復興
「人間の子どもを百人、ここへ連れて来い」
白蛇の要求に、俺とレンは顔を見合わせた。
「何のために?」
俺が問いかけると、白蛇は当然のような顔をして答える。
「湖に沈めるんだよ」
「そんなことしたら死んじゃうじゃないか!」
俺は思わず大声を出した。
「そうだよ。人身御供ってやつだ。昔は毎年一人ずつ、人間どもの方から率先して差し出してきたんだがね。麓の村が廃れてからというもの、この慣わしはすっかり途絶えてしまった」
白蛇は昔を懐かしむように遠い目をする。
「ヒトミゴクウ?」
俺が首を傾げていると、レンが小さな声で教えてくれた。
「神に捧げる生贄のことだよ」
レンの説明を聞いて、俺は無性に腹が立ってきた。
「また生贄の話かよ! 神も妖怪も生贄が好きだな! 人の命を何だと思っているんだよ?!」
俺が怒りをぶちまけると、白蛇は平然と言い放つ。
「言っておくが、|私を神として崇め、信仰心を示すために命を捧げてきたのは、人間達の方だぞ」
それを聞いて、俺にある考えが浮かんだ。
「要するに人間からの信仰心があれば、神様に戻れるってこと?」
俺が尋ねると白蛇は少し間を置いてから答えた。
「命を捧げるほどの信仰心でないと無理だ。それこそ、何千人、何万人という人々が私の元を参拝するというなら話は別だがね」
「それなら、たくさんの人に参拝してもらえるような方法を考えるよ。それでいいだろう?」
俺が白蛇に提案すると、レンが慌てて止めに入る。
「できもしない約束をするのはやめてくれ! 相手は神様だったこともある妖怪だぞ! 約束を守れなければ、とんでもない代償を払わされることになる」
「その通りだ。誓いを破れば、お前の命を捧げてもらうことになるぞ。さて、どうする? 人間の子どもを百人差し出すか、数千から数万の人々を参拝に来させるか。今すぐ選べ」
白蛇は愉快そうに笑った。
「そんなの、決まってるだろ。誰のことも犠牲になんかしない」
俺は迷わず、参拝者を連れてくる方を選んだ。
それまで黙って様子を見ていたヒカリが口を開く。
「でも、どうするつもりなの? こんな何もない場所まで、わざわざ来る人間がいるとは思えないけど」
かろうじて残っていた鳥居や祠も、先程の術で全て流されてしまった。それどころか、岩石や草木も根こそぎ無くなっている。
「来たくなるような場所にすればいいんだよ。術のおかげで更地にする手間も省けたしね」
俺は周囲を見回しながら、頭の中にある計画を話して聞かせた。
「まずは、鳥居や祠を新しくする。前みたいにオバケが出そうな暗い雰囲気じゃなくて、もっと明るく清々しい感じがいいと思うんだよね。白蛇を祀るんだから、鳥居も白くしてさ」
レンは少し興味を持ったようで、俺の話に耳を傾けている。
「祠はインスタ映えしそうなデザインにしたいな。ミサキは美術が得意だから相談してみるよ。それにしても、蛇じゃなくてもっとカッコいい姿の神様なら良かったんだけどなぁ。そうしたら、御守りやなんかのグッズも見栄えが良くなるのに」
最後に俺がぼやくと、白蛇はポツリと呟く。
「龍だ」
「え?」
俺が聞き返すと、白蛇はさっきより大きな声で言い直した。
「『龍』と言ったんだ。私は水神だった頃、白龍の姿をしていた。それはそれは厳かで立派な、神々しい姿だったんだぞ」
自分で言うなよ!
と喉元まで出かかったが、なんとか言葉を飲み込む。
この白蛇は、怒らせると面倒そうだからな。
「白龍なら文句なしだよ! カッコいいし、ご利益ありそうだもん」
俺が褒めると、白蛇は満更でもなさそうな顔をする。
「なるほどね。それじゃあ、資金はクラウドファンディングで募ろうか。ケンジさんに協力してもらって、鳥居や祠を作成する過程から動画を配信すれば、参拝客を誘導できるかもしれない」
レンも乗り気になったのか、色々と案を出してくれる。
俺はレンに賛同してもらえたことが嬉しくて、ヒカリにも同意を求めようとした。
ヒカリの方へ顔を向けると、彼女は口元に微かな笑みを湛えてこちらを見ている。
いつもの作り物めいた笑顔とは違う自然な表情で、俺は初めて彼女の素顔を見せてもらえたような気がした。
「ヒカリちゃん、ちょっと時間がかかりそうだけど、それでもいいかな」
俺の問いかけに彼女が頷く。
ヒカリの了承も得られたので、俺達は早速ケンジさんに話をしに行った。
事の顛末を知ったケンジさんは、青ざめた顔で水神にまつわる言い伝えを教えてくれた。
水神は妖怪に堕ちてからというもの、たびたび暴れて水害を引き起こし、困り果てた人間達によって退治されることになったそうだ。
しかし、あまりにも妖力が強かった為に倒すことも封じることも出来ず、人々は彼の地を捨て去るしかなかったのだという。
「水神のところへ行くと知っていたら、絶対に引き止めたのに……どうして黙って出て行ったんだ?」
ケンジさんが俺に尋ねる。
「ケンジさんがヒカリちゃんを怖がるから、寝ている間に行こうって言われたんだ。彼女の優しさだよ」
俺が答えると、ケンジさんは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「とにかく、あの女が絡むことには協力できない。他をあたってくれ」
きっぱりと断られた俺は、助けを求めるようにレンの方を見た。
するとレンは余裕の表情で席を立ち、俺に声をかける。
「ハルト、行こう。実は、他の有名なユーチューバーにも打診してあるんだ。興味を持ってくれた配信者が何人かいて、話を聞かせて欲しいって連絡があった。あそこにはカッパもいるから、偶然を装って動画に映り込ませれば、きっと話題になるぞ」
レンの話に、ケンジさんの眉がピクリと動く。
「早速、連絡をくれた配信者のところへ会いにいこう」
そう言って、レンはさっさと小屋を出て行こうとする。
するとケンジさんはレンを呼び止めた。
「ちょっと待てよ。まあその……お前達がどうしてもって言うなら、少しだけ手伝ってやってもいい。その代わり、身の危険を感じたら俺は一人で逃げるからな。恨むなよ」
レンはにっこりと笑い
「ありがとうございます」
とお礼を言った。
外で待っているヒカリへ報告しようと小屋を出たところで、俺はレンに話しかけた。
「携帯は水没して壊れちゃったのに、どうやって他のユーチューバーと連絡とったんだよ」
レンはちらっと俺を見て、おかしそうに笑う。
「そんなの嘘に決まっているだろ。見ず知らずの高校生がいきなり打診したって、相手にされるわけないじゃないか。他人に奪われそうになると、急に惜しいような気になることってあるだろう? そういう心理を利用して、他にも当てがあるかのように思わせたんだよ」
レンの話を聞きながら、俺は身震いした。
こいつ、実はとんでもない策士なんじゃなかろうか。
「妖怪やオバケより、レンの方が怖いんだけど」
俺が言うと
「昔から、一番怖いのは人間だって言うからね」
レンはまるで他人事のように答える。
まあ、普段は良い奴だし、ちょっとくらい腹黒い方が人間らしくていいかもな。
俺はそう思いながら、レンと一緒にヒカリの元へと向かった。




