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炎上

 やっちまった。


 俺の目の前では、大きな屋敷が炎に包まれている。


 妖怪封じの術に失敗した俺は、依頼人の屋敷を燃え上がらせてしまった。


 幸いにも、田舎の村の奥まった位置にある屋敷で、人払いもしてあるから、近所に飛び火したり怪我人が出たりする恐れはなさそうだ。


 だけどこれ、損害賠償がすごいことになりそうだぞ。

 それに、うちの評判もガタ落ちだろうな。


 そんなことを考えながら、俺は呆然と立ち尽くしていた。


 俺の名前はハルトといって、急死した父親の跡を継いで妖怪退治の仕事をしている。

 妖怪退治といっても、漫画の主人公みたいにカッコよく刀を振り回して倒すわけではない。

 御札(おふだ)や術を使って、妖怪を封印するのが主な仕事だ。


 どうして今回失敗したかというと、封印の術に使う御札の支払いをケチったからだ。


 話は数日前にさかのぼる。


 その日は久しぶりに妖怪退治の依頼が入り、俺はいつも御札を書いてもらっているお寺へと足を運んだ。

 そうしたら、そこの住職が御札の値段を吊り上げてきたんだよ。

 まだ高校生の俺が後を継いだと知って、足元を見てきたんだろうね。


 頭にきた俺は

「ぼったくり坊主の書いた御札なんかいらない」

 と啖呵を切って出てきてしまった。


 けれども正直なところ、御札が無ければ仕事にならない。

 俺が途方に暮れていると、住職の息子が声をかけてきた。


 そいつはレンという名前で、確か俺と同い年だったはずだ。

 特に親しいわけじゃないんだけど、俺に同情してくれたみたいで

「僕の書いた御札でよければ、父さんの半額でいいよ」

 って言うから、俺はその話に飛びついてしまったんだ。


 その結果、このザマだよ。

 屋敷は大炎上。俺は廃業の危機。


 まずい。非常にまずいぞ。

 俺は内心焦りまくっていた。


 その時、炎の中から声がした。


「……逃げないの?」


 一瞬、空耳かな? って思ったけれど、それにしてはやけにハッキリと聞こえた気がする。


 目を凝らして声のした方を見つめていると、燃え盛る炎の中から美少女が姿を現した。


 めちゃくちゃ可愛い。


 大きな瞳に長い黒髪。

 清純そうで守ってあげたくなるタイプだ。

 こんな時なのに、思わず俺はときめいてしまったよ。


 だけど、何で炎の中にいるんだろう……

 そう思った俺はハッと我に返り

「そんなところにいたら危ないよ! こっちにおいで!」

 と叫んで女の子の方に手を伸ばした。


 彼女はちょっと驚いた様子で

「あなた、優しいのね。でも私は大丈夫よ。この火は幻覚だから」

 と言うと、彼女はフウっと息を吹きかける仕草をして炎を消し去った。


 それを見て、彼女が普通の人間ではないことを、俺はようやく理解した。


「君がこの屋敷に封印されていた妖怪?」

 俺が尋ねると

「違うわ。封印されていたのは、この子」

 そう言って彼女は自分の足元を指差した。


 そこには、毛むくじゃらの物体が横たわっていた。

 荒い呼吸で苦しそうにしている。


「この子の封印が解けたみたいだから、迎えに来たの。でもまた封じ込められそうだったから、幻覚を見せてあなたを追い払おうとしたんだけど……全然逃げ出さないから困っちゃった」

 そう言って、彼女は上目遣いで俺を見た。


 どうやら御札の効果はあったようだ。

 それに、炎が幻覚だったおかげで屋敷は無事だ。


 レンに全ての責任を押し付けて損害賠償を請求するつもりだったが、その必要は無さそうだ。


 そんなことよりも、ゼイゼイ言っている毛むくじゃらの妖怪が気になって仕方ない。


「そいつ、大丈夫?」

 俺が心配そうに言うと、彼女は微笑みを浮かべて(うなず)き、持っていた杖で空間を切り裂いた。


「私の名前はヒカリ。人間と妖怪の間に生まれた半妖の妖術使いで、こちらの世界にいる妖怪を本来の居場所へ帰す手伝いをしているの。あなたにお願いしたいことがあるから、この子を送り届けたら会いに行くわね」


 そう言い残して、ヒカリは毛むくじゃらの妖怪と共に切り裂いた空間の中へと姿を消した。


 俺がぼんやり突っ立っていると、遠くから消防車のサイレンが聞こえてくる。

 田舎だから到着までに時間がかかったのだろう。

 消防士と一緒に村の男達や依頼人も駆けつけて来た。


「炎は幻覚で、妖怪は無事に封印できました」

 と俺が告げると、村人達は歓声をあげ、その様子を見ていた消防士達は怒り出した。


 そりゃあそうだよね。

 火事だと思って来てみれば、妖怪退治だの幻覚だのって、バカにしてんのかって話だよ。

 俺と村人達は、憤慨する消防士達に平謝りした。


 依頼人から報酬を受け取ると、俺は急いで家路をたどる。

 ヒカリの言っていたことは気になったけれど、明日は学校がある。定期試験が近いから、気軽に休むわけにはいかない。


 せっかく可愛い子と出会えたのに残念だなぁと思いつつ、バスと電車を乗り継いで、ようやく家に帰り着いた。


 玄関のドアノブに手をかけた時

「遅かったね」

 と後ろから声がした。


 危うく悲鳴をあげそうになりながら振り向くと、ヒカリが笑顔で立っている。


「会いに来ちゃった」


 普通なら若干ホラーなシチュエーションだと思うけれど、相手が美少女なら話は別だ。


 俺は恐怖よりも喜びで胸がいっぱいになり、ヒカリに話しかけた。

「また会えて嬉しいよ」


 ヒカリは家に入れてくれと言ったが、もう夜も遅かったし、こんな時間に女の子を連れ込んだら母さんと姉ちゃんに何を言われるか分からない。


 俺はヒカリを連れてファミレスへ行き、そこで話を聞くことにした。



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