29.王太子の誕生会①
よろしくお願いします。
王太子の誕生日を祝うお茶会は、盛大に行われていた。
王城内では王家派と反王家派の小競り合いが頻繁にあって、目も当てられない状況になることも多々あった。
そんな状態で二つの派閥が集めるとどうなるかと思ったが、流石に王太子のお茶会で大きな問題は起こさない分別はあるようだ。
どっちの派閥も誰もが腹の中は真っ黒なのに、お茶会の雰囲気は華やいで和やかだ。それが却って恐ろしい。
その最中にマデリンが登場した際は、場の空気がキーンと凍りついた。周りの人と顔を見合わせて、誰もが顔を顰め合っていた。
しかしマデリンの手を引いたアリーチェが、「マデリン様は過去を悔い、新しく歩まれています。一緒に過ごした王太子殿下の誕生日を祝いたいと申し出て下さったのです」と言って王太子やイーリカと引き合わせた。
因縁の三人が何事もなかったように、お祝いの言葉を交わし合っている。それを見た出席者は、上辺だけでもマデリンを迎え入れた。
唯一受け入れられなかった国王夫妻だけは、ずっと苦虫を潰したような顔で見ていたが……。
お茶会の軽食には一口サイズのハンバーガーも並び、大口を開けずに食べられると令嬢達を大いに喜ばせた。
令嬢達と言えば、今日が遅くなっている王太子妃の選定の場だと勘違いしている者が多い。我先にと王太子に群がり、そこだけは華やかな中に殺伐とした空気が生まれていた。
事件はお茶会が終わりに近づいてきた頃に起きた。
マデリンの隣でにこやかに紅茶を飲んでいたアリーチェが、突然、喉を掻きむしってマデリンの腕を掴んだ。寒々とした目をしたマデリンがその手を撥ね退けると、アリーチェはそのまま地面に崩れ落ちた。
令嬢や婦人達は金切り声を上げ、令息や紳士達は怒鳴り出す。周りを警備していた騎士団員達も入り乱れ、大混乱となった会場からコッソリと逃げようとする者をイブンセン伯爵が取り押さえた。
「逃がすか!」
ひときわ大きな声を張り上げるイブンセン伯爵に、全員の視線が集まる。彼が取り押さえているのは、イブンセン家の養女であるマデリンだ。
マデリンの髪を掴んだイブンセン伯爵は、忌々しい目でマデリンを見下ろした。
「この者が自分を追い出した王家に不満を抱いているのは分かっていました。幽閉するなりして『星の乙女』からは距離を取らせるべきだと私は主張したのに、陛下は聞く耳を持たなかった。何か仕出かすのではと心配で見張っていたが、まさか『星の乙女』を毒殺するとは!」
まるでお芝居を見ているような現実に、会場にいる全員が思考を奪われている。
マデリンが『星の乙女』を殺した。
アリーチェがピクリとも動かずに倒れている。マデリンが逃げた。イブンセン伯爵がマデリンを捕まえた。一つ一つの事実を前に、誰もが疑うことなく、それが事実だと受け入れてしまう。
「この女は、我が家でもずっと王家を恨んでおりました。自分を『星の乙女』だともてはやし甘やかしておきながら、呆気なく捨てた両親を憎み続けていた。自分に取って代わって『星の乙女』となった、第一王女殿下に殺意を抱き、殺すために近づいたのです!」
苦痛に歪むマデリンの顔を観客達に晒し、「だから私は何度も陛下に、マデリンが不審な行動を繰り返していると進言したのに……」と悔しさをにじませたイブンセン伯爵の言葉が庭園に響く。
女神の加護を受けた『星の乙女』がいないのなら、王家の力は衰退する。
イブンセン伯爵に便乗した反王家派の者達も口々に、王家への不満をさらけ出す。瞬く間に王城の庭園には、王家への不満が濁流のごとく一気に流れ込んできていた。
今まで『星の乙女』で頼るだけで愚策ばかりだった国王へ向けられる視線は冷たく、王家派であっても国王を見限り不満を口にしている者も少なくない。
