27.王太子との駆け引き
本日二話目の投稿です。
よろしくお願いします。
「アリーチェ様、お帰りをお待ちしておりました!」
久しぶりに顔を合わせた王城の料理長が目を潤ませている。よく見れば、他の面々も似たような状態だ。
「ご無沙汰しております。また城でお世話になるかと思います。以前同様に厨房で勉強させていただきたいと思っているので、よろしくお願いします」
アリーチェが微笑むと、厨房メンバーが輪になってアリーチェを囲む。
料理長が「もちろんです、大歓迎です!」と喜ぶと、他の料理人達も我先にと話し出す。
「またアリーチェ様と料理ができるのが楽しみです」
「アリーチェ様がいない間も、新しいパンについて考えていたのです!」
「僕もアリーチェ様とハンバーガーの開発をしたかったです!」
「この厨房からも、新しい商品を生み出しましょう!」
ありがたいことに本当にアリーチェを心待ちにしてくれていて、歓迎の言葉が止まらない。これには、王城に戻る事に不安を感じていたアリーチェも、胸が温かくなった。
アリーチェは、王城にいる。
この世で一番嫌いな場所になぜ戻ったのかと言えば、ただ単に王城以外に行く場所がなかったからだ。
ウィラードとシェラと距離を置くためにクロイツンド家を出ると決めたが、いくら考えても王城以外に行く当てがなかった。
グイドのところも頭をよぎったが、狙われる身の自分が身を寄せられる訳がない。政治的な争いに関係ない人達の身を危険に晒すなんてできない。
マデリンについて、大嫌いな王太子に話をする必要がある。「だったら丁度いい」と慌てて面会と滞在を希望する手紙を出すのと同時に、ウィラードから逃げるように王城に向かった。
急にやって来た自分に、王太子が時間を割いてくれるか不安だった。今日中に会えなかったら、今夜はどこで寝ようかと真剣に悩んだ。
とりあえず悩んでも解決しないので、王太子が会ってくれるまでは厨房でパンを捏ねようと思っていたが、意外にもアリーチェのために最優先で時間を取ってくれたようだ。
アリーチェが到着したばかりの厨房に、王太子の側近が入ってきた。
「お待たせしました、第一王女殿下。王太子殿下がお待ちです」
側近の顔を見て、アリーチェはホッと息をつく。
(良かった、王太子は約束を守ってくれた)
王太子の一番の側近はウィラードだ。だが、アリーチェを迎えに来たのは、もちろん別人だ。手紙でアリーチェが頼んだのだ。ウィラードとウィラードの部下とは、できるだけ距離を置きたいと。
アリーチェを迎えに来てくれた側近は、執務室に入ることなくその場を離れた。だから、王太子の執務室には、王太子とアリーチェ以外誰もいない。
頼んでいないのに側近も護衛も部屋の外に出した王太子は、アリーチェと二人で話し合うつもりだ。
ありがたい事だが、自分を道具扱いしている人と二人きりで話をするのは息が詰まってしまう。もう傷つけられたくないと、アリーチェ自身も心に鎧をつけ完全武装で臨む。だから、二人の距離は離れてしまう。
一方王太子はアリーチェが居心地の良いクロイツンド家を出て、憎き自分を頼ってきたのだから、流石にただ事ではないと感じていた。
だからといって、王太子が親身な態度を見せられるかと言えば、それは無理な話だ。人払いをするのが精一杯で、向き合った二人の間には友好的な雰囲気は一切感じられない。
王太子がアリーチェにしてきた事を思えば、それを忘れて仲良く振舞えるほど王太子も図太くはない。
敵同士が睨み合うような張り詰めた空気の中、先に声を発したのは王太子だ。
「戻って来るとは思わなかったが、歓迎しよう」
王太子のこの無表情な態度に、以前までのアリーチェなら怯えてしまっていた。
だが、今は違う。
王太子は卑しい平民を道具として利用していると思っているのだろうが、アリーチェは「私に頼らないと何もできない」と思う事にした。
マデリンが誰にも操られないと決めたように、アリーチェも言われるがままに利用されないと決めたのだ。
アリーチェが瞳を逸らす事なく、険しい赤い瞳を捉える。
「殿下の使い勝手が良い道具になるために戻ってきたのではありません。私を利用するのであれば、私の要望に応えていただきます!」
今までは王太子に言われるままに不満を呑み込んできたアリーチェが、取引しろと言っているのだ。さすがの王太子も驚くしかない。
「要望によるな」
自分の有利に事を進めようと余裕に見せかけている王太子に、アリーチェは呆れた声を返す。
「十六年も放置されたのにも関わらず、無理矢理政治の諍いに巻き込まれたのですよ? 私は人としての尊厳を踏み躙られ、命まで危険に晒しているのですよ? その私の要望に、応えられないというのですか?」
アリーチェの言う事が正論過ぎて、王太子は何も言い返せない。困惑を隠すために咳払いを一つすると、「話を、聞こう」と妥協した。
アリーチェはマデリンの置かれている状況や、クラーラの話を伝えた。クラーラの話では、さすがの王太子も動揺を隠せない。
「……全て王家を陥れるために、クラーラが計画したことなのか。嘘だろ……?」
「日記は返しておりますし、嘘と言われたら証明のしようがありません。ですが、私が日記を見たのは確かですし、マデリン様が軟禁状態なのも事実でしょう。信じていただくしかありませんが、殿下が私達を信用するのは無理でしょうね。ご自分が信じられるまで、しっかりと調べて下さい」
今までとは違うアリーチェの物言いに、王太子は赤い目を真ん丸に見開いてタジタジだ。
「とにかく、マデリン様を助けて欲しいのです。このままでは反王家派の道具として利用され、私を殺した犯人に仕立て上げられてしまいます。王家派と反王家派の争いに巻き込まれた私達を助ける理由が、王太子殿下にはあるはずです」
王太子は額に手を置き、考え込んでいる。
王太子だって二人を助けたい。だが、この状況で二人の安全が確保できるとは思えない。
クラーラの日記によって、争いの深刻度は増した。それによって、アリーチェとマデリンは、より危険に晒される事になった。
王太子がこの争い事を収めない限り、二人の身の危険が回避される事はない。
擦れる声で「分かった」と言った王太子に、アリーチェの要望は止まらない。
「私とウィラード様の婚約は、なかったことにして下さい」
王太子が目を見開き、顔を歪ませる。
(アーバスノット国が守ってきた歴史を壊せと言っているのだから、王太子殿下だってそう簡単に受け入れられないわよね。でも、反国王派を倒すために必要なのだと、殿下なら分かっているはずだ)
アリーチェが戻ってきた事も、アリーチェの態度も、マデリンの話も、アリーチェの要望も、王太子には予想外過ぎる。
「当初の予定通りウィラード様は、セーラ侯爵家のシェラと結婚すべきです」
アリーチェの言葉に、無表情の王太子の右眉がピクリと動いた。予想外過ぎる事が繋がり始めた。
アリーチェとの結婚は国の儀式で、本当の結婚はシェラとする。
王太子がそれを知らない訳がないのに、抑えた声で「理由は? 子供か?」と尋ねられた。
(はぁ? 今更私に理由を聞くの?)
