろう。
「レン君はどう思う?」
ケンジさんに聞かれたレンは
「やってみる価値はありそうですね」
と賛同した。
「おい、正気かよ。ホノカさんはヒカリちゃんから父親を奪ったんだぞ」
俺はレンに噛みついた。
「落ち着けよ。ホノカを火の神に戻して力を貸してもらいたいと望んでいるのはヒカリなんだ。そのためには、ケンジさんの案は効果的だと思う。それとも、他にいいアイディアでもあるの?」
俺は腕組みをしてしばらく考えてみたが、何一つ良いアイディアは浮かばなかった。
「何にも無い」
俺が答えると、レンはちょっと笑って俺の肩に優しく手を載せた。




