30.王太子の誕生会②
本日二話目の投稿です。
よろしくお願いします。
イブンセン前伯爵が血走った目をマデリンに向け、恨みの念でも滲みでてきそうに指差した。
「王家を始め誰もが持て余したお前を受け入れたのは、イブンセン家だけだったのに。お前は裏切ったのか? クラーラに育ててもらったのに、恩を仇で返すのか?」
「そのクラーラが王妃になり損ねた鬱憤を晴らすために、わたくしを悪辣な王女に育て上げたのよね? クラーラの王妃に対する恨みが書き綴られた日記を、わたくしはしっかりと読んだのよ! わたくしがどんなに国民から嫌われても国王夫妻の夫婦仲が悪くならないことに腹を立てたクラーラは、父親である貴方に手を貸して反王家派によって王家を転覆させることを目論んだのよ!」
マデリンの叫びと共に、王太子が三冊の日記を見せた。クラーラの日記の存在だけでなく、既に王太子の手に渡っていることに前伯爵は一瞬言葉を失った。この状況をひっくり返す返す言葉が見つからず、唇を震わせて地面を何度も踏みつけた。
「お前達はずっと見張られていたのだ。毒薬を手に入れるのも、反国王派を集めて集会を開いているのも全て確認済みだ。今更喚いたところで何も変わらない」
王太子の言葉に、息子はガックリと肩を落とした。
だが、娘の恨みも背負った父親は、そう簡単には諦められない。憎しみで燃える目を、一番高いところから見下ろしている王妃に向けた。
王妃は前伯爵を全く見ていない。前伯爵はそんな事は気にせずに、全ての人に聞こえるよく通る声を張り上げる。
「私は宰相をしていた時から『星の乙女』が誘拐された事件が気になって仕方がなかった」
前伯爵の老いて窪んだ茶色い瞳が濁り、ぐるりと自分の視界に入る者を見回した。誰もが死んだ魚と目が合ったような恐怖と不快な気分にさせられ目を逸らしてしまう。だが、王太子は棒切れのように細い身体をした前伯爵をじっと見つめた。
「誘拐事件の数時間前に宝物庫に賊が侵入する不運な偶然が重なり、賊を探し出すのに大半の兵士を割いていた。そのせいで本来だったらあり得ない誘拐事件が起きたと言われてきた。だが、本当にそうなのだろうか? 王族、ましてや生後三日の『星の乙女』の警備が、そんなに簡単に緩むものだろうか? 王太子殿下、賢い貴方なら考えたことがあるのではないか? 身内に犯人がいると……」
王太子は視線を合わせたまま、何も言わない。だが、前伯爵の話を否定もしない。
「既に弱り切っていた我が国にとって、『星の乙女』は希望の光だ。それだけ大事な存在であれば、常に危険と隣り合わせ。だからこそ近寄れる者も限られていて、陛下と王妃様と主治医と乳母だけだった。宝物庫が襲われた時、クラーラは『物騒で心配だから、王女殿下の側にいる』と王妃様に申し上げた。しかし王妃様は『クラーラは自分の子供と部屋にいて。アリーチェは母親である私がちゃんと見ているから』と言って、娘を部屋に帰した。クラーラの日記にそうありますし、他に証言する者もいるのですよ? 王妃様」
クラーラも第一王女の誘拐について、王妃に不信を持っていた。事件当日に配置された近衛騎士の話を聞くなど、詳しく探っていたことが日記にも書かれていた。
第一王女の部屋の警備についていた近衛騎士は、別の騎士から「王女殿下は王妃様が自室に連れて行くから、お前は至急で賊を探す班に入れ」と言われたとある。誰が王妃に言われたかという話になると曖昧にされて、暫くすると緘口令が敷かれたとも書いてあった。
「しかし、王妃様は王女殿下を自室に連れ帰らなかった。そして完全に警護の穴となった王女殿下は誘拐されてしまった。その後捕まった宝物庫を襲った賊も、王女殿下を攫った誘拐犯も裁判にかけられずに即処刑された。あり得ない! 国の宝が誘拐されたのにも関わらず、後ろに糸を引く者がいないか調べないなど。そんな当たり前の取り調べもされないなんて、そんな事はあり得ない!」
実行犯の背後関係どころか、誘拐の動機さえ調べられていない。『星の乙女』に害を成そうとしたため、問答無用で処刑されてしまったのだ。
しかし本来なら、国に対する反逆行為として、しっかり取り調べがされるべき事件だ。二度と同じ事を起こさないためにも、見つけ出された首謀者は見せしめとして処刑されるべきだった。だからこそ、当時この事件を「おかしい」と思った者は少なくない。
