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32.エピローグ

本日二話目の投稿です。

最終話です。

よろしくお願いします。

男は飛び込んでくるなり、一目散にアリーチェの下に走る。アリーチェの持つ王太子が渡したハンカチを取り上げると、自分のハンカチでアリーチェの涙を拭う。

「ウィラード様、このくらい自分でできます!」

 不満げなアリーチェの声に対して、「そうか? でも俺がやりたい」と言ってウィラードも譲らない。


 その様子を目の前で見ている王太子は、右手で顔を覆うと深い深いため息をついた。

「……ウィラード、そんなに元気なら、屋敷に帰れよ……」

 その言葉にとても不満があるウィラードは、険しい目で王太子を睨みつける。

「殿下がアリーチェをクロイツンド家に帰してくれるなら、俺も一緒に帰る!」


 もう何度目か分からないほど繰り返された遣り取りだ。王太子はため息を吐こうとしたが、さっきの分でもう体に空気も残っていない。代わりにアリーチェが、「またいつものが始まるのか……」とため息を吐く。


「何度も言ったはずだ。アリーチェは王女だぞ? 結婚前なのに、クロイツンド家に住まわせられるか! 前回はアリーチェを身の危険から守るために必要だったから、クロイツンド家に預けたに過ぎない。今は敵も減り、王城でも安全の確保ができる。アリーチェは絶対に、城から嫁に出す!」

「あれだけアリーチェを傷つけておきながら、今更家族面などするな!」

 これを言われてしまえば、王太子も言葉に詰まる。「国のためだ」という一言では割り切れないほど、アリーチェは苦しめられたのだから。

「……分かっている。俺はアリーチェを利用した。だからこそアリーチェに謝罪し、共に過ごす時間が俺だって欲しい。近い将来、アリーチェもイーリカも城から離れるのだからな」

 だが、王太子の気持ちなど、ウィラードはお構いなしだ。

「駄目だ。殿下みたいに守るものが多い奴に、アリーチェは預けるのは不安だ。その点、俺が大事なのはアリーチェだけだから、アリーチェを最優先できる! それに、王城は安全ではないと、俺が何度も証明したはずだ!」

「壁をよじ登ったり、窓や屋根から飛び降りたり、音も無くできるのは、お前くらいだ! 危険を証明すると言いながら、アリーチェの部屋に侵入するのは、いい加減にやめろ! 地下牢に入れるぞ!」

「おぉ、いいな! 俺が地下牢から脱走できたら、城はいよいよ危険だ。アリーチェを連れて帰るぞ!」

「……今のお前なら脱走できそうだ。頼むから、一人で帰ってくれ……」

 王太子の声も身体も、ぐったりと小さくなっていく。




 アリーチェを庇ってイブンセン前伯爵に刺されたウィラードは、この通りすっかり元気になった。

 最初こそ感染症による高熱が出て医者も心配する時期があったが、持ち前の頑丈さとアリーチェの魔法の言葉であっという間に回復して見せた。

 本来ならとっくにクロイツンド家に帰っているはずだ。だが、「傷が痛い!」と言い張って王城に残っている。理由は一つ。アリーチェと一緒に帰れないからだ。アリーチェの側を離れたくなくて、痛くもないのに王城に残っているのだ。


 前回アリーチェがクロイツンド家に滞在したのは、反王家派に命を狙われたアリーチェの身を守るためという大義名分があった。それが無いのだから、アリーチェは本来の家である王城にいるのが当たり前だ。だが、ウィラードは納得できない。「なら今すぐ結婚する!」と駄々を捏ね、「王女の結婚を簡素に済ますつもりか!」と王太子とイーリカの怒りを買っている。

 王太子とイーリカも残り少なくなったアリーチェとの家族の時間を大事に過ごしたい。だから、絶対に譲らない。もう一カ月もこの言い合いは続いているのだ……。


「百歩譲ってウィラードが王城にいるのは認めよう。しかし、城にいるのなら、仕事をしろ! お前の仕事は山積みになっていて、みんな迷惑している。アリーチェだって毎日お前に追い掛け回されて、迷惑している。この疲れた顔を見ろ!」

