遥拝
妖怪退治の依頼人は、地震のせいで鍾乳洞が崩壊したと思い込んでおり、俺達が無事に生還したことを喜んでくれた。
「あの地震は俺のせいなんですけどね」という言葉を飲みこみ、妖怪を消し去ったことを伝えると、封筒に入った謝礼を差し出された。
依頼人に別れを告げて、受け取った封筒の中身を確認してみる。
入っていたのは、帯付きの一万円札の束だった。
「ヒカリちゃん、これってーー」
俺が大金にビビりながら尋ねると
「百万円よ。少なかった?」
と彼女は小首を傾げた。
「いやいや、多いよ! 父さんの手伝いをしている時だって、一つの依頼につき十万とか……多くても三十万とかだったもん。まぁでも、今回は烏天狗が現れたり、俺のせいで杖を無くしたりしたから、これくらいもらってもいいかもね」
そう言って俺は封筒に入った札束をヒカリに手渡そうとしたが、彼女は受け取らなかった。
「いらないわ。私には使い途が無いから」
「だけど、俺がもらうわけにはいかないよ」
「それじゃあ、そのお金は私のために必要だと思った時に使ってくれる? それまでは預かっておいて」
ヒカリはそう言うと杖で空間を切り裂き、俺に入るよう促した。
「後でまた迎えに行くから、自宅で待っていて」
彼女の笑顔に見送られながら、俺は自分の部屋へと戻って行った。
ヘドロ妖怪の匂いが服にまで染み込んでいたので、朝から風呂に入り、体中を泡だらけにして洗う。
風呂から出ると、起き出してきた母さんと姉ちゃんが、俺の脱ぎ捨てた服から漂う異臭にギャーギャー文句を言っている。
確かにもの凄く臭い。
パジャマ代わりにしていた着心地のいいジャージだったのに、もう着られないかもしれない。
俺は服をビニール袋に入れて密封してから、自分の部屋に逃げ込んだ。
「おはよう」
部屋に入ると、本棚を眺めていたレンが振り向いて俺に声をかける。
「いつの間に来たんだよ」
俺は急いで敷きっぱなしの布団を片付けて、レンが座れる場所を作った。
「さっき来たばかりだよ。ハルトは風呂に入っているって言われたから、部屋で待たせてもらったんだ」
そう言って微笑むレンは、今日も悔しいくらいにイケメンだ。
俺はちょっと意地悪をしたくなって、先程ビニール袋に入れた服を差し出す。
「さっきまで、ヒカリちゃんと妖怪退治……じゃなくて妖怪救出をしに行ってたんだ。これはお土産だよ。開けてみて」
俺はワクワクしながらレンの反応を見守ったが、彼は袋を受け取らずに顔をしかめた。
「悪戯を仕掛けたいなら、もっとうまくやれよ。ビニールから匂いが漏れているじゃないか。くだらないことをしていないで、何があったのか話してくれ」
つまらない奴だなと思いつつ、俺は鍾乳洞での出来事を話して聞かせた。
レンは考え込むように顎を手でさすり
「ヒカリと天狗は、妖力の強い妖怪を巡って敵対しているということか。……天狗は何のために妖怪を集めているんだろうな」
と独り言のように呟く。
「そんなの知らないし、どうでもいいよ」
俺が気のない返事をした時にヒカリが現れ、俺達は白蛇のいる山まで移動することにした。
かつて祠があった場所では、大勢のカッパがノコギリやトンカチを片手に、神社の復旧作業に勤しんでいる。
そんなカッパ達を見回りながら、大声で指示を出しているのはケンジさんだ。
「ケンジさん! 何やってるの?」
俺が声をかけると、ケンジさんはこちらに目をやり
「聞いてくれよ、君達が自宅に帰った後にあの女が来てーー」
と言いかけて、俺の後ろにヒカリがいることに気付いて口をつぐむ。
「協力をお願いしたら、快く引き受けてくれたの。さすがはハルト君の師匠ね」
ヒカリが微笑むと、ケンジさんも笑顔を作った。
「そうそう。俺、DIYが得意だからさ。修行する時に住んでいた小屋も自分で建てたし」
「ケンジさん凄いじゃん!」
素直に感心する俺の隣で、レンは微妙な表情をしている。
「とりあえず今は、境内を囲む柵とか鳥居を作っているんだけど、祠はどうするんだ? 友達にデザインを頼みに行ったんだろ?」
ケンジさんに聞かれて、俺はミサキにデザインを断られたことと、姉ちゃんが言っていた「お悩み告白ルーム」を作る案を伝えた。
「僕は反対だ」
黙って聞いていたレンが、いきなり口を挟んできた。
「こんな山奥まで、悩みを告白するためだけに人が来るとは思えない。そんな部屋を作るのは、時間と労力の無駄だよ」
レンの言うことは尤もだ。
姉ちゃんと話している時は良いアイディアだと思ったけれど、答えがもらえるわけでもないのに、わざわざここまで足を運んでくれる人がいるかといえば、難しいだろう。
「それもそうだね。どうしよう……」
困っている俺に、ケンジさんはある提案をした。
「それなら神社のホームページを作って、遠くにいながら参拝したり、悩みを投稿できるようにしたりすればいいんじゃないか?」
「ネットで参拝って、それこそ罰当たりなんじゃないの?」
俺がレンに尋ねると、意外にも肯定的な答えが返ってくる。
「遥拝といって、遠く離れたところから神や仏を拝むことは昔から行われていたから、やってみる価値はあるかもしれない」
筆ペンは頑なに拒否したくせに、ネット参拝は賛成すんのかよ! ってちょっとだけ思ったけれど、話がややこしくなりそうだから口には出さなかった。
「ホームページを作るなら知り合いに頼んでやるけど、金がかかるぞ。俺は、金銭的な援助は一切しないからな。神社の復旧にかかった経費も後で請求するからよろしく」
ケンジさんがキッパリと言い切る。
「いくらくらいかかるの?」
俺が聞くと、ケンジさんは少し考えてから答えた。
「依頼する内容にもよるけど、俺の知り合いなら二十万から三十万くらいでやってくれるんじゃないかな」
俺とレンは顔を見合わせる。
高校生が支払うには、なかなか高額だ。
「お金ならあるじゃない」
ヒカリは、俺の服のポケットからはみ出した封筒を指差して言った。
「でもこれは、ヒカリちゃんのために使うお金だから……」
俺はためらったが
「ハルト君が嫌じゃなかったら、参拝者を集めるために使って欲しいな」
とヒカリに言われて、仕方なくポケットから封筒を取り出す。
本当は、ヒカリをディズニーランドとかUSJに連れて行って、二人きりでデートをするための資金にしようと思っていたんたけどなぁ。
俺は物凄く残念な気持ちでいっぱいだったが
「これで白蛇を水神に戻せるかもしれないね」
と嬉しそうな顔をするヒカリを見て、まぁいっか、と気を取り直した。




