風神と雷神
ケンジさんの自宅は、タワーマンションの二階だった。
「高層階じゃないんだ……」
俺の微妙な反応に、ケンジさんはムッとした顔をする。
「文句があるなら帰ってくれよ」
と言いながら、ケンジさんはリビングのテーブルの上にノートパソコンを広げた。
「反省会って何をするの?」
俺が尋ねると、パソコンの画面を指差しながらケンジさんが答える。
「視聴者からのコメントを読んで、次の配信に向けて改善すべき点を話し合うんだよ」
先程のライブ配信にも、早速コメントがついていた。
レンも加わり、三人で目を通していく。
「あ、俺の名前がたくさん書いてある! 『ハルトがウザい』『黙れハルト』『ハルトっていう人、マジでいらない』……なんだよこれ! 悪口ばっかりじゃん!!」
俺がショックを受けていると、ケンジさんが追い打ちをかけるようなことを言い出す。
「レン君は今回も評判が良いね。『レンくん最高』『レン様をもっと出して!』『ハルトが邪魔でレン君が映らない。殺意が湧く』だってさ」
レンは気まずそうに俺を見ながら話題を変えた。
「僕達のことより、内容についてはどうだったんですかね。少しでも参拝者が増えてくれるといいんですけど」
「白蛇の発言は、割と好意的に受け止められているみたいだね。誰も本物の妖怪だとは思っていないだろうけど」
ケンジさんはコメントに目を通しながら答えると、もう一台のパソコンで神社のホームページを確認する。
「ホームページの方も順調に訪問者の数が増えているし、配信を続ければ目標人数を達成できるかもしれないな。あっ、ハルト君はもう動画に出なくていいからね」
俺は、初回で戦力外通告を突きつけられてしまった。
「そういえば、あの女はどこに行ったんだ?」
ケンジさんはキョロキョロと部屋を見回す。
そこへ、ヒカリが顔を出した。
「部屋数も多いし、なかなか住み心地が良さそうね。活動拠点としては申し分ないわ」
彼女が笑顔を浮かべて言うと、ケンジさんは顔をひきつらせる。
「えっと……どういうことかな? 活動拠点が必要なら、修行で使っていた小屋を提供するけど」
ケンジさんの申し出を、ヒカリはにこやかに拒絶した。
「あそこは遠慮しておくわ。こっちの方が断然いいもの。あなたが嫌だと言うなら仕方ないけど……私の仲間が怒って暴れ出さないうちに、良い返事がもらえると嬉しいな」
ケンジさんは泣きそうな顔で俺達に助けを求めてきた。
「勘弁してくれよ。空いている部屋は、奥さんと子供の部屋にする予定なんだから」
「結婚する予定の相手がいるの?」
俺が聞くと、ケンジさんは
「……これから探すんだよ」
と渋い顔をする。
「それじゃあ、結婚相手が見つかるまでは私達が使っていても問題ないわね」
ヒカリが強引に話をまとめ、俺達はケンジさんの自宅に居候することになった。
その夜、疲れていた俺達はコンビニで買ったお弁当で夕飯を済ませると、順番に風呂へ入って早めに寝た。
翌朝、まだ空が明るくならないうちに俺とレンはヒカリに起こされた。
「おはよう。風鬼と雷鬼に会いに行くから、一緒に来てくれる? 彼らは昔、風神と雷神だったのよ」
レンが洗面所を使っている間に着替えておこうと思い、俺はバッグの中から服を取り出す。
その時、横に置いてあったレンのリュックを倒してしまった。
慌てて中から飛び出した荷物を拾い集めていると、墨汁の入った瓶の蓋がゆるんでいるのに気付き、きつく締め直してリュック に戻しておく。
準備を整えた俺達は、寝ているケンジさんを置き去りにして、ヒカリと共に出発した。
降り立った場所には、だだっ広い草原が広がっており、そのど真ん中には巨大な樹木が聳え立っている。
「あの巨木が風鬼と雷鬼の棲家よ。まともに呼びかけても相手にしてもらえないと思うから、木を切り倒して引きずり出しましょう」
ヒカリは涼しい顔で物騒な提案をした。
「もうちょっと穏便なやり方にしない? ほら、白蛇だってヒカリちゃんが呼びかけたら出てきてくれたしさ」
「風鬼と雷鬼は、白蛇より少し厄介なのよ。特に風鬼は、風神だった頃に疫病を流行らせたり、火事を煽って町中を火の海にしたり……妖怪に堕ちてからも、雷鬼と一緒になって数々の災害を引き起こしているの。先手を打って叩きのめさないと、話すら聞いてもらえないわ」
うわぁ、少しどころか相当厄介な相手だよ。
絶対に関わりたくないタイプなんですけど。
尻込みする俺をよそに、ヒカリはレンに指示を出す。
「ハルト君が風の術で木を切り倒したら、出てきた風鬼と雷鬼を御札で拘束しましょう。動きを封じる術は私がかけるから、レン君は今のうちに御札を書いておいて」
レンは頷き、筆や墨汁を取り出そうとしてリュックに手を入れる。
すると、頭上から嘲るような声とクスクス笑いが降ってきた。
「へえ、ずいぶん甘く見られたもんだな。人間のガキと半妖のくせに、僕らに太刀打ちできるとでも思っているの?」
見上げると、樹木の上に二つの影が見える。次の瞬間、彼らは勢いよく地上まで飛び降りてきた。
ドスンという地響きの後、土煙の中から二体の小鬼が姿を現す。
背丈は俺の半分くらいだろうか。
片方のツノは一本で、もう片方は二本のツノが生えている。
二体とも幼稚園児みたいに小さいし、表情もあどけない。
「何だよ、お前達こそガキじゃないか」
思わず俺が呟くと
「身の程知らずな人間だねえ。痛い目に遭わせてやろう」
「そうしよう」
二体はコソコソと話しながら俺の方に向き直り、ニヤリと笑った。




