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28.ウィラードとの決別

本日三話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 王城に戻ったアリーチェの生活は以前と同じ日々だった。

 朝起きて朝食を食べ散歩に行く。シルヴィアの授業を受け、イーリカと授業と言う名のお茶を楽しむ。時間ができれば厨房に行き、パンやお菓子を作る。

 毎日が淡々と過ぎていき、何ら変わらない生活だ。


(穏やかな日々なのに、ウィラード様がいないだけで光が全く差し込まない。薄曇りの色のない世界を生きているようだ……)




 アリーチェの指示通り王太子はきちんと調べ、アリーチェとマデリンの話が事実であると証明された。もちろん黒幕はイブンセン家だ。

 国民の希望となっている『星の乙女』を殺害し、その犯人をマデリンにしようと親子で画策している。

 王家の仕打ちに恨みを持っているマデリンを犯人に仕立て上げる事で、マデリンを切り捨て見向きもしない王家の非道さを公に晒して貶めるつもりだ。そしてもはや邪魔者であるマデリンも一緒に始末するつもりだ。


 喜んでいいのか分からないが、アリーチェがクロイツンド家から王城に戻ったのも、計画の追い風となった。

 アリーチェとウィラードの婚約解消の話が漏れ、二人の不仲が決定的となったとそこかしこで噂されている。『星の乙女』を守る砦が崩れたのだから、王家の崩壊も近いと反王家派は勢いづいた。そして何かいいタイミングがないかと、アリーチェを狙う機会をうかがっているのだ。







「俺の誕生会は三日後だ。今のところ問題なく準備が整っている」

 王太子の執務室にはアリーチェとイーリカが集まり、計画の最終打ち合わせの真っ只中だ。

 王太子の二十二歳を祝う誕生会が、反王家派がアリーチェを狙い王家を引き摺り下ろす舞台となる。三人はその計画を実行するために、駆けずり回ったのだ。


「反王家派が動きやすいように、王族は全員出席させる。もちろん、マデリンも招待した。手紙のやり取りは続けているのだろう?」

 王太子の質問にアリーチェはうなずき、「この誕生会でマデリン様が改心したと宣伝する。という手紙を送っています」とマデリンとの間でも計画通りに進んでいると伝える。


 マデリンは例の侍従と共に、何度かハンバーガー店に足を運んでいる。侍従はただ酒が飲めるのとハンバーガーが目当てだが、マデリンはそこでこっそりと計画の内容を伝えられているのだ。平民街の情報を集める王太子の部下が店に入り込み、マデリンとの橋渡し役をしている。


「イブンセン家は、マデリンがアリーチェを騙せていると安心している」

 マデリンの報告や王太子の調べによると、マデリンがアリーチェに取り入り親密になったと周りにも触れ回っている。アリーチェを狙える位置に、マデリンを配置できたと思っているのだ。


 計画が順調で晴れやかな表情の王太子と比べ、イーリカは表情を曇らせている。

「お兄様とお姉様は、マデリンを信用し過ぎじゃないかしら? 今更この計画を止めろとは言わなけど、そう簡単に信じずに少しは疑ってかかるべきだと思うわ」

 イーリカの発言ももっともだ。マデリンとイブンセン家が、三人より一枚上手ではないと言い切れない。

 特に全イブンセン伯爵は狡猾な切れ者だ。前のクロイツンド公爵が早々に身体を壊したのも、国王に見切りをつけたのも、わざと国王を暴走させる前イブンセン伯爵の策略が影響している。


「イーリカの心配も分かる。イブンセン家やその仲間はきちんと見張って確認しているが、より気を引き締めるよう言っておこう」

 王太子は安心させるように約束するが、イーリカの不安はそう簡単には収まらない。


 イーリカの目から見ると、王太子は焦っているように見える。反王家派を切り崩すチャンスがやっと訪れたのだから仕方がないが、だからこそ前ばかり見ずに周りを見回す必要がある。

 それにウィラードだ。一番切れ者のはずのウィラードがあんな腑抜けた状態では、何か見落としがあってもおかしくない。


 一番マデリンからの被害を受けたのはイーリカだ。どれだけ嘘をつかれ、数え切れないほどの大切なものを笑いながら奪われたか分からない。マデリンの人を見下した、あの歪な笑顔が頭から離れない。簡単に心を許してはいけないと、イーリカの心が警鐘を鳴らしている。




 話し合いが終わり部屋に戻ると、アリーチェの近衛兵が珍しく困り顔で、何か言いたげにそわそわしている。

「どうかしましたか?」

 四つ年上の女性騎士は困り切った様子で、「クロイツンド家で殿下の護衛をしていたシェラが、殿下にお会いしたいと……」と言葉を濁す。


 シェラの実家であるセーラ侯爵家の次男と三男は、騎士団の中でも要職に就いている。セーラ家に頼まれたのであれば、大抵の騎士が断れないはずだ。

 アリーチェとクロイツンド家のいざこざに、よく働いてくれている彼女を巻き込むわけにはいかない。

 アリーチェは静かに「分かりました。部屋に通して下さい」と言うと、気を遣わせないように微笑んで見せた。


 アリーチェとウィラードの婚約が破棄されるのが噂だけではないと、アリーチェの周りにいる者は知っている。アリーチェの周りは、護衛を含めてクロイツンド家と関わりのある者は排除されているからだ。女性騎士が気を遣うのも、当然の状況だ。