「誘拐の実行犯はスラム街の下っ端だった。そんなレベルの者が、王城内部にある王族の居住区に侵入できるはずもない。王女殿下を誘拐するなんて、絶対に無理だ。王城の内部に詳しい、王女に近い者が関わっているに違いない。もっと調べるべきだと私は陛下に進言したが、「これ以上『星の乙女』に傷をつけたくない」と言われ諦めた。これ以上深入りしたら職を解かれるどころか、殺されると思って保身に走ったのだ。あの時もっと突っ込んでおけば、今頃そこに座っているのは陛下ではなかっただろうに……」
そうすればもう少しまともな国だったと言いたげな口ぶりだ。
「クラーラは、王女殿下が入れ替わっている事にすぐ気が付いた。でも、子供に一切興味がないどころか『星の乙女』を恐れ憎んでいる王妃様は、別人を抱いていると全く気付いてない」
イブンセン前伯爵はニタァと笑い、染みだらけの顔を王妃に向けた。
「戴冠式で『星の乙女』が偽物だと知れ渡り、王家が完全に力を失ったその時。クラーラは王妃の罪を暴露しようと決めていた。王妃が『星の乙女』を誘拐させ、殺害まで依頼していた犯人だと!」
イブンセン前伯爵の狂気をはらんだ目が、見開かれた王妃の目に悪意を注ぎ込む。
「クラーラの死後、私が娘の意志を引き継いだ。勇んで臨んだ戴冠式では本物の『星の乙女』が現れ、それどころではない騒ぎになってしまったが……」
そう言いながら悔しそうにアリーチェを睨みつけると、前伯爵はその視線を王太子に移す。
「仕方なく計画を変更して、マデリンの恨みを利用し『星の乙女』を殺害する事にした。国の希望を亡き者にすれば、腐った王家の威信を地に落とすのは簡単だったのに……」
思いを遂げられず崩れ落ちた前伯爵は、悔しさを何度も地面に叩きつけた。
多くの者の視線が王妃に集まり、それが驚きから非難の色に変わっていく。
周りからの視線に怯えた王妃のグレーの瞳はギュッと閉じ、みるみるうちに顔色が失われていく。
身体を抱えて震える王妃は、今まで隠していた秘密を胸の内に抑えられない。きっと、限界だったのだ。王妃は耐えきれずに、秘密を吐き出し始めた。
「だって、怖かったのだから仕方がないじゃない! 『星の乙女』を産めば、もう誰も私を馬鹿にできなくなるとホッとしていたのに。『星の乙女』は戦争をもたらす悪星だと、クラーラが教えてくれたの。『星の乙女』の存在が陛下の命が脅かすのなら、出来るだけ早くその芽を摘まなくてはいけないでしょう? わたくしに陛下よりも大事な人はいないもの。それなのに、殺されずに帰ってきた上に、入れ替わっているなんて! どうして私の邪魔ばかりするのよ!」
王妃はそう言ってアリーチェとマデリンを睨みつける。だが、返される二人の視線を受け取る気はなく、自分への愛情を確認するように国王を縋るように見つめている。
国王は王妃を咎めたりはせず、何も言わずにその肩を抱いた。二人の娘に目を向けることさえなかった。
アリーチェはそんな国王夫妻を白けた目で見ていた。
(私は実の親に殺されかけたのか。望まれて生まれてもいなかった。私の命は、この人達にとっては軽かったんだな……)
アリーチェは二人を見限って諦めているが、マデリンにはそれはできない。二人に愛されていると思ってはいなかったが、疎まれているとも思っていなかったからだ。
「両親だと思っていた人達はわたくしに無関心どころか、恨まれてさえいた! 娘のように接してくれていたはずの乳母は、陛下と王妃に復讐する道具としてしかわたくしを見ていなかった! 貴方達の争いの火の粉を被るのが、どうしてわたくし達なの? 貴方達は、どうして全く関係ない顔をしていられるの? 貴方達のせいで、わたくし達二人の人生は狂わされているのよ? 何も思うことはないの?」
王妃はかつて娘だったマデリンを、何の感情も籠らない目で見下ろした。怒りも、悔恨も、悲哀も、何一つなく、ゾッとするほど空っぽな瞳で。
国王はそんな壊れた人形同然の王妃を隠すように、自分の腕の中に閉じ込める。
「フリーデの心を守りたくて、自分の娘を殺す手助けをした……。ずっとフリーデを守るのに精一杯で、他の事に目を向ける余裕がなかった。子供や国に危険が及ぼうが、目をつぶって見ない振りをした。いや、違うな。フリーデ以外に興味がないのだ。フリーデ以外がどうなろうと、何も思わない」
虚ろな目をした国王は、ずっと王妃を見つめていた。
王妃が娘を殺すために誘拐させ、国王がその手助けをした。衝撃の事実のはずなのに、その場にいる誰もが疲れ切っていた。
