準備
コンビニ弁当も食べもせずに、スーツから着替えもせずに、早速あやつり人形で遊んでいる。
なんとなくだができている。
姿見の前に立ち、右手でハンドルを持ちあやつる。
あやつり人形は大きく分けて二種類ある。テーブルタイプと床タイプだ。
簡単に言えば紐の長さだ。これは床であやつるタイプだから、紐が長い。
また、鉄芯タイプというのもある。頭に鉄の棒が突き刺さっており、それがハンドルにつながっている。
コントロールはしやすいが、その分動きに制限がある。
しっかり練習すれば多才な動きもできるが、僕の拾ったものに比べるとやはり可動域は限られる。
小指、薬指、中指でハンドルを握り、親指と人差し指の上下運動で足を動かす。
手の動きは左手で操作する。
初めての割にはうまいんじゃないかな。
そんなことを考えながら、遊んでいると、どこからともなく声がした。
「なかなかセンスがあるじゃねぇか」
僕は当たりを見渡す。
僕以外誰もいない。小さいアパートだ。隠れる場所もない。
玄関も鍵をかけた。
気のせいかな? と思ったがまたしても声がした。
「俺だよ、俺! お前の隣にいるだろう!」
僕はぎょっとして、あやつり人形を見下ろした。
あやつり人形は「よう相棒」と言って手を挙げ、僕を見上げていた。
「え!?」
気持ち悪くなったが、投げ出すことはできなかった。
「そんな驚くなよ」
「で、でも、人形がしゃべるなんて……」
あやつり人形と会話をしているなんて信じられない。
疲れているのだろうか。
「そういうこともあるだろう」
「な、ないよ……」
僕の言葉を聞いてんのかわからないまま、勝手そのままにしておいた空の靴箱に腰を掛けた。
「俺の名前はマリオだ」
「マ、マリオ……?」
「そう、ニンテンドーと一緒だな。面白いだろう?」
マリオは両手を広げて笑っていた。
「い、いや別に……」
「お前の名前はなんて言うんだ?」
首をかしげるマリオ。
「ぼ、僕は。根戸操です……」
「そうか。よろしくな、相棒」
そう言ってマリオは左手を出してきた。
僕も応じて握手をする。
「よ、よろしく……」
最近は仕事以外で誰とも喋っていなかった。
彼女はおろか、友だちもいない。
だから少しうれしかった。
「なあ、相棒。俺とスリルを楽しまねぇか?」
「スリル?」
「ああそうだ。ほらよっと」
そう言ってマリオは箱から降りると、僕の部屋を歩いて、明日洗濯しようと思っていたハンカチの前に立った。
「これで顔を覆うんだ」
「誰の?」
「俺とお前だ」
「なんでよ……」
「いいからいいから。目は、隠しちゃいけねーぞ。見えなくなるからな。だからサングラスで目は隠せ」
マリオは胸のポケットからサングラスを出してかけた。
「ちょっと、待ってよ……」
マリオに言われるがまま、僕はハンカチで顔を覆った。マリオの分はハサミで小さく切って取り付けた。
何年か前に買ったサングラスを引き出しから出して僕もかける。
「おっと。おそろいがいいな。ハットはないのか?」
「ハット? あったような……」
これまた数年前に買ったハットを思い出して押し入れから出す。買ったはものの似合わないと思って全然かぶっていなかったものだ。
「似合うじゃねぇか」
手を叩いてマリオが言った。
「そ、そうかな……」
相手は人形だけれど、褒められて嬉しかった。
「ああ。それじゃあいっちょ行こうか」
マリオが歩き出す。
「ど、どこに?」
「コンビニでいいんじゃねぇか?」
「さっき行ったけど……」
「別のようだ。おっと、いけねぇ。忘れちゃいけねぇもんがあった」
マリオは何かを思い出したように踵を返した。
「な、なにを持っていくの?」
「いいからいいから」
こんな調子で、あやつり人形に僕はあやつられていくのだった。