その王家へ不満を爆発させるべく、イブンセン伯爵が導火線に火をつける。
「でも、マデリンも憐れな娘です。子供の入れ違いに気づかぬまま王女として育てられたのに、家族と思っていた人達からは何の言葉をかけられることなく城から放り出されたのですから……。この惨状を作り出したのはマデリン一人のせいではない! 偽の『星の乙女』という化け物を作り出しておきながら、何の対処もせずに家臣に押し付けた王家に罪がないと言えるだろうか? 星の女神の加護を受けた『星の乙女』を失わせたのは、王家の失態ではないのか? このまま王家について行って、この国に未来はあるのか?」
イブンセン伯爵の言葉に、反王家派が次々と同調する。熱病に侵されたような異様な盛り上がりに、王家派の面々も飲み込まれ始めている。
国の未来の象徴だった『星の乙女』が倒れ、反王家派に次々と同調する中立派と王家派。白亜な王城の屋台骨が崩れかけている。
悦に入って演説するイブンセン伯爵の手を、マデリンが力いっぱい振り払った。
「私は殺していない! イブンセン家に『星の乙女』を殺すために近づけと指示を出されていたが、殺してなどいない!」
マデリンの告白に、会場中の好奇の視線が集まる。
イブンセン伯爵の右手がマデリンの頬を打ち、乾いた音が会場中に響いた。
「この期に及んで、そんな言い訳を信じる者などいない! 罪を逃れたいからと言って、私を嵌めるのか? 誰もが拒んだお前を押し付けられ、お前の我が儘に耐えてきた私を?」
頬を押えながらイブンセン伯爵を正面から睨みつけるマデリンに、周りから非難の視線が集まる。マデリンの味方は一人も見当たらない。
静まり返った会場の中心に王太子とウィラードが立ち、周りをゆっくりと見渡した。
目を逸らす者、改めてじっくりと視線を合わせてうなずく者、呆然としたままの者。様々な反応だ。
圧倒的な存在感を持つ二人が現れたことで、何が起きたのか? これから何が起きるのか? と、皆一様に落ち着きが失われていく。
王太子がイブンセン伯爵の前に立つと、近衛兵が前イブンセン伯爵も連れて来て親子を並べた。
「お前達がマデリンを使って、『星の乙女』の殺害計画を企てているのは知っていた。もちろんお前達を見張っていたし、お前達親子がマデリンに監視をつけて屋敷に軟禁しているのも知っていた。マデリンにアリーチェに取り入るよう指示を出しているのも知っていた」
事も無げに話す王太子の冷酷さを前に、イブンセン親子の表情が固まる。
「お前達の自由にさせていたのは、誰が私の味方で、誰が私の敵なのか知りたかったからだ」
王太子から溢れ出る冷気が、王家への不満を凍り付かせてしまった。自分が罠に陥れられたと理解した者から顔色が失われていく。
イブンセン前伯爵は冷静な表情で王太子を見上げる。修羅場を潜り抜けてきた宰相らしく、これくらいで観念する気など毛頭ない。
「王太子殿下だってマデリンには手を焼いてきたではないですか? マデリンは第二王女殿下を毒殺しようとした前科だってあるのですよ? マデリンのような者を信じ、長年王家に尽くしてきたイブンセン家の言い分を偽りだと言うのですか? ここにいる者達は、誰も納得しませんよ?」
イブンセン前伯爵の言葉に、王家へ不満を持つ者達が息を吹き返す。悪意ある視線が王太子を刺し貫こうとする。
「でも、わたくしは殺されていませんよ?」
血を吐いて倒れていたはずのアリーチェが、頬を抑えているマデリンの横に立っている。
イブンセン家も招待客も、誰もが驚いたまま動けない。中には悲鳴を上げて倒れる者もいるほど、誰もが驚きを隠せない。
読んでいただき、ありがとうございました。
もう少し続きますので、よろしくお願いします。