 部屋に入って来たシェラは、アリーチェの外向けに取り繕った顔を見ると悲しそうに立ちすくんだ。

「どのような用件ですか?」

 追い打ちをかけるようなアリーチェの事務的な固い声に、シェラは一度目を伏せかけたが、強い意志で踏ん張った。クロイツンド家全員の気持ちを背負って来たのだから、何も言わずに帰る訳にはいかない。


「……いつ、クロイツンド家にお戻りの予定ですか?」

「戻る予定は、ありません」

 薄っすらと予想していた言葉ではあったが、アリーチェ本人から言われるのは想像以上の衝撃だ。

 シェラも暫くは取り成す言葉を探していたが、取り付く島もないアリーチェに何を言っても無理なのだと思い知らされる。


 ウィラードとアリーチェの間に何かあったみたいだが、自分が間に入れば元に戻るのでは? とシェラは甘く考えていた。アリーチェもクロイツンド家に帰りたがっているはずで、タイミングが掴めないだけだと思っていたのだ。

 それらは全てアリーチェに戻ってきて欲しいクロイツンド家の希望でしかなかった。アリーチェの拒絶を見れば、嫌でも分かる。

 それでも、アリーチェに絶対に伝えたい事が、シェラにはある。


「マデリンと婚約が決まった後のウィラード様は、『白い冷徹』の仮面を被り感情を殺し続けていました。仲の良い幼馴染だった私達にも、滅多に素顔を晒さなかったです。そんなウィラード様が穏やかな表情を見せるようになったのは、アリーチェ様と出会ってからです。クロイツンド家はウィラード様の変化に安堵しました。ウィラード様を変えてくれたアリーチェ様には、感謝しかありません。全員が一生をかけて、その感謝の気持ちを返したいと思っています!」

「……もう十分返していただきました」

 自分達の気持ちも、ウィラードの気持ちも、どうしてアリーチェに届かないのか? 下唇を噛むシェラの口の中に、鉄の味が広がる。


「ウィラード様は、何も手につかない状態です。屋敷の中でアリーチェ様のいた痕跡を見つけては、愛おしそうに苦しんでいます! もう一度だけでも、ウィラード様に話をする機会を与えていただけないでしょうか?」

 ウィラードの声を聞きたいけど、聞きたくない。ウィラードを想うだけで胸が苦しくて、天井を見上げても涙を止められないからだ。今まで涙を止められていたのが不思議なくらい、留めなく流れてくる。だから、シェラにはもう帰ってもらわないといけない。


「クロイツンド家とわたくしは、もう関わりがありません。話がそれだけなら、お帰り下さい」

 シェラは息を呑むが、第一王女にそう言われれば従うしかない。シェラは近衛騎士なのだから。

 シェラが扉の前で一礼し、扉が閉まるタイミングを見計らったアリーチェが立ち上がる。

「クロイツンド家はシェラに任せます。ウィラード様と幸せになることを、心から願っています!」

 言い終わると同時に扉は閉まったので、シェラが振り返ったのかも分からない。


(まだ心から願うのは難しいけど、きっといつかそう思える。シェラならウィラード様と幸せな家族を作れる)


 アリーチェは枕に顔を押し付け、声を殺して泣いた。




 ベッドに倒れ込み泣いたアリーチェは、そのまま眠り込んでしまった。

 泣いている最中に侍女が何度か来てくれたのは覚えているが、「暫く一人にして欲しい」と言って下がってもらった。

 テーブルの上にはハンバーガーが置かれていた。料理長達が元気づけようと作ってくれたのだろう。食欲はなかったが、自分のために作ってくれたものを残すことはアリーチェにはできない。


(クロイツンド家に行ってからも、ウィラード様はたくさんの気持ちをくれた。このハンバーガーは、その気持ちへの私なりの答えだった。

 私にとってはこのハンバーガーが、ウィラード様との子供かな? どの国に行っても、ハンバーガーで身を立てられるといいな)


 少ししょっぱくなってしまったハンバーガーを食べながら、アリーチェは未来を思う。


(育ての親からも、産みの親からも拒絶された私が、人から愛してもらえたのだから、もう十分だ。感謝しないといけない。これ以上を望んでも、ウィラード様を苦しめるだけだ。

 ハンバーガーは騎士団の定番になっているから、いつかウィラード様の子供もハンバーガーを食べてくれるかもしれない。いや、食べてもらえるよう、もっと世に広げられるよう頑張ろう。それが私の目標だ)




 バルコニーの扉が、ガチャリと開く音がした……。

 アリーチェの心臓が、ドンと跳ね上がる。鼓動が早くて血液は身体中を駆け回っているのに、頭には血が回らず恐怖のあまりぼんやりしてしまう。

 恐ろしくて、扉がある方に顔を向けられない。恐怖で喉が閉じて固まってしまった。声が出せない!

 自分が襲われるのは、三日後のお茶会だと思っていた。甘く考えていた! 


(今殺すの? 今殺して、どうやってマデリン様のせいにするの? 生粋の王女様だったマデリン様が、どうやって三階の部屋に忍び込む設定? ずっと思っていたけど、反王家派ってちょっと雑過ぎると思う!)


 アリーチェは自分が座る椅子の足を握り締めた。


(さぁ、どうする? 相手が襲いかかってくるタイミングで、殴りつける? それとも今すぐ、相手に向かって放り投げる? 私にもっと力があれば、窓ガラスに放り投げて大きな音をたてるのだけど。さすがにそこまでは、届かない)


 椅子を放り投げて扉まで走ることを選択したアリーチェが、椅子を持ち立ち上がった瞬間、懐かしい声が自分の名前を呼んだ。

「アリーチェ……」

 アリーチェは右手に逆さまになった椅子の足を握り締めた状態で、ウィラードと対面していた。


「驚かせたな、すまない。できれば、その椅子は元に戻して欲しい」

 ウィラードに指摘されたアリーチェは、椅子を本来の使い道に戻した。

「やっぱり城は危険だ。部屋の前に大木を植えていること自体、侵入してくれと言っているようなものだ。俺と一緒にクロイツンド家に帰ろう」


(いやいや、自ら侵入するのではなく、それを防ぐのがウィラード様の仕事ですよ?)


 自分を見ようともしないアリーチェに躊躇っていたウィラードが、意を決してアリーチェの目の前に進み出る。椅子から離した右手を握ると、アリーチェの顔を上から覗き込んだ。

 少しやつれたウィラードは近衛兵らしく前髪を上げていて、悲しそうに揺れる琥珀色の瞳がよく見える。近衛兵の白い軍服には似つかわしくない弱々しい瞳から、アリーチェは目が離せない。


「どうして、俺から離れるんだ?」

 言いたい事も聞きたい事も沢山あるが、アリーチェから一番教えて欲しい言葉がこぼれ出ていた。


(本当の事を言ったら、ウィラード様は全てを捨ててしまうかもしれない。それに何か言葉を口にすれば、「離れたくなんかない」と言ってしまいそうで怖い)


 アリーチェは何も言えない。

 何を言わないアリーチェに、ウィラードが思いをぶつける。

「アリーチェを、愛しているんだ。アリーチェと共に過ごせる未来を手に入れられるなら、俺は何も要らない。アリーチェがいない毎日なんて、意味が無いんだ。俺と家族になろう、必ず幸せにするから」


(ずっと、生まれてからずっと、家族が欲しかった。家族が欲しくて、家族になりたくて、必死に足掻いてきた。その時は、誰も私を振り返ってくれなかったのに……。

 一番大切な人が「家族になろう」と言ってくれているのに、私はそれを受け入れられない。だって私は、ウィラード様に自分以外の家族を与えられない。その事実は死ぬまで私の心を縛るだろう。星を瞬かせられない『星の乙女』は、クロイツンド家の名を汚し滅ぼしかねない。私は、ウィラード様に相応しくない)


「……ウィラード様とは、……家族になれません」

 これが最後かと思うと、琥珀色の瞳から目が離せない。ウィラードの瞳に絶望が浮き出てくるのも、見て取れた。

「なら、攫ってく」

 ウィラードの瞳が、怖いくらい冷たい光を放った。ウィラードの手に力が込められ、アリーチェは痛みで顔を顰めた。


 痛みを堪えたアリーチェは、ウィラードの琥珀色の瞳に訴える。

「ウィラード様はクロイツンド家における騎士の中でも、最強を誇る騎士様です。王太子殿下の、アーバスノット国の懐刀です。王太子殿下が国を変える第一歩が待っている今、ウィラード様がご自分の職務を離れるはずがありません」

 アリーチェの言葉に、ウィラードの全身から力が抜け落ちる。

「……俺が懐刀だから、クロイツンド家だから、アリーチェは俺の手を取ってくれないのだろう?」

「私は王女で、『星の乙女』です。ウィラード様ほど優秀な方が、懐刀であることを誇らしく思います。誰よりも強く賢いウィラード様の血を引いたクロイツンド家が、この先ずっと国の懐刀であることを、私は望みます」

 力の抜けたウィラードの手が、アリーチェから離れていく。寂しくて悲しくて、温もりが残る右手がウィラードを追い縋ってしまいそうで左手で押さえつける。


 一歩、二歩とアリーチェから離れたウィラードは、騎士の礼を取るとバルコニーから消えた。

 

 よろけるようにバルコニー出たアリーチェに、ウィラードを見つける事はできない。

 ウィラードが出て行った夜空には、三日月が登っている。月の光が薄い分、無数の星が輝いて見える。

 黒い闇と一緒に見えなくなったウィラードを想い、アリーチェは「ウィラード様、お幸せに……」と星に願いを込めた。


読んでいただき、ありがとうございました。

もう少し続きますので、よろしくお願いします。

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