 そう言われたウィラードが顔を覗き込んでくるが、アリーチェが恥ずかしすぎて顔を背けてしまうほど距離が近い。

 追いかけ回されるよりも、この距離の近さが恥ずかしすぎて困っている。それがアリーチェの正直な気持ちだ。

 だが、ウィラードがこうなったのには、自分にも責任があるからと、アリーチェも強くは不満を口にできない。




 ウィラードがアリーチェの側を離れられないのには、ウィラードなりの理由がある。

 いきなりアリーチェがクロイツンド家を出て行っただけでも、ウィラードにとっては乗り越えがたい出来事だった。その上、自分と離れるために他国に行こうとしていたと聞いたウィラードは、アリーチェと離れるのが心配でならないのだ。目を離した隙に遠くに行ってしまうのではないかと、不安に襲われる。

 それに、アリーチェが刺されそうになるのを目の前で見たのも、ウィラードの不安を煽る。あの時は側にいたから守れたが、離れていたら今頃……。と思うと、アリーチェを失う恐怖がウィラードにまとわりついて離れない。

 だから、傷を理由に仕事をさぼって、アリーチェの側を離れない。そして一緒にいる間は、今まで以上に距離が近いのだ。


「迷惑でも疲れてもいないのですが、ただ、ちょっと、距離が近いかな? と……。あまりにも近くにウィラード様がいると、緊張してしまいますので……」

 今がチャンスだ! と自分の気持ちを伝えたが、ウィラードには響かなかった……。

「これが夫婦の距離だ。早く慣れるためにも、もっと近い方がいいのかもしれないな」

 そう言ったウィラードは、真面目な顔で何かを考えている。


 今だって身体がくっついた状態でソファに並んで座っていて、アリーチェは十分ドキドキするし恥ずかしい。それなのにウィラードは、何を思ったのか自分の膝の上にアリーチェを座らせようとし始めた。自分を抱え上げようとしたウィラードの腕を、アリーチェはバチンと叩き落とした。

 そして、真っ赤な顔でウィラードを睨みつけると、羞恥に震えながら叫んだ。

「ウィラード様は元気なようですから、早く仕事をした方がいいと思います!」

「……そんな……」

 顔を曇らせ悲痛な声を上げるウィラードは、小狡い事に傷を押えて倒れそうな素振りを見せる。が、この技に何度も騙されているアリーチェは、もう信じない。大体、傷が痛むのに城壁を登れるはずがない。


 アリーチェだってウィラードと共に過ごせるのは、もちろん嬉しい。

 ウィラードの尋常じゃない心配は、ウィラードときちんと話し合わずに、ウィラードのためだと思い込んで逃げた自分のせいだとも分かっている。が、人目もはばからずに、くっついて来られるのは恥ずかしい。厨房でパンを捏ねている時でさえ、アリーチェを後ろから抱え込むように立って料理長でさえ寄せ付けないのだから……。


 もう見かね切っている王太子が、最後の一押しをする。

「いい加減にしないと、アリーチェに見捨てられるぞ? どこに行くのも誰と結婚するのも、アリーチェの自由だ。別にお前を選ぶ必要はないと言ってある。働かずに女のケツを追い回す男が選ばれる事は無いと、俺は思うぞ」

 アリーチェが強く同意するのを確認したウィラードは、ため息をつきながら「明日から、仕事をする」と諦めた声を出した。


 本当にウィラードが働かなくて困っていたのだろう。王太子は心底ホッとした顔をして、「そうしろ。いくら何でもマックスが可哀相だ」と言った。

 しかし、ウィラードは、その言葉を冷ややかな声で叩き落とす。

「アリーチェがマデリンの言葉を鵜呑みにして俺から離れたのは、全部マックスが不甲斐無いせいだ。一カ月や二カ月くらい俺の代わりに働いた程度では、反省が足りないくらいだ!」

「だが、そのおかげで、『私を選んでもらう事が国のためにならないと分かっていても、ウィラード様の側にいたいです』とアリーチェに言ってもらえたんだろう?」

 王太子の発言で全身から力が抜けたアリーチェは、ソファの上でうずくまってしまう。


(そう、確かにそう言った。発熱が続いたウィラード様の命が危ないと思った時に、ウィラード様と向き合わずに逃げた事を悔いた。今度こそ、ちゃんと向き合って、自分の気持ちを伝えたいと思った。苦しそうに息を吐くウィラード様が遠くに行ってしまいそうで、「今言わないと!」と思って気持ちを伝えた。うっかりみんなの前で……。あの時は、周りを見ている余裕なんてなかったんだよ!)


