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火の神

 風鬼(ふうき)雷鬼(らいき)の新しい棲家(すみか)は、白龍の神社からもう少し山頂に近い場所にある大きな木の上に作られていた。


 白龍の背に乗ったまま小屋の中を覗きこむと、(わら)寝床(ねどこ)卓袱台(ちゃぶだい)、それに木の器などもそろっている。


「悪くないね」

「まあまあかな」

 二体の小鬼は気に入ったようで、早速(さっそく)小屋の中へ入って(くつろ)ぎだす。


 俺達は白龍にお礼を言って、一旦ケンジさんの家に帰ることにした。


 マンションの部屋に戻ると、ケンジさんが興奮気味に携帯の画面を見せてくる。


「聞いてくれよ! ホノカちゃんが俺の配信を見てツイートしてくれたんだ!」


 画面には「最近のお気に入りは妖怪チャンネル! これを見てネット参拝してみたよ」というつぶやきと共にリンクが貼られている。


「リンクまで貼ってくれたおかげで、神社のホームページには訪問者が激増してるし、動画の再生数も飛躍的に伸びたんだ」

 ケンジさんは上機嫌で俺達に報告してくれた。


 どうやら、白蛇の妖怪が水神に戻れたのは、ホノカという人物のおかげだったようだ。


「そのホノカちゃんっていう人、そんなに凄いの?」


 俺が尋ねると、ケンジさんは信じられないという顔をする。


「ユーチューブ界のダークエンジェル、神宮寺(じんぐうじ)ホノカちゃんを知らないのか?」


「……誰それ?」

 という俺の反応に、ケンジさんは早口でホノカについての情報をまくしたてる。


()んでるアイドル、略して()んドルのホノカちゃんだよ。抜群(ばつぐん)のルックスと病んでるキャラクターのミスマッチが最高で、熱狂的なファンがたくさんいるんだぞ」


「しかも、俺のツイッターにホノカちゃんからダイレクトメッセージが届いて『ユーチューブでコラボしましょう』っていうお誘いまで受けたんだからな!」


 浮かれまくっているケンジさんの相手はレンに任せて、俺はヒカリの姿を探した。


 ふとリビングの窓の方を見ると、ヒカリがベランダに出て何か作業をしている。


「何やってるの?」

 俺が声をかけると、彼女はこちらを振り向いた。

「風鬼と雷鬼が棲家にしていた木を少しもらってきたから、新しい杖を作っているの。焼け残った部分があって良かったわ」

 話しながら、ヒカリは慣れた手つきで木を削る。


 俺はその様子を眺めながら、小鬼達との戦いで感じたことを口にした。


「あのさ、御札(おふだ)は事前にレンが書いておいた方がいいんじゃないかな。直前とか戦闘中に書くのは、ちょっと難しいと思うんだけど……」


 ヒカリは作業を続けながら答える。


「それは出来ないわ。御札を常備しておいたら、敵対する相手に盗まれたり奪われたりする恐れがあるもの。それに、レン君が裏切って、私に御札を使おうとするかもしれない」


「レンはそんなことしないよ」

 レンを(かば)おうとする俺に、ヒカリが冷ややかに言う。


「忘れたの? ハルト君の家で、レン君は私のことを御札で足止めしようとした。悪いけど、彼のことは信用できないわ」


 俺が何も言えずにいると、ヒカリは表情をゆるめて少し微笑む。


「でも、ハルト君のことだけは信じてる」

 彼女はそう言って、そっと目を閉じた。


 え……?

 これ、もしかしてキスする流れじゃない?


 まだ付き合ってないけど、いいのかなぁと思いつつ、千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスを(のが)してなるものかと、俺はヒカリに顔を近付けた。


 ところが、あともう少しというところでヒカリが目を開け、真剣な顔で

「来る」

 と言った。


 目を閉じていたのは、集中して気配(けはい)を探るためだったようだ。


「来るって……何が?」

 俺の問いかけと同時に、部屋の中から来客を告げるチャイムの音が聞こえてきた。


 ケンジさんの応対する声に混じって、女性の声がする。


 俺がベランダから部屋に戻ると、ちょうどケンジさん達もリビングに入ってくるところだった。


 ケンジさんの隣には、ゆるく巻いた茶色い髪を揺らし、スタイルの良さを強調するように露出が多めな服を着た美女が立っている。

 清純そうなヒカリとは正反対のタイプだ。


「ハルト君、こちらは神宮寺ホノカさんだよ。今度一緒に動画を撮って配信しようかって話になって、早速打ち合わせに来てくれたんだ」

 ケンジさんはホノカを俺に紹介してから

「えーっと、ホノカちゃんのスタッフさんは後から来るのかな?」

 と彼女に確認する。


「スタッフは呼んでません。ケンジさんとは個人的に仲良くなりたかったので」


 ホノカが答えると、ケンジさんはギョッとした表情になる。


「ダメダメ、気軽にそんなことを言うと、勘違いしちゃう奴だっているからね。あと、面識めんしきのない人に会う時は、他にも人を連れて行かないと危ないよ」


 ケンジさんが娘を心配する父親のようなことを言い出したので、俺はちょっと笑ってしまった。


「笑い事じゃないよ」

 と眉をひそめるケンジさんに謝りつつホノカの方に目をやる。

 ホノカは、ベランダにいるヒカリと何故(なぜ)(にら)み合っている。


「何だ、あの子の仲間なのね」

 ホノカは、先程とは打って変わって凄みのある低い声を出した。


「え……? あの子って……え……?」

 ケンジさんは混乱した様子でヒカリとホノカを見ている。


「もう隠す必要は無さそうね。私、昔は火の神だった妖怪なの。あの半妖(はんよう)とも知り合いよ。あなた達、妖怪を神に戻す手伝いをしているんでしょ? 私のことも火の神に戻してよ」


 ホノカはそう言い放つとソファに座って足を組み、ハンドバッグからタバコを取り出して火をつけた。

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