8.絶望の侯爵令嬢(数年後)
オリビアがこの国から追放されて数年、自分の前途は明るく何もかも順調だった。
それなのに、どうして、こんなことに? ローラは王城の地下牢で呆然としていた。
ローラはここ数年、役に立たない王太子妃アニーの代理としてその公務をこなしてきた。ローラは自分の教養や容姿、社交性にも自信を持っていた。オリビアの残した改革案などを公爵邸から持ち出し上手く利用することで評判を上げ自身の立場を盤石にしてきた。献身的に王太子殿下と世継ぎの幼き王子を支える聡明な侯爵令嬢として。
年齢的にもアイザックと釣り合う。アニーは王子を出産後、体調を崩し離宮で静養していた。表舞台に出てこないアニーはもう障害にならないと判断し放置した。それよりいずれ継母になるからと思い幼い王子に優しく接してきた。もちろん後々世継ぎの王子を自分が産むつもりでいたがそれまでの辛抱だと思った。貴族たちもそう思っていただろうし、父もそのために王家を支えてきた。
アイザックもそれを望んでくれていると信じて疑わなかった。
この国は数年、異常気象による冷害の被害が続いていた。期待していた交配した小麦は実用化ができないことが分かり、輸入に依存し続けるしかない。その知らせに期待が大きかった分、誰もが落胆した。
大地は荒れ実りは望めず貴族も平民も王族ですら例外なく苦しい生活を強いられていた。未だ光明は見えない。だからこそ食料を買うために減っていく国庫を助けるために、侯爵家の鉱山からの利益の全てを王家に差し出してきた。そうして民の王家への不満や失望を和らげるために尽くした。それはいずれローラが王妃となり国母となると信じていたからだ。
それなのに今ローラはカビ臭く汚い地下牢に鎖で繋がれている。薄汚れた服を着せられ美しい髪は無残にも切り落とされ罪人としてここにいる。幼い王子に毒を盛ろうとした容疑をかけられた。
父は療養中の王太子妃アニーを殺害したとして捕らえられすでに処刑されたと聞いた。これは夢に違いない。恐ろしくて信じることなど出来ない。この悪夢から早く覚めたい…………。こんなこと何かの間違いだ。自分には輝かしい未来が約束されていたはずなのに。
アイザックとの面会を求めても叶うことはなかった。無実を訴える場所すら与えられずに処分が下るのを待っている……。思い返せば彼から妃にすると明確な言葉を貰ったことはなかった。今更気付くなんて……。思わず乾いた笑いが唇からこぼれる。
ローラは日の光がまったく差さない場所でぼんやりと壁を見つめる。
オリビアもこんな気持ちだったのだろうか。お人好しで素直な公爵令嬢。無実の罪で国を追放された憐れな令嬢。親友の振りをして信頼を得るのは簡単だった。果たして今、彼女はどうしているのか…………。身に覚えのない罪に問われ今のローラと同じ絶望を味わったのだろうか。
冤罪のきっかけであるアニーへの嫌がらせの噂はローラが、謀反の噂は父侯爵が貴族内に率先して広めた。オリビアを蹴落とせば、身分の低いアニーの事などアイザックは遠からず飽きると思っていた。そのとき自分が寄り添えばと……。そしてその通りになって全てが順調だったはずなのに。
死にたくない。こんな惨めな…………。ローラは鉄格子を掴み弱弱しく揺らした。
「たすけて……ここから、だして……」
その言葉を聞く者はここにはいない。
水も与えられておらず喉からは掠れた声がわずかに出るだけだ。
許せない。自分だけが地獄に落ちるなんて……。アイザックも、王家も一緒に滅びてしまえばいい……。
ローラの中からは怨嗟の感情が溢れ出す。ああ、でも自分が呪わなくても異常気象が続けばこの国はどうせ……。
ローラの瞳から静かに涙が流れ落ちる。この悪夢が覚めることはなかった。