 王城中に知れ渡っているこの話は、何度聞いてもウィラードの胸を熱くする。当時を思い出して締まらない顔になっているウィラードは、「そうだな、これに関してはマックスもいい仕事をしたと言える」と満足げに言った。


 この言葉があるから、ウィラードがアリーチェを追い回しても、周囲を威嚇して歩いても、周りも許してしまうのだ。ウィラードが人前で堂々と距離を詰めてくるのも、この言葉があるからだ。

 地に足が着かないほど浮かれているウィラードと、真っ赤になって震えているアリーチェ。

 自分の右腕としてウィラードの分も働くマックスをフォローしてやりたかったのだが、二人を見た王太子は言うんじゃなかったと後悔をした。


 幸せいっぱいで働きもしないウィラードに、日々忙しい王太子の鬱憤は溜まりに溜まっている。

「社交界では『シェラが騎士になったのはウィラードに嫁ぐためで、二人が結婚するのは時間の問題』と思われていたのも事実。アリーチェを大事と言いながら、その噂をきちんと潰さなかったお前にも落ち度はあるだろう?」

 王太子の言葉は図星でウィラードはフイッと顔を背けるが、背けた先にいるアリーチェには「嫌な思いをさせて、すまなかった」と何度目か分からない謝罪をした。




 『ウィラードの本当の妻になるのはシェラだ』という話は真実ではなかった。

 いや、セーラ侯爵はそのつもりだった。だからシェラが「騎士になる」と言った時も止めなかったし、ウィラードの父親とも、二人を結婚させるつもりで話を進めていた。

 実際に幼馴染である二人は気心も知れており、仲も良い。マデリンという最悪の『星の乙女』を妻にしなくてはいけないウィラードには、気を許せるシェラのような本当の妻が必要だとウィラードの父親も思っていた。


 しかし、ウィラードとシェラの当人同士には、そんな気は一切ない。

 ウィラードはシェラを幼馴染か部下という目でしか見れないし、シェラには子供の頃からずっと好きな人がいた。

 だから騎士になったのは、ウィラードと結婚するためではない。むしろ、好きな相手と結婚するために騎士になったのだとシェラは言い切った。

「騎士になったら、父親がクロイツンド家と縁を結ばせると思いました。ですが、ウィラード様にはその気は一切ないですし、私の気持ちも知っています。だから、下手なことを言って父親に別の婚約者を宛がわれるより、勘違いされている方が都合が良かったのです。ですが、アリーチェ様にまで勘違いされてしまうとは、うかつでした……。申し訳ございません」

 アリーチェの勘違いを知ったシェラは、そう言って泣きながらアリーチェに詫びてくれた。

 ウィラードやシェラに真実を確認するのが怖かった自分のせいだとアリーチェが言っても、シェラの涙は止まらなかった。シェラにとっても、妹の様に親友の様に思っていたアリーチェの拒絶はショックだったのだ。


 シェラの想う相手はマックスだ。マックスもシェラを想っていて、相思相愛なはずなのに二人は一歩も前に進めない。全てはマックスの劣等感だ。

 マックスは子爵家の次男で、自分に爵位はない。一方シェラはセーラ侯爵家という名門貴族の一員だ。高位貴族でウィラードどころか王太子に嫁ぐことさえ可能なシェラを、自分のような爵位のない者が妻になど望むべきではない。マックスはシェラへの想いは胸に秘めると誓って拗らせ続けてきた。


 シェラがアリーチェに拒絶された日。アリーチェに「クロイツンド家はシェラに任せます。ウィラード様と幸せになることを、心から願っています!」と言われれば、さすがに勘違いされているのだと気づいた。慌ててウィラードに話しをしに行くも、こちらはアリーチェに拒絶されて再起不能。生きる屍と化していて、全くの役立たずだ。悩んだシェラは、「これが最後のチャンス」とマックスの下に向かった。

 自分とウィラードが夫婦になるためには、自分が邪魔なのだとアリーチェは勘違いしている。身を引くために、クロイツンド家から出て行ったのだ。とマックスに伝えた。それでも煮え切らないマックスに、シェラはずっと溜めていたものを吐き出した。


「騎士になったのは、自分で稼いで自立したかったから。セーラ家から独立している私を見れば、貴族なんかに執着していないとマックスに分かってもらえると思ったから。マックスと結婚するためなら、セーラ家と縁を切る覚悟はとっくにできている。マックスは? まだ、私が爵位にこだわると思ってる? でもそれは、セーラ家が怖くて逃げているだけじゃないの? その恐怖を乗り越えて手に入れたいと思うほど私の事は好きじゃない?」