当事者である国王と王妃は、自分の罪を理解せず、もはや他人事だ。憤ったところで、ぶつける先がない。行き場のない怒りだけが、辺りをさまよっている。
眉間の縦皺を深くした王太子が、ここにいる全員を代弁して深いため息を吐き出す。「国王夫妻にはうんざりだ」そんな声が聞こえてきそうだ。
「アリーチェとマデリンには申し訳ないけど、陛下と王妃はこれ以上の説明責任は果たせない。だが二人にはすぐにでも今の立場から退かせ、幽閉する。二度と表舞台には出さない」
国王は肩の荷が下りたのかホッとしたようにうなずき、王妃は無反応だった。もう、国王の声以外は届かないのかもしれない。
「イブンセン家はアリーチェ殺害未遂以外にも余罪が山のようにある。それに協力した貴族達も、もちろん同罪だ」
王太子が裏切り者の貴族達に冷たい視線を向けると同時に、騎士達が逃げ場を塞ぐために取り囲む。
イブンセン伯爵は王太子に狂気の目を向け、王家への怨み言を喚き散らし始める。憎しみに色があるならば、ドス黒い靄が辺り一面を覆うだけの量を吐き出している。
それは、普段の凡庸な男とは思えない変わり様だ。イブンセン伯爵は優秀だった父親の陰に隠れ、押し付けられた王女を持て余すような目立たない男だった。そんな彼が怒り狂い、獣のように吠え続ける姿に誰もが驚いて目を離せない。
だから大人しく事の終焉を見つめていた前伯爵には、誰も目を向けていない。いつの間にか前伯爵が立ち上がっているのだって、誰の目にも止まらない。虚ろな瞳に宿った狂気が増している事にも、誰も気づかない。
「本物の『星の乙女』なんかが出てくるから! お前のせいでクラーラの復讐が叶わなかったのだ!」
前伯爵に突然怒りを向けられたアリーチェは、驚いて声の先に目を向ける。前伯爵の右手にはキラリと光る何かが握られており、アリーチェは恐ろしさのあまり身動きが取れない。ただ茫然と見ているしかできず、光る物が短剣だと気づいた時には、前伯爵は目の前にいた。
前伯爵は落ち窪んだ目でニヤリと笑うと、短剣をアリーチェめがけて振り下ろした。
「アリーチェ!」
青い空に突き刺さるようなウィラードの声が響く。
アリーチェの視界から前伯爵が消え、白い軍服を着た大きな背中が立ちはだかる。
ウィラードの白い軍服が、見る間に真っ赤に染まっていく。
ウィラードがアリーチェを庇い、胸を刺されたのだ。刺されても尚、アリーチェを守るため前伯爵を取り押さえた。
もう、軍服の色は真っ赤だ。
ウィラードの胸に剣が刺さった。軍服が白から赤に染まる。目で見た情報は頭に入って来るが、それを繋げて考える事はアリーチェには怖くてできない。ウィラードに起こる最悪の事態など、考えたくもないからだ。
ウィラードは自分の傷などお構いなしで、アリーチェだけを守っている。
「王太子殿下、アリーチェが危険だ! 早く非難させろ」
いつもだったら絶対に他の誰かにアリーチェを任せたりしないウィラードが、苦し気に王太子にアリーチェを託した。
その遣り取りを見て、やっと事態を受け入れたアリーチェがウィラード駆け寄る。
「……ウィラード様! 私の事より、早く医者を! 早く、ウィラード様の手当てをして下さい!」
アリーチェは近くにあったテーブルクロスを引き抜き、ウィラードの胸にあて止血を試みる。白いテーブルクロスも、アリーチェの銀色のドレスも見る間に真っ赤に変わっていく。
(私を守ろうとしてくれる誰にも傷つい欲しくない。だからこそ、こんな愚かな争いは終わりにして、平穏な国になって欲しかった。なのに、どうして? 一番傷ついて欲しくない人が? 私は、何を間違えたの?)
「……なん、で……」
「一生、アリーチェを守ると約束した……」
ウィラードの右手がアリーチェの頬を愛おしそうに撫でる。アリーチェはその手をしっかりと握り締めるが、恐ろしく冷たい。その冷たさがもたらす事態が怖くて、涙が溢れて止まらない。
「私を幸せにすると言ったじゃないですか! 嘘だったのですか? もう嘘はつかないとも言ったじゃないですか! やだ、ウィラード様、目を開けて下さい! こんな結末望んでない! ウィラード様の幸せを望んだのに!」
ウィラードの手から力が抜け、ずっしりと重くなる。アリーチェは冷え切っているその手を、必死で握りしめていた。
読んでいただき、ありがとうございました。
あと二話で完結します。
よろしくお願いします。




