5.大公と女官長
「今回は無理を言ってすまなかった。ありがとう。礼を言うよ」
「とんでもないことでございます」
目の前にはオリビア様、いやライラ様のご夫君である我が国よりはるかに格上の他国の大公様がおられる。ねぎらいの言葉に深く頭をさげた。
「この国に、一人でも彼女の味方がいたと思うと嬉しいよ」
大公様は穏やかな顔で微笑まれた。私は恐れながら不敬を覚悟で大公様のお顔をじっと見る。大公様は一変して目つきを鋭くすると軽く頷かれた。発言を許可して下さったのだ。
「私が申し上げることではないと存じておりますが、それでも一言お礼をお伝えしたかったのです。オリビア様をお助け下さりありがとうございました。どうかこれからは大公様のお力でオリビア様、いえライラ様をお幸せにして頂きたくお願い申し上げます」
ジョシュア様は私の言葉に目を丸くして破顔する。その顔は先程のライラ様の破顔した表情とどことなく似ている。ご夫婦は似てくるというから、きっとお二人は似合いのご夫婦になられるだろう。
「何を言いたいのかと思えばそんなことか! もちろんだ。あの時そなたが彼女に逃げるように連絡していなければ今頃彼女は…………。そなたの献身に対して私はライラを幸せにすることで報いるとしよう。だがそれだけでは足りぬな。そなた何か望むものはあるか? 金でも宝石でも望むものを与えよう。何か礼をしたい」
なんとお優しいことか。他国の女官長、使用人ごときに有難いお言葉を下さった。本当は辞退するべきだと分かっているが図々しいと承知で希望を口にすることにした。
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて一つだけお願いがございます。私には一人息子がおります。病を患っておりますがこの国での治療に行き詰っております。そちらの国では医療技術が高いと伺っております。どうか息子をそちらの国の治療を受ける為に移住させて頂きたくお願い申し上げます」
元王族である大公様になんと厚かましいことかと思われるだろう。だが夫に先立たれ大事な息子は大病を患った。なんとしても助けたい。長く王宮で女官長をしていたのでそれなりにお金はある。治療費に困ることはないが、肝心の医療がこの国では期待できない。この機会を逃せば最新の治療を受けさせることは叶わないだろう。かの国は、観光での入国はたやすいが移住の審査はとても厳しい。口利きがなければ平民の移住は不可能に近いと言われている。治療は長期間かかる可能性が高い。なんとしても息子を助けたい一心での頼みだった。
「そんなことか。分かった。いい病院も手配しよう。それと移住するのが息子だけでは心配だろう。そなたも共に暮らせるように計らおう。そうだ、せっかくなら我が屋敷で働けばいい。移住するならば新しい仕事も必要だろう。そなたがいればライラも心強いだろう。ここの王宮は息子の看病を理由に辞めればよい。治療のこともあるだろうから早急に手配させよう」
「っ、ありがとうございます」
私はありがたい申し出に感激し溢れそうになる涙を堪えた。そして深く深く頭を下げた。大公様は頷くと部屋を出ていかれた。パタンと扉を閉じる音を聞きしばらく経ってから顔を上げた。
瞳からは喜びの涙が流れている。自分の身に起きた僥倖に震えが止まらない。これもライラ様のおかげだ。
移住させて頂けるのならばいずれは直接お礼を申し上げる機会もあるだろう。お仕えすることが叶うのならば誠心誠意お支えしようと心に誓った。