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2.王太子と侯爵令嬢

 ライラは王太子の執務室でお茶の準備を命じられた。

 そこにはアイザックを訪ねて来ていた侯爵令嬢のローラがいた。二人にお茶を出すと静かに後ろに下がり控える。


「ローラ……。私はとんでもない過ちを犯した。アニーに騙されていたとはいえ私のしたことは許されないだろう。オリビアを冤罪で追放してしまったのだ。この罪をいったいどう償えばいいのか……」


「殿下……。妃殿下が嘘をついていたなど誰も想像できませんわ。どうかそんなにご自分を責めないで下さい。その責任と罪は殿下ではなく妃殿下にあると私は思います」


 ローラはアイザックの背中を労わるように撫でる。


「オリビアはいつも一生懸命に国のために尽くしてくれた。優しく聡明で……私は確かにオリビアを愛しく思っていた……。オリビアは……会えば大きな瞳をキラキラと輝かせて研究の成果を話してくれた。私や国の為になると嬉しそうに。その姿を愛らしいと感じていたのに。ああ、冷静に考えればオリビアがアニーに嫌がらせなどするはずがないと分かりそうなものなのに。彼女ほど妃に相応しい人はいなかった……。私はどうかしていた! アニーを妃に望むなどあの頃の私はおかしくなっていたとしか思えない。どうしてこんなことに……」


 ローラは悲嘆にくれるアイザックの手を取り慰めるように両手でその手を包み込んだ。その顔に浮かべる笑みは聖母のようだ。


「殿下は被害者です。そのように思い詰めないで下さい。一つの過ちは十の善行で償えばよいのですわ。オリビア様はとても優しい方でした。賢く心の広い……だからその罪の分だけ殿下がこの国のために努力されればきっと許して下さいます。オリビア様はそういう方でした……。私も微力ながら殿下を支えさせて頂きたく思います」


「ローラ……。ありがとう。そうだな。オリビアへの贖罪の為にも国に尽くそう」


「実は私、少しでも殿下のお役に立てたらと孤児院の環境改善のための草案を持って参りました。後で見て頂けますか?」


「素晴らしいな。ありがとう、ローラ。それは今日中に見ておこう」


 ローラは頷くと優しく微笑み少しだけ小首を傾げる。


「罪を公に出来ないとはいえ、これから妃殿下をどうされるのですか? 努力をしているようですが彼女には王太子妃としての公務は荷が重いように見えます。この先とてもやっていけるとは思えないのです」


 アイザックはその通りだと頷き顔を曇らせる。


「ああ、父上とも話をしたがアニーには妃としての能力が不足していることは確かだ。だが私たちの婚姻が民衆に好意的に受け入れられている以上アニーを簡単には排除できない。アニーにはオリビアの冤罪の責任があるが罪には問えない。真実を明らかにすることは王家にとって致命的な醜聞になるからだ。だから時期を見て病を理由に幽閉することになるだろう。ただそれにはひとつ問題がある。このままでは王太子妃としての公務に穴をあけることになってしまう。そこで……ローラ、勝手な頼みなのだが暫く王太子妃の補佐役としてアニーの代理をお願いできないだろうか? 君はオリビアの親友でもあったし、その能力もあると思っている」


 ローラはアイザックの言葉に嬉しそうに頬を染めた。アイザックは明言していないがその言葉はいずれローラを王太子妃にするという含みがあるように感じた。


「まあ、私でよろしいのですか? もちろん……この国と、なによりも殿下の為にお手伝いさせてくださいませ。我が侯爵家が全力でお支えします。父も同じ気持ちでいると思いますわ」


「ローラ、感謝する。ああ、時間だ。すまないがこれから次の公務がある。詳しいことは後日話そう。本当に君がいてくれてよかった。ありがとう」


「いいえ。殿下、何かございましたらいつでも私をお呼びください。では、失礼いたします」


 ローラは笑みを浮かべる。自分が勝者だと確信している笑みだ。

 ライラはローラが退出すると手早くお茶を片付ける。


 アイザックは執務机に向かうと仕事を再開する。ライラがいることにアイザックは気付いていない。いや、意識していないだけだろう。彼にとっても使用人はいないも同然なのだ。ライラは静かにワゴンを押し部屋を出ようとした。そのとき視界に入ったアイザックの表情は酷く歪んでいた。


「馬鹿な女だ……。アニーもローラも。そしてオリビアも。だがおかげですべてが上手くいく」


 ライラの耳にアイザックの低く冷たい声が聞こえた。全身に鳥肌が立つ。

 

 二人の会話は身勝手で気持ちの悪いものだった。当然のように罪をアニーに押し付ける。そしてアイザックは反省を口にしているが芝居がかっていてそこに心を感じられない。オリビアをもうこの世に存在しない者として扱っている。探す気持ちはないのだろう。ローラはオリビアを都合よく人を恨むことのない聖人のように語ったが、本当に親友ならば冤罪に怒りを覚えるはずだろう。二人にとってオリビアという存在はその程度だったということだ。アイザックにとっては愛のない簡単に切り捨てられる婚約者。ローラにとっては利用価値の終わった親友。

 ライラの胸にはやり場のない憤りが込み上げたが、目を閉じその気持ちをそっと呑み込んだ。




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