 ここまでシェラに言わせておいて、マックスだって逃げる気はない。

 王太子の誕生会の出来事がごたつく中、セーラ侯爵家にシェラとの結婚を承諾してもらうため何度も足を運んだ。何度目かにやっと会えたセーラ侯爵には、「家令程度に娘をやれるか!」と怒鳴り散らされた。三人の兄も同様だ。それでも諦めずにやって来るマックスに、セーラ侯爵は「シェラの夫として相応しくなってから出直せ!」と肯定とも否定とも取れない言葉を発した。


 既に王太子から今の仕事の誘いを受けていたマックスは、何よりも大事に誇りに思っていたクロイツンド家の家令を辞した。死に物狂いで成果をあげて、次期宰相候補と言われるようになった。

 もちろん宰相になる確約がある訳ではないが、短期間で王太子の右腕と言われるようになったのは動かぬ事実。マックス以外とは結婚する気がない言い切った娘が、絶対に意見を変えないのは家族が誰よりも知っている。ここで二人の結婚を認めなければ、シェラは確実に家族の縁を断ち切るはずだ。それが分かっているセーラ侯爵は、泣く泣く首を縦に振った。

 喜んで現れたシェラにこの話を聞いた時、アリーチェの心配事が一つ減った。




 明日から働くことを約束したウィラードは、アリーチェと夕暮れの中庭にを散歩している。

「殿下の仕事は今まで以上に多忙だから、ゆっくり散歩できるのも今日までだな……」

 苦々しそうにウィラードは言うが、何だかんだでこっそりとマックスを手伝っていたのをアリーチェは知っている。

「また、ランチボックスを作ってくれるか? あれがないと、やる気が出ない」

 本気でそう言うウィラードが可愛くて、アリーチェはウィラードを見上げて微笑んだ。その桜色の瞳にエゴノキが映り、思わず足を止めてしまう。


 数カ月前に真っ赤になった二人が、このエゴノキの下にいたのが、遠い昔の様に感じられる。

「懐かしいな。少し前はこの木に小さな白い花が咲いていたのに。今はもう黄色く色づいている」

 色づいた葉を見上げるアリーチェが嬉しそうに微笑むので、ウィラードは「どうした?」と聞いた。

「以前にウィラード様が、この木は私のようだと仰って下さったでしょう?」

「可憐な花が、清楚なアリーチェのようだった」

「今は紅葉した葉の色が、ウィラード様の瞳の色に似ています。ウィラード様の色をもらえて、この木は幸せだなと思いました」

 そう言ったアリーチェが着ているのは、実はウィラードからのプレゼントだったオレンジがかった黄色の生地に金糸の花模様が刺繍されたワンピースだ。よく見れば花模様はエゴノキの花で、ウィラードからのプレゼントにはよくこの花が刺繍されている。


 護衛兵のふりをしていたウィラードと初めてこの木の前に立ったアリーチェは、護衛兵さんに対する特別な気持ちが恋だとは気づいていなかった。ただ護衛兵さんの言葉一つにドキドキして、この木に例えてもらえたことが嬉しかった。全く見えない自分の未来に不安を抱えながら、護衛兵さんと一緒にいられたらいいなと淡い気持ちを持っていた。

 今はウィラードの気持ちをもらって、自分の気持ちを返して、二人で未来に向かって歩いている。それがどんなに幸せな事なのかも知っている。


「もちろん私だって、ウィラード様と一緒にいられて幸せです」

 真っ赤になりながらも自分に伝えてくれるアリーチェの言葉がうれしくて、ウィラードは繋いだ手に力をこめる。

「アリーチェと共にいられるなら、俺はこれからもっと幸せだ。アリーチェの事も、俺がもっと幸せにすると誓う」

「四カ月早い誓いの言葉ですね?」

「俺は今から式を挙げたいくらいだからな」

 お互いに顔を見合わせてクスリと笑い合った二人が、そっと寄り添う。

 茜色が消えかけて藍色に変わりつつある空には、そんな二人の姿を見ていた星達が瞬いている。その日の星空は、それはそれは美しく輝いていた。



おわり


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

これで完結です。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] (T ^ T)。幸せありがとうございました。
[良い点] ハッピーエンド! 主人公たちのハッピーエンドは勿論ですが、シェラさんのハッピーエンドがあるのか無いのかで読者の安心感が違います。 [一言] 連載完結おめでとうございます。
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