「理由はウィラード様が私を選べば、クロイツンド家の血が絶えるからだけではありません。一番大きな理由は、セーラ侯爵家の反乱を抑えるためです。セーラ侯爵家が反旗を翻せば、一番困るのは王太子殿ですよね?」
アリーチェにそう言われた王太子は、図星すぎて返す言葉がない。
セーラ侯爵家は、クロイツンド家にシェラを嫁がせるつもりで準備してきた。シェラもそのために騎士になったのだ。それなのに、今更「娘は娶らない」とウィラードに言われて、「はい、分かりました」と納得できる訳がない。
シェラだって「ウィラードに捨てられた娘」として辱められた上に、より一層結婚が難しくなる。喧嘩っ早く血の気が多いので有名なセーラ侯爵とその息子達が、そんな事を許すはずがない。
国境を守るセーラ侯爵家に駐在する兵士は鍛え上げられ、軍備も整っている。負けなしの最強軍団に君臨するセーラ家の男達は、策士な上に腕も立つ。
だからこそセーラ家に憧れ、ついて行く貴族も多いのだ。そのセーラ家が王家に背を向けたら、王家派と反王家派の力関係など一瞬で逆転してしまう。
セーラ家だけは決して敵に回してはいけないと分かっているから、王太子も何も言えずに唇を噛むしかない。
成す術を持たない王太子を見ていると、アリーチェだってつい怨み言の一つも言いたくなってしまう。
「王城に連れてこられた時に、ウィラード様の妻はシェラで、私は形式上だと伝えてくれていれば……」
事前に説明を受けていれば、アリーチェだってウィラードを好きにならずに済んだかもしれない。こんなに苦しんで諦める事もなかったかもしれない。
しかし王太子はアリーチェの不満に答えずに、見当違いな発言をする。
「……アリーチェが身を引いて、ウィラードが納得する訳がない」
(納得する、しないではない。ウィラード様やクロイツンド家が、無駄な争いで傷つかない事が大事なんだよ! セーラ家が武力を行使したら、ウィラード様やクロイツンド家は全力で私を守る。だけど相手はセーラ家だもの、無傷で済むはずがない。私のせいで人が傷つくのは嫌だ。それに争いに勝ったとしても何が残る? 遺恨が残り大事な味方を失って、国を立て直せる訳がない)
「王太子殿下は、反国王派を倒して、王家の威信を取り戻したいのですよね?」
当たり前の質問に、王太子は「ああ、その通りだ。『星の乙女』に頼らない新しい国を作るつもりだ」と答える。
「なら、王太子殿下がウィラード様を説得してください。新しい国を作るためには、ウィラード様が必要です」
(ウィラード様の側にいたい。でも側にいれば、ウィラード様や周りを傷つけるし、自分非となってしまうも傷つく。私は絶対に幸せではいられない)
「『星の乙女』というのは因果なものですよね? 私が幸せでないと、国が幸せにならないのですから……」
アリーチェの幸せはウィラードの隣にいる事だ。だが、それでは国もクロイツンド家も消えて無くなる。
それでも側にいたいと言って、ウィラードとシェラ夫婦の住む屋敷に留まるか?
「ウィラード様の家族を側で見ていたら、私は苦しくて息ができない。幸せであるはずがなく、絶対に星は瞬きません。そうなれば、『星の乙女』を守る砦であるウィラード様の名誉に傷がつきます。それだけは絶対に避けたいのです」
『星の乙女』は国を豊かにするためだけに存在する。だからこそ、クロイツンド家で、神として大事に守られるのだ。それなのに星が瞬かなければ、それはクロイツンド家の非となってしまう。
(自分のせいでウィラードを苦しめたくないし、クロイツンド家のみんなが守っている名誉を傷つけたくない)
「できれば、アーバスノット国を出たいと思っています……」
アリーチェの気持ちが固まっている事は、目を見れば明らかだ。強い意志をもった桜色の瞳を見返す事もできない王太子は、もう何も言えなかった。
読んでいただき、ありがとうございました。
残り五話の予定です、よろしくお